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最弱魔族観察日記

4
「ヤツを倒す方法を教えろッッ!!」

「………………」

椅子に座ったまま、チサトは両手を振り上げて吠えるフェリスを見上げた。

その絶対零度の視線は、某最年少将軍ならば実際に凍り付いてしまう程に冷たかったが、とにかく熱くなりきっているフェリスには全く効果がなかった。

「お前、いっぱい本読んでんだろ!?『ガリ勉』ってヤツなんだろ!?そんくらい、わかんねぇのかよッ!?」

「……私が書物を読むのは、あくまでも私の為であり、決して貴方の為ではありませんけれど」

彼女にしてはとんでもなく珍しく、口に出す前から「どうせ無駄なのだろうな」とでもいうように既に説得を諦めているような、どこか投げやりな声で言いながら、読んでいた本をパタリと閉じる。

表紙が金で装飾された本は、宙に溶けるように一瞬で何処かに消え去った。

「別に教えたっていいじゃねぇか、ケチ臭いこと言うなよッ、為になる知識は皆で共用してこそ、真の意味があるってモンだろうが!?」

「…………………一理、ないこともありませんわね」

しばらく間をあけて、チサトが微妙な同意をする。
どうやら答えるまでに、彼女の中ではそれなりの葛藤があったようだ(傍目にはただの無表情だが)

チサトは確かに男には寒気がするほどに冷淡だが、上に立つ者としての度量も備えている。

そんな彼女なので、フェリスの言い分を「何を馬鹿なことを」と一刀両断には出来なかったらしい。

「だろ!?だったら――「しかし」

金の瞳を爛々と輝かせて喜色満面のフェリスの言葉を静かな、しかし強い口調で遮る。

「だからと言って、それを貴方に教えることは出来ませんわ」

「な…何でだよ!?」

「――貴方は為になる知識は皆で、と言いましたわ。しかし、私にはそれが為になるとは思えませんの……これ以上の説明が必要でして?」

「クッ…!!」

そうだった。
チサトは冷淡で冷酷で、男など何故この世に存在するのか、と本気で考えている程の女尊男卑主義者であったが、魔王に忠誠を誓う臣下でもあったのだ。

ちなみに二人とも、フェリスが言うところの『ヤツ』が誰かとは全く口にしてはいないが、フェリスがわざわざ倒すと宣言する相手など、この魔界の君主か、どこぞの軟体生物くらいしかいないことを、聡明なチサトは理解していた。

「クソ、あんなヤツに尻尾振りやがって…ッ!!」

悔しさの為か、フェリスの口から、チサトに対する恐ろしい暴言が飛び出す。

途端に、大半の者がショック死するほどの冷たい怒りと眼差しがフェリスに降り注いだが、色々なモノを読む能力が完全に欠けているフェリスには、やはり意味がなかった。

その実力に、いっそ笑える程の差がある二人なのだから実力行使をすれば良いのだろうが、魔王の忠臣である彼女が、彼の想い人に危害を加えることは有り得ないのである。

「………貴方に何を言われようと私は気になど致しませんが……そうですわね、そこまでおっしゃるなら…」

言葉を切ったチサトが、その白い繊手をフェリスに差し伸べる。

「――ご自身の力でその願い、叶えれば宜しいのではなくて?」

その手の内には、いつの間に現れたのか、一冊の漆黒の本が握られていた。



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