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最弱魔族観察日記

16
そんな悪魔の有能さは、しかし、さしてフェリスの興味を引くことは出来なかったらしい。

「クソ、無駄な時間を過ごしちまったな。今何時だ?」

「さぁ?私、こちらの時間には疎いもので」

それと、私は時計を身に付けない主義です――憮然たる口調で吐き捨てるフェリスに、悪魔はコレが証拠とばかりに両手をあげる。

袖からチラと覗いた白い手首には、確かに何も認められない。

「こちら?……よくわかんねぇけど、やっぱりテメェは使えねぇって考えたのは間違いなかったみてぇだな」

冷えた美貌に露骨に不快な表情を浮かべると、流石に悪魔としてのプライドが傷つけられたのか

「随分と辛辣なお言葉ですが……時間を調べるのに、わざわざ悪魔を喚び出す方はいませんからね。別にわからなくても良いんです」

ややムキになったように口にされたソレは、確かに真理かも知れないが、性格が若干捻じくれているフェリスからすれば、出来ないことを正当化されているだけにしか聞こえない。

お陰でフェリスの、悪魔に対する印象は悪くなる一方である。

「ところで……」

「何だよ。言っとくが、もう俺の方はテメェに用なんかないからな」

話を変えて続けようとする悪魔を三白眼で睨み付けながら言う。

「何故ですか?」

「はぁ?」

意味不明な問い掛けに、間の抜けた声が出た。

悪魔は真摯な表情で「こう言っては失礼ですが……」と前置きをして

「私から見て、マスターはあまり他者に対して興味を持たないタイプのように見受けられます」

今更のことだが悪魔の方が背が高い。
フェリスはその事実に初めて気付いたかのように、嫌そうに顔をしかめた。

「マスター?」と呼びかけられ、我に返る。

「……だからどうした。それでテメェに何か迷惑かけたか」

それは確かに事実ではある。

――フェリスは弱い。

弱いという言葉だけで表現すると語弊がある程には、極端に弱い。
いっそ「よっわい」と言った方が相応しいくらいに弱い。

そんな彼が生き抜こうとするならば、他人になど構ってはいられない。
自分のことをどうにかするのだけで精一杯だからだ。

しかしそれをわかっていても、改めてヒトから言われるといい気はしない。

「いえ、別にそのことに関してマスターを非難するつもりはないんです。だからそう、喧嘩越しにならないで下さい」

幼子を宥めるような甘ったるい声に更に柳眉を寄せた。
――その声は、とても嫌なヤツを思い起こさせる。

「ただ……そんなマスターが、胡散臭い悪魔などを喚んでまで嫌がらせをしたい相手がいる、という事実がどうにも違和感があると言いますか……」

自分で自分を胡散臭いと言ってしまうのはどうなのか。

「……それは、アイツを苦しめるのに必要なことなのか?」

「いいえ。単なる好奇心です」

「――よくは知らねぇがな。好奇心ってのは身を滅ぼすらしいぞ。ヒトは身の程を知ってそん中だけで生きるのが一番良いんだと」

それは如何なる思いで口にされたのか。

無色でありながら深い闇を連想させる声音で告げられる言葉に、悪魔は意外そうに眉をあげた。

「なかなかに手厳しいお言葉ですが……忠告と受け取っておきましょう」

言いながら、優雅に一礼をする。
芝居がかった動作だが、その容姿には不思議と似つかわしく思われた。

「ですが――悪魔というのは好奇心が全てでして。生きる意味であり、意義なのです」

どうかご容赦を――慇懃な態度ながら、藤色の目には強い光を見せる悪魔を見つめ、フェリスは二度、ゆっくりと瞬きをした。

勿論、教える義理など無い。

相手の好奇心を満たしてやるような善意など持ち合わせていなかったし、そもそも悪魔が嫌がらせにも使えないのであれば、ここにいる理由すらない。
サッサと帰ってレキに飯を作らせて寝るべきだろう。

「いやいや、別にオレ様はお前専属のシェフでも召使いでもないからな?何かナチュラルに決めちゃってるけど、オレ様はそれなりに忙しいからな?他の連中が仕事しないから、しわ寄せがコッチにきて、三人分の仕事量だからな?あと、それよりもフェリス。お前はまず服を着替えた方が良いと思うんだ。いや、余計な世話だとは思うんだけど」

――レキがいれば、おそらくこう言ったであろうことを考えながらも、しかしフェリスの足は動かなかった。



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あきゅろす。
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