bsr短編 伊就 『cool』 奥州の空は淡い青で、太陽は遠い。 はじめて毛利が奥州にやってきた。 中国の大大名でありながら、共という共も百石の主程度の者しかつけず、馬を乗り継いで奥州にやってきたらしい。 慌てて館の広間に通しはしたが、余りにも突然で家臣連中も木刀を持ち出したり集会(軍議)を開きそうになったりの大騒ぎだ。 「疲れたろ。」 「・・・いや。」 そんな風にいう毛利の顔色は、少し前に安芸で見たときと寸分も違わず無表情だから困る。 中国と奥州はこの島国の端と端のようなもの。疲れていないわけがないのだ。しかしこれでは、本当に疲れてないと錯覚してしまうから扱いに気を付けなくてはいけない。 しかも季節が季節だ。 どうしてまた、冬を選んだのか。真冬の奥州は、雪も寒さも半端ないから細っこいアンタじゃあ耐えられねぇくらいハードだぜって言ったのに。 今日だって雪が生垣の半分が埋まるぐらいに積もっているというのに。 「なんでまた来たんだ?」 「………。」 毛利の得意技は無言だと最近知った。 (おいおい、コミュニケーションはまず会話からだろ?黙ってちゃあ何もわかんねーぜ。) と、言葉でもばっさり切り捨てるのが自分らしいし、少し前なら(アンタの口は何のためについてんだ?)なんて皮肉で飾ることもできたのだが、具合の悪いことに、この毛利元就だけには無理強いはさせたくないと思ってしまうし、切り捨てるという選択は最初からどこかに溶け消えてなくなっている。 そんなのは柄でもなくて、いよいよ政宗は参った。 (どうすりゃいいんだチクショウ…) 「失礼いたします。」 困り果てたところへ小十郎が火鉢を持って入ってきた。 毛利が来てからすぐにこの部屋に火鉢を三つ用意させて、じんわりと炭の熱が部屋に広がりつつあった。暖はもう間に合っているが、よく見れば火鉢の上には金網が乗っているから小十郎の考えはまた違うところにあるらしい。 「小十郎、それなんだ?」 「豆のなまこ餅です、政宗様。毛利殿は餅を好まれると耳に入れたものですからいかがかと。」 小十郎は丁度政宗と毛利の間に持ってきた火鉢を置き、懐紙に包んだそれを金網の上に置いて話す。 小十郎は毎年この餅を作っている。大豆を塩水に数刻漬けて陽に晒して乾かしたやつを、つきたての餅に投入して、かまぼこみたいな形にして乾かし兵糧としていた。しかしその餅は政宗も唸るほどの美味であり、血気盛んな伊達軍連中の底なしの胃袋によって、すぐにペロリとなくなってしまうのだが。 小十郎から視線を毛利に移すと、毛利はうつむきがちではあるが、金網の上で焼かれている餅をじっと食い入るように見つめているではないか!! (Good job!小十郎!) 「おい、毛利。 この餅な、小十郎の手作りだ。すんげぇdeliciousだから食っていけよな。」 「ああ。」 やはり無表情ではあるのだが返事が即答だったのと、本当に餅が好きなんだとわかりまず嬉しくて、つい口元が上がった。 そこでちょうど金網の上の餅がぷくりと膨れ、すぐさま小十郎が用意していた懐紙に焼きあがった餅二つを盛り、そこに椿の花びらを添えて、毛利の前に差し出した。 政宗にも二つ出したところで、小十郎は政宗に向き直る。 「政宗様、どうでしょう。こうして毛利殿が来て下さったのですから、この米沢城内をご案内されては。」 「・・・ああ、そうだな。熱ァッづァァッ!!」 「政宗様!熱いうちに頬張りなさるな!」 毛利ははふはふと餅を食べるのに夢中だし、襖の向こうでは家臣連中が筆頭のスケだ!とかいって聞き耳立てているしで、政宗は全くcoolになれなかった。 米沢の城内、渡りの廊下に政宗と毛利の姿が現れた途端家臣らの声があがった。 「うおおお〜〜!!アレが猛離喪賭鳴(毛利元就)かよ〜!」 「すっげハクいじゃねえか!さっすが俺達の筆頭だぜ!」 「煩ぇぞテメエらァ!さっさと持ち場に戻れ!成実ェェァ!おめェが先頭切って何してんだあ!」 「で、あそこに見えるのが俺の従兄弟の成実だ。」 「・・・。」 伊達成実だと政宗が指をさしたその男は、剃りこみの入った“りぃぜんと”という髪型をビシリと決め、今まで見たこともないような金糸で仕立てた昇り龍柄の青い着物を着(腕には“奥州連合喧嘩上等”の朱色刺繍入り)、小さな“さんぐらす”とやらを鼻にひっかけ、他の家臣らに混じって向かいの廊下から身を乗り出してこちらを見ている。面長で全体的に細い顔立ちは、まるでカマキリのようだな、と毛利は思った。 「何偉そうに言ってんだ小十郎ゴラァ!マッポの振りしてんじゃねーぞ、軍のケツ持ち(殿役)いつも誰がやってやってると思ってんだ!」 「・・・・・・・・・・・・成実。てめえ、表に出ろ。」 「STOP!!そこまでだ。小十郎、成実引きやがれ。テメーらもさっさと自分の軍馬の手入れでもしろ。それから成実。毛利は中国のBOSSなんだ、こっちに挨拶にぐらいこねえか。」 一気に緊迫した空気のなか、絶妙なタイミングで出たのは小十郎の拳でも成実の足でもなく、政宗の声だった。熱くなった場の空気が、再び周辺の冷たく乾燥した冬の空気と同化してゆく。 「申し訳ございません、政宗様。」 「へーへー。」 ふらふらと腰をあげた成実は四国の長曾我部のような長身で、それなのに廊下の欄干を軽い身のこなしで飛び越えた。着地した所の雪が跳ね上がり、中庭のまっさらな雪の上を横断すると、サクサクといい音が聞こえる。そして毛利のすぐ傍の欄干に腕を預け、中庭から毛利顔を覗き込んでニヤニヤと笑った。 「へえ、近くで見るとマジでマブいな。政宗もいいの見つけたね。」 「煩ぇ。さっさと自己紹介しねえか。」 「ハイハイ。俺ァコイツの従兄弟で二本松城主の伊達成実。百足の成実だぜ、夜露死苦!」 「・・・。」 また毛利はだんまりだ。 成実も問題は大有りだが一応紹介できたし、次は雪に埋まってしまっているが城裏手の小十郎の菜園でも見せてやろうか。そんなことを考えて白一色に染まった遠くの山を見ながら、足を一歩前に踏み込もうとしたら、袖を小さく引かれた。 見れば、白い手が申し訳程度に己の袂の端の部分を掴んでいて、白い手は紛れも無く無表情のその男。 「どうした?毛利。」 「・・・奥州の言葉で、こ奴に名を名乗りたいのだが。」 まだこちらを眺めている成実がヒュウと口笛を吹いた。 さっき追い払った家臣たちも、政宗が恋人を連れているという滅多に見れない絵面を、目を輝かせて襖の奥から見守っている。 政宗はチラリと成実を見た。 成実はまだニヤニヤとしている。 そっぽむいてチッと一度舌打ちをすると、毛利の耳元でそっと何かをささやいた。 毛利はしばし何か考えたが、すぐに成実の真正面に向き直り、少し下にある成実の顔を見下して、あの口調で言い放った。 「我は中国総長、毛利元就。中国の鷲とは我のことよ。」 襖の奥で、おお、と家臣等が声をあげ、小十郎も目を見開いた。 政宗は誰にも聞かれないように、溜息をついた。 成実だけが、毛利をニヤニヤと戦場でいつもやっているようにメンチ切っていた。 「・・・へえ、じゃあ強えんだな。一度タイマン勝負してくんねえかな?」 「貴様のような輩、すぐに斬り捨ててくれるわ。」 「へへっ、楽しみにしてるぜ。」 そこでようやく成実は欄干から腕をあげ、手をヒラヒラとさせて向かいの部屋のほうへ消えてゆく。 その背中をじっと見つめ、毛利が呟いた。 「・・・この寒さは、この地には丁度いいのかもしれぬな。」 「あ?」 「この城内の熱さを冷やすには丁度いい。」 「・・・ああ、そうだな。」 政宗は言葉の真意が組み取れなかったが、毛利の言葉に刺はなく皮肉にも聞こえなかったから、荒々しい伊達軍の様子にもなんとなく慣れたようだというのは分かった。 成実が襖の奥に消えると、小十郎も一礼して歩いてきた廊下を戻って去っていった。毛利はゆっくりと政宗を向き直る。 「・・・貴様がよく使う・・・“くーる”とは冷たいという意味だと聞いたが。」 「ああ。でも冷たいっていうのは気候だけじゃねえ、感情のことも当てはまる。“かっこいい”とか“斬新”みてえな意味にも使うな。」 「そうか・・・。」 じゃあ次行こうぜと、政宗は歩き出す。 すこし軋む廊下を歩く足音はいつまでたっても政宗一人分しか聞こえず、不思議に思って後ろを振り返れば、毛利はその場に立ってじっとこちらを見ている。 何か、思うことがあるのだろうか?政宗は再び毛利の元へ戻り、どうした?とぶっきらぼうにならないよう注意を払いながら声をかけた。 「伊達、我がここへ来た理由を教えてやろう。」 「・・・Ah?なんでまた・・・。」 「我は寒さが苦手だからだ。」 「・・・・・・・・いや、だからアンタどうして・・・」 だから、なんで寒いのが苦手なのにどうして来たのか。そこが聞きたいのに、やはり策に足ける将っていうやつはどこかしら頭の使い方が違うからこんな理解に苦しむことをいうのか・・・?と一瞬にして政宗は頭を悩ませた。 ふいに、毛利の右手がすっとこちらに差し出された。 「寒ければ、手をつなげるであろう。」 毛利はそれでも無表情。 (・・・ックソ野郎がッ・・・!) 政宗は頭を乱暴に掻き今日何度目かの舌打ちをし、差し出された手をつかみ上げると、毛利を引っ張るようにしてどかどかと廊下を歩いた。 近くで家臣等が大きな拍手をし、やったぜ筆頭!とかなんとか騒いでいる。襖が外れて、こちらに倒れたとおもえば10人ほどの家臣たちがごろごろと転がり出てきて、そのうちの数人を襖と一緒に蹴り飛ばして進んだ。 「・・・アンタもクールだぜ・・・」 「それは・・・どの意味だ?」 「“カッコイイ”ってことだよ!」 奥州の空は淡い青で、太陽は遠い。 しかし、地には濃い青があるのだ。 了 筆頭は「元就」と呼べない。 [*前へ][次へ#] |