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魔王は嗤う
同日 // 16:13 −墓守りたち−



― 墓守たち ―



そうして私の頭部の冷たさで気が付き、起き上がったのは知らない部屋でのことだ。
熱用の氷袋が吊り下げられている。
窓を見れば、既に西日が射していた。
頭は二日酔いのようにガンガン響いている。時計を見れば大体5時間半は気絶していたらしい。
因みに部屋には自分1人。

そうしてボンヤリと部屋を見渡している間に、ようやく脳裏にボンヤリと意識が飛ぶ前の記憶が浮かんできた。
打ったときの痛みの記憶は無かったが、その分の痛みは今の頭の痛さが引き継いでいるらしい。
「……ったく……アイツ何に足突っ込んでんのよ…」
そして事態の奇想天外さにしては、割と普通な悪態をついた。
イヤ、これが当然の反応だと思う。
あんなモノを信じられる人がいるなら「映画の見すぎか漫画の読み過ぎでしょ」という言葉を送ろう。
ハリウッドのC級映画でこそあんなモノはよく見るが、それを現実世界で許容しろというのは無理な話だ。
取り敢えず靴越しにブヨブヨのものが触れた気味の悪い感覚だけが残っていた。


取り止めもなくそんなコトを考えていると、ジャスが部屋に入ってきた。
後ろに2人の見慣れない男女の顔があったが、ジャスは紹介も無くお構いなしに相変わらずのヘラヘラ声を上げる。
「ああ、気が付いた?
ただの脳震盪らしいし、多分もう大丈夫でしょー」
「何その多分って…」
「だって医者じゃないから分かんないし」
悪びれた様子もなく軽口を叩いている辺り、ショックも反省も無いらしい。
正直、別の意味で気分が悪い。
それが顔に出ていたのか、女性の方が声を上げた。

ベリーショートの鮮やかな赤毛になかなか整った顔立ち。そしてスカートのスーツと白衣を羽織った出で立ちである。
しかし、格好は普通なのに目つきが悪いせいでヤサグレているようにも見える。
せっかく美人なのに勿体無い、と未だボンヤリした頭で思った。
取り敢えず、状況的に考えて彼女が診てくれたらしいことは想像がついた。
「ちょっと、ジャスパー?
脳震盪っても原則は一週間安静よ?まあ、そんな時間無いけど…。
とにかくケンカは売らない!」
「売ってないってば」
「じゃあ、コレからは彼女…リザさん?の顔をよく見て話しなさい。特に眉間のシワね」
言われて初めて気が付き、慌てて直す。相手もバツが悪そうだ。
「ごめんなさいね。ウチの従兄弟がこんな食えないヤツで」
「…従兄弟?」
「ああ、ごめん。紹介どころか従兄弟達いるって言ってなかった」
ジャスが困ったように言った。
「酷……取り敢えず、僕らかリザさんか、どっちに謝ってるんか答えてくれん?」
今度は男の方が初めて声を上げた。若いのに古風な感じのする声だった。
それに、発音に独特の訛りを感じる上に、わざわざ普通はしなさそうな言い回しだ。演劇でも見ている気分と言えばいいだろうか。
「まあ、普通に人付き合いしとったら従兄弟なんざ言わんもんだけど」
「まして"ウチの一族"だしさ。言っても変な奴扱いになるのが関の山だろ」
「まあ、ごもっとも」
「…取り敢えず従兄弟同士の談笑の前に紹介頼める?」
本日何度目かの呆れを覚えながらも、間に割って入った。どうやらすぐに話がそれるのは血統らしい。
「え?…ああ、ごめんごめん」
しかも本気で話の筋を忘れていたらしかった。

「今言った通り、2人共従兄弟だ。
こっちの姉貴はジェシカ=ルースゲート。
伯父の娘で2つ年上。
見ての通り医者だ」
紹介された女医…ジェシカさんはニッコリと頷くと、無言で手を出した。軽い握手の間にでも笑顔を絶やさない辺り、顔と性格は別な女性なのかも知れない。目つきが余計気の毒に思えた。
「で、従兄弟その2でハワード=オーガスト。
喋り方は気にしないだげて。意識してないらしいから。
因みにこっちは叔母の息子ね。一つ下だ」
今度は彼が一歩前へ出ると、小さく会釈した。
「そんなに喋り方変ですかね?」
ボソッと彼が言う。
…敬語だとマシだが、正直少し変だと思った。まあ言わないが。
それに別の言いたいことが既に頭にあったからでもある。
「で?何でいきなり一族云々が出て来んのよ?」
「ソレ、長くて面倒な話になるよ?」
またジャスの目から笑いが消えた。


 ◇

ジャスの祖父はPN,ロバート・W・チェンバースといった。
作家である。

しかし、別の名を使い映画監督兼作家のラルフ・W・ルースゲートという名前で活動も行っていたという。
その映画の評判は「"天才"か"悪趣味な狂人"」という高尚すぎな芸術家にはありがちな評価だったらしい。
そして彼は1919年の映画三作目のラストシーン撮影の最中、原因不明の事件でキャスト諸共帰らぬ人となったという。
コレは映画史でも迷宮入り事件として名高く、今でも推理ページがゴマンとあるそうだ。
勿論、それは「ラルフ・W・ルースゲート」の終わりであって、彼は生き延びていた。
しかし『ルースゲートの乱心によりキャストは虐殺された』という公式見解が発表されてしまったせいで、彼は"ルースゲート"として表に出られなくなった。

もともと今までの映画で「死の醜い面」をテーマに描いていた彼に言い逃れる術は無く、彼は小説家としてしか生きる道は無くなったのである。
「ルースゲート」は死んだとされたことが不幸中の幸いで、子孫らには元々の本名だった「ルースゲート」の姓をそのまま名乗ることを許され、今に至るという。


件の事件は、その映画のテーマであった物こそが奪われた物らしい。

それは一冊の本で、題名は「黄衣の王」といった。




「コーイのオー?」
「簡単に言うと戯曲なんだけど、中身が昔のものにしてはグロかったんだってさ。多分」
「多分って…?」
「ってのも"表向き"では架空の本にされててね。設定では中身を読んだらグロテスクさの余り呪われて発狂するんだってさ。オカルトマニアには人気な話らしい」
「うわー、オカルト受けしそうな設定…」
「まあ読むと本当に危ないらしくてね。コレが"裏の事情"ってヤツ」
「たかが文字でしょ?」
「イヤー、内容よりも"本その物"が危ないのよ…」
「ジェシカさん?」
「実は少しだけ読んだことあんの。子供の頃に少しだけ。
で、実際の中身自体は意味がわからないのね?文法も滅茶苦茶。
強いて言うならグロテスクな言葉が多いだけ。
昔は刺激物が少なかったからそれだけでも効果はあったんでしょう。本当に呪いが内容と関係あるならね」
「呪い…?」
「要するに、多分だけど『呪い』なら本自体に掛けられてるんでしょう。
…開こうとしただけで効果あったし。本棚が倒れてきたりとかね」
「…そんな力が何で本に…?」
何度目かの尋ね返し。
そして、ここでスンナリ話を続けている自分にも驚いた。
実感は無くても「軟体なあの路地」の影響はあったのかも知れない。


私を置いてけぼりに話は続く。
「戯曲…って形式に意味があるんだと思う。戯曲なら話になってさえいたらグダグダ続けても何とか通るモンだからね。
まあ結局、何が呪いと関係あるのか分かんないけど」
「そーなんです。つまるところ『黄衣の王』の何がダメなのかも分からんまま。
…もしかしたら"中の文章全部で長い呪文"なんてバカな話も無きにしも非ずかも。ジェシカ姐は未だに見ての通りマトモだし」
「………アタシに呪われたい?」
「読破と同時に呪いか…。本好きには悪夢ですね」
と、私は呑気に言った。
多分、読書は人並み程度しか好きでないことで感謝したのは後にも先にもコレぐらいだろう。
つくづく無駄な経験だと思う。
「"その本"が親族とかが出てくる原因?」
「当たり。『黄衣の王』は爺さんがどういうワケか見つけたらしいんだけどさ、広めるワケには行かないから子供らに警護を命じたんだってさ。
言うなれば墓守しろってこと。
で、今は僕らの世代がやってるワケ」
「それ、お金にならないってコトじゃ…」
「そゆこと」
「"そゆこと"じゃなくて…。
要するに"部外者じゃなくなったから、仕事せずにボランティアやれ"ってんでしょ」
「…まあ、そゆこと」
「巻き込んどいて他人事みたいに…!!
生活出来ないから!!餓死しろって?」
「まあまあ、そういきり立ちなさんな」
「ハワードさん…怒る怒らないの話じゃなくて…」
「本来は部外者の人間を引き込むワケだから、生活費は出すって…僕の給料からだけど」
「あぁ、そうなの?
なら早く言ってよ……悪いわね」
取り敢えず巻き込まれた分、昼食にかこつけて豪遊してやることにした。




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あきゅろす。
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