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最弱魔族観察日記

1
フェリスは運には恵まれていない。

――まあ、体力とか魔力とか道徳心とか常識とか、他にも色々足りないモノはあるのだが、とにかく運の悪さには定評がある。

そんなフェリスなので、道端でプルプルと揺れていたスライムに足を取られてすっ転び、全身粘液でドロドロになった挙げ句、向こうから歩いてきたチンピラたちに頭から突っ込む、という惨事に見舞われるのだろう。

しかも手に持っていた熟れ過ぎて最早トマトとは思えぬ色に変色したトマトは、相手の顔面で潰れるという嬉しくないオマケ付き。

「おうおう、どーしてくれんだ?ああ?」

「テッチャン、顔面腐ったみてーになっちまったじゃねぇか、ええ!?」

「うげぇッ!!しかも何なんだよ、この臭い…目、目に染みる…っ、あん!?」

「ク、クリーニング代と治療費、払ってくれるんだろうな、ええ?」

紫と金を基調にした目に眩しいシャツを着た男たちが詰め寄って来るが、生憎とフェリスはそんな場合ではなかった。

「ぎ…ぎゃああああぁぁ――――ッ!!三日ぶりの食料がぁああぁ―――!!」

喉が裂けんばかりに悲痛な悲鳴をあげるフェリス。
地面に両手を叩き付けて悔し涙を流すその姿は、フェリスの容姿が儚げなのも相まって憐れみを誘うモノではあったが。

「な、何が食料だ!!ああん!?」

「テッチャン、地面転げ回って紫の泡吹いてんじゃねぇか、ええ!?」

目を押さえて地面を転げ回る男――他の二人の言葉通りなら、テッチャン――を指差して怒鳴る。

「それがどうした!!たかがトマトが顔に当たったくらいで死にゃしねぇよ!!」

「いや、死ぬだろ!?これは死ぬだろっ、ああん!!」

「ってか、トマト!?あの紫のグチャグチャしたヤツ、トマトだったのかよ、ええ!?」

「何言ってやがる!!誰が見てもトマトじゃねぇかっ。俺の三日ぶりの食料だったのに、どーしてくれんだよ!?」

互いに意見を曲げず、真っ向から睨み合う三人――ちなみに転げ回っていた筈のテッチャンは、三人の足元で一人静かになっていた――だが、客観的に見て正しいのは男たちの方だろう。

それにそもそもの原因はフェリスが転んだことである。
はっきり言って、言い訳のしようもない状況だ。

だがいくら正しかろうと、それを認める訳にはいかない。
だいたい、払う金があるのなら、あんなトマトをわざわざ貰いに行ったりはしない。

つまり絶対に認めてはいけないのだ。

しかし、そんな言い分が通るとすれば、おそらくそれは『強者』だけである。

「――どうやら口で言ってもわかんねぇみてえだな、おい」

「そんな悪い子は、躯に教えてやらなきゃなぁ、ああん?」

今までと違い、急に台本を読んでいるかのように棒読みになる二人。

台本が実際にあるのかは不明だが、あるとすれば語尾の『あん?』や『ええ?』も書かれているのかが気になるところだ。

「………………」

「おう、そうだよな、テッチャン。ちょっと痛い目をみてもらうぜ、ええ?」

……テッチャンは一言も言葉を発してはいない筈だが、何故か男が大袈裟な動作で頷く。

どうやら本来ならば、そこにテッチャンの台詞が入るらしいが、生憎とテッチャンは夢の中。

頭が悪いのか、応用が利かないようだ。

だが、例え頭が猿並みでも、戦えばフェリスより強いのは間違いない。

「上等じゃねぇか、トマトの敵だ!!返り討ちにしてやる!!」

しかし、そんな猿でもわかりそうなことが理解出来ていないらしいフェリスは、もしかして猿よりも頭が悪いのかもしれなかった。



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