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魔王は嗤う
同日 // 10:47 −盗難−



− 見えざる"盗難" −



学生時代、ジャスパー=W=ルースゲートは学内では"変人"で通っていた。

いつもヘラヘラと笑っていて、どんなからかいをされても、寧ろ自身で面白がりながら受け流す。
そのクセ、一度喋り始めれば必要以上に"思った"ことを正論と併せて徹底的に糾弾し、相手を否応無しにねじ伏せる。
つまり、周りからは真意が全く読み取れないのだ。
現に今も、私は彼の考えも意図も読み取れてはいない。



ジャスの口調自体は普段とは変わらなかったものの、目も声も笑っていなかった。
事態がそれだけ深刻ということなのだろうか。
「"捕まえる"…?何?ストーカーとか?」
「残念だけど趣味じゃない。…でも"別の心当たり"ならあるハズだろ?」
「…ちょ…、あるワケないでしょ」
「…パスワードは『BLUE_CROW』、因みに"表向き"ではユーザーID"587……」
「待って!!」
思わず声を荒げ、私は彼の声を遮った。
当然である。
私個人のPCのIDどころか、何故『BLUE_CROW』のことまで知っている…?ストーカーにしても細かくないか?
しかも腹の立つことに、「してやった」と言わんばかりにジャスはまたいつものヘラヘラ笑いを始めた。
「まーまー、そう焦らないで。引け目があるのが本当はソッチなだけじゃんさ」
「…どうやったのよ?」
「ウチに侵入しようとするからだよ。跡は残ってなくてもシッカリ逆探知させてもらった」
ジャスの笑いは顔どころか声にまで出始めた。
例の骨董眼鏡が愉しげに揺れている。

…何故、この男はこうも私を苛立たせるのが得意なのだろうか。
思わず呪詛を漏らした。
「………『タレコミ』ってそっちかよ…」
「口が悪いってば。…にしても『BLUE_CROW』なんて洒落た二つ名だ。青いカラスなんて詩的だねェ…そういや女子にしちゃー小鳥とかよりカラス好きだったよね」
「ただのパスワードよ…」
否定しない辺り、本当にタレコむつもりらしい。私に、ではなく警察に。
ハッキングは犯罪だ。当然と言えば当然である。
…それとも、ユスリでもするつもりか?
「まあ"捕まえる"ってのには二重の意味があってさ。
早い話"ウチの側"に捕まるか警察に捕まるか、なんだけど」

図星か。


「"ウチの側"ぁ?複数っコト?…アンタ、本当に何するつもりよ?」
「"何もさせないつもり"…かな」
「………余計意味わかんないから」
「要するに君、突っ込んじゃいけない所に足突っ込んでるワケ」
「…あの『事件』について、何か知ってるっての?」「…『突っ込んではいけない』って言ったつもりだけど?」
呆れ顔でジャスが言い放つ。
正直、癪に触った。コイツだけには呆れられたくない。協調性の欠片も無いヤツが何を言うか。

「イヤ……知られるとマズいのは世間の方だし、リザのあの腕なら戦力にも…」
「独り言ブツブツ言わないで!それに『戦力』って何よ?」
「話は後。それより、コレの真相を知るなら、自分の命は覚悟すべきだ。取り敢えずそんだけヤバいって分かっておく必要がある」
「…命程度の覚悟、無けりゃフリージャーナリストなんてやってないわよ」
「………」
ジャスは少し考え込んだ後、午後の予定の提案でもするかのように切り出した。
「そうか……じゃ、こうしよう。
1つはウチに付いてきて得た情報を一切発信しない。言った通り覚悟は要る。代わりに、事件について色々と情報を渡そう。
もう1つは自力で情報を捜すか、だ。
何か僕ら以上の情報が手に入るかもよ?…まあ、代わりに逆探知した個人情報から顧客名簿まで全部警察に渡すけどね。
ど?二択だから簡単でしょ」
「ちょっと何ソレ…アンタだってヒトから情報コッソリ盗んでんじゃない!!」

とはいえ。
反抗の態度はとってみたものの、選択肢は元から1つしかないようなものだ。
フリージャーナリストにとって信用は命である。
『ハッキングでネタ集めするついでに裏では情報屋もしている』なんてバレるわけにはいかない。
「……解放までにどれだけ掛かるワケ?」

なんだか、悪魔と取引したような気分だった。







場所を変えて話は続いていた。
大分歩いてたどり着いたのは繁華街からは離れた住宅街の裏路地だ。
ここなら第三者にも聞かれまい。
早速切り出すことにした。
「で?何を知ってるのよ?」
「事件の方?君の『ウラ』の方?」
「あー、アタシのはいいから…。1つでもバレてるんならヤバいし」
「公的機関の裏金みたいなスキャンダルネタだけで2、30はあるクセして…」
「いちいち五月蝿い!!」

ふと、端から見たら私達はどう見えているんだろうかなどと思った。
多分、さっきは痴話ゲンカで今は三流コメディアンなんか辺りが妥当だろう。この時点で更にイライラして来るが、ここは忍耐だ。

「まず例の事件、『盗難品は無し』って記事には書いてたよね?」
「ええ、"漁った"記録には無かったもの。前々から行方不明の本とかなら幾つかあったけど、割と簡単に手に入れられるヤツばっかりだったしね。学生が持ち出したとかでしょ?
…で、そう聞くってことは…」
「そ。"ところが…"ってヤツ。
要するに"決して存在を記されない蔵書"がウチにはあったワケだ」
「"存在しない"本…」
表情は冷静に聞いている風に装っていたが、この時点で既に私の頭の中は混乱していた。
私は大学図書館の蔵書事情には詳しくはないが、違和感だけは確かに感じる。
大学図書館が流石に洒落でそんなことはしないだろう。
あるのは難解な学術書やら、世間で高い評価を受けたような立派な物とかの筈だ。
それを何故、隠す必要がある?

知られてマズいのなら処分すれば良い。しかし話を聞く限り、"それ"は図書館にあったらしい。
だいたい、そんな面倒なものを所蔵する意味も理解出来ない。
もう訳が分からなかった。


考察を続ける私を置いて、ジャスは解説を続ける。
「じゃあ、何故"存在を隠さねばならないような本"が大学図書館にあって、それが盗まれたか、だ。ここに『足を突っ込んじゃいけない』って言った理由がある」
「重要な国家機密情報が書かれてる極秘の公文書…とか?」
「なら普通に考えて国会図書館行きだろ?あっちの方がセキュリティレベルは段違いだと思うけどね。
…じゃあ、一体"それ"はどんな書物なのか?何故、地方の大学図書館にそんなものがあるのか?何故、何故、何故、だ。
常識が一切通用しないだろ?」
「…謎掛けは別のタイミングでやってくれない?」

さっきから随分と勿体ぶった説明の仕方である。イライラは最高潮だ。
もしワザとこのイライラを狙って言っているのなら、後で回し蹴りでもくれてやることにしよう。
「…冗談通じないなぁ…。嗚呼嘆かわしい…かつて人々を魅了し数多の友人達を虜にした、ノリと茶目っ気と話術はドコに行…
「いい加減に話せ!」
「痛゛ッ!わかったわかった!!…あーもう短気になったなぁ…」
「職業柄ね!それは良いから話しなさいってば」
全く、とんだコメディアンだ。
取り敢えず裏路地に移動した自分の選択に感謝した。

そして、移動した最大の理由……話の核心にようやく触れようとしていた。
が。


ピシッ


「何、今の?」
「はぁ…もう気取られた」
「…何か知ってるみたいね?」
話の最中にも、先程の音…何かがひび割れるような音が響き渡っている。
そして、その音は加速度的に大きく早くなっていく。
「仕方ない……。リザ!早く逃…


ピシピシっガロッ

ビキビキッバギッガガガッ…





ギギギッ…バグァッ、

グッ、ガゴぉォオおォぉゥゥうぅウン!!!!!









彼が言葉を言い終える間もなく、辺りのコンクリートや舗装は激しく音を立てて崩れ落ち、そして一斉に"歪んだ"。
そして壁は瓦礫と化し無くなった地面や壁の内側にあったのは、更なる"壁"。
私達がいた狭い路地は、今やタコの表皮を思わせるネバ着いた軟体の『"壁"のようなモノ』と瓦礫の『"元"壁』の回廊と化していたのだ。

死体のように爛れ蒼白な、同じく軟体の地面が足下から深く沈み込む様は、正に私達を呑み込まんとしているようだった。
『これらが音の正体らしい』などと他人事のように思ったと同時に、視界に違和感を感じる。


そして次の瞬間には、私は銀のタイルで出来た垂れ幕のようなヌメついた軟体の"壁"に殴り飛ばされた。
そして、同時に私の意識は"壁"に付着していたネバ着いた粘液状の物と共に。

綺麗なまでに飛び散った。




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あきゅろす。
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