ボーダーライン
黒先輩、なんて一声、かける前に桜吹雪が舞った。

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きっかけはひょんな事だった。青先輩が一言「綺麗な桜が見たい」、そう言ったから、じゃあ近くの公園まで見に行ってみる?なんて周りの雰囲気からの流れだった。
ソファーに背を預け、机に足を投げている状態で寝ていた黒先輩も半分無理やり起こして、こうして忙しいサルチーム全員で桜を見に来たというわけだ。

行った公園は思ったよりも壮大で、よくよく調べてみたら「桜の名所」だなんて言われているご大層なものだったらしい。
ノリノリで見に来た青先輩はそうにしろ、しぶしぶ研究室から出てきた緑先輩も、陰気な水色も、筋トレ中だった赤先輩も、まぁそこそこ興味があった俺も、息を飲むといえば大げさだが、とても見応えがあるように感じている。

「いやぁ、これが見に来たかったんだよねぇ。」
「よく言うスよ青先輩〜近いんだから一人で来ればよかったのに」
「バカ言うなよ黄色、男が一人で花見なんて洒落にならないよ」
「まぁそうッスね」

いつもより饒舌な青先輩を横目に、各自の楽しみ方で桜を満喫しているメンバーたちを、とても穏やかな気分で眺めていた。(多分水色は桜の花びらで蟻を潰しているのだろうが、あれはどうかと思うけど)

「黄色、お前そこに突っ立ってないで見て回ろうぜ〜〜」

そんな俺に声をかけたのは赤先輩だ。トレーニングそのままの格好で出てきたその格好は、言うならランニング中に寄り道しました的格好で、まぁ違和感はないと思う。

「いやぁ、俺青先輩と二人で楽しく桜見てたッスよ〜」
「えっいや、別に黄色と一緒に楽しく見てた覚えはないんだけど…」
「えっちょっ、青先輩ひどい…」

突然の青先輩の(本気の)裏切りに「そうやって俺を弄んでたんッスね!!?ひどい…」なんて泣きマネをしながら、茶化す赤先輩と慌てふためく青先輩で一通りコントをした。なんてことない日常だ。

「じゃあ振られた黄色さん、この赤とこのままデートといきますか?」

いつもはこんな発言しない赤先輩もよっぽど浮かれ気分なんだろうか。ここはお笑い的に裏切っておくのが定石だっただろうが、どうやら俺も浮かれているみたいで「エスコートしてくださいね?」なんて意気揚揚と赤先輩に着いていった。
まぁそこからはとんでもなく割愛するような話ばかりした。所謂世間話とか、思い出話とか、赤先輩の自慢話とか、まぁそういったところだ。テレビだったらナレーションベースになるところだ。

「はぁ〜〜んまぁ俺にはいろいろあったけど、小っちゃい経験しかしてないなぁ」
「またまたぁ。俺が今聞いた話もよっぽどッスよ(笑)まぁ誰と比べて小っちゃいかはなんとなくわかるッスけど」
「あぁ〜、まぁ、うん、そうだよな」

赤先輩はいつもこうだ。癖というか、極力黒先輩の話をしたがらない。いつもは黒先輩の相方です、みたいな顔をしておいて、本人を前にしなきゃ大層な自信喪失っぷりには逆に関心する。なんていうか、ポジティブなネガティブだなって。

「そういえば、黒先輩どこ行ったんスかね?」

ふと気づいたら桜を楽しむ青先輩と蟻虐待に精を尽くす水色と桜の味見をしている緑先輩しか目に入っていない。そういえば今(俺と赤先輩で)トレンドに上がっている黒先輩は何処へ、と思考を巡らせていたら

「あぁ、ずっとあそこで寝てるよ」

なんて赤先輩が平然と指さしたから、ついつい何も考えずにその方向へ視線をずらした。そしたらそこに、まるでコラ画像を彷彿とさせる異様な光景があった。

「黒せんぱ、い」

一番大きい桜の下、どっしりとしたその太い幹に背中を預けて、俺たちのリーダーは静かに呼吸をしていた。

「、寝てるんスか」
「いやどうみてもそうだろう。」

黒先輩は寝ている間に近寄られるのがどうも苦手らしい。メンバーは皆そのことを知っているために、あまり寝ている黒先輩には近寄らない。
だから俺も黒先輩が起きないであろう限界の距離で歩みを止めた。これは黒先輩の信頼の証であるとともに、目に見えてしまう信頼の距離だ。

こう見るとますます不自然だ。そよ風が吹く中、真っ黒いスーツにいかついグラスをかけた男が、こんなパステルカラーの中で寝息を立てているのだ。
(まるで水彩画に零した墨汁だ)なんてヘタクソな比喩は心のうちに留めておいて、俺は小さく息を吐いた。知らない間に春が来ていただなんて。

「にしても、本当に起きないな。黒さん」

黒さんなんて呼ぶのはただ一人しかいない、そんな声が、自分よりも先の位置で聞こえた。明らかに、俺よりも黒先輩に近い距離で。

「ちょ、黒先輩起きちゃうッスよ」
「あぁ、大丈夫、俺なら起きないよ」

ふわっと笑い返された赤先輩に、チリッと首のあたりの毛が逆立つ感覚を覚えた。そんな嫉妬だなんて小さな感情じゃない。「俺なら」なんて、よくもポジティブなネガティブが言えたものだと、若干苛ついた思考が噛みついた。

「本当、よく寝るな。黒さん」

隣まで近づいて、頭に付いた桜の花びらを払いながら赤先輩が笑った。「そうッスね」なんて、いまだ詰められない距離から、適当に答えた。多分俺だって、黒先輩が起きてたらその距離に居られるんだ、別に、妬く必要なんて、ないんだけど、ないんだけどなぁ

「うらやましいッス、赤先輩」
「え?なんか言った?」
「いいや、なんでもないッス」

その目に見えてしまう距離がもどかしくなって、一歩大きく黒先輩に近づいた。その瞬間、黒先輩がもぞもぞと目を開けた。あぁ、やっぱり起きちゃうんだ。

「んだよ…男二人して…美人な女が俺に惚れたのかと思ったぜ…」

ふぁああ、なんてあ黒先輩は呑気にあくびをして眠そうに頭を掻いた。(やっぱり俺のボーダーラインはここまでか)なんて愛想笑いついでに思った。
でもまぁ仕方ないかな。こうやって物理的に壁を壊して行かないと、いつまでも俺は黒先輩の後ろで部下をやるはめになるだろうから、なんて自分を誤魔化して、起きてしまった黒先輩との距離を思いっきり詰めた。


桜が舞うこの景色の中、俺は一つ苦い思い出が増えたなぁって、俺も一つ、呑気にあくびをしてみせた。

*****

黒先輩は基本的にモテモテです。

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あきゅろす。
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