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最弱魔族観察日記

29
「―――ッ!?」

「これは…まさか…」

顔をあげたアルフとレキの顔は、信じられないという表情で固まっていた。

「何故だ、一体どうして……」

呆然とした呟きと同時にレキが立ち上がり、外へ飛び出そうと窓を蹴破る。

ガラスの大きな悲鳴が響き、部屋中にガラスの破片が飛び散った。


「待て!!」

アルフが背後から声をかけてくる。
冷静なアルフには珍しく悲鳴に近い声だ。

「レキ、少し冷静になれ!!」

「オレ様は冷静だ!!」

「悪いが、それを認める訳にはいかないな。今のお前は平静な状態ではない」

アルフの言葉に、レキが何事か言い返そうとするが

「いつものお前なら、今飛び出して行ったところで何の意味もないこと位わかる筈だ」

「それは…」

レキは思わず口ごもる。

アルフの言葉が事実であることを認めない訳にはいかない。

いや、アルフに言われるまでもなくレキはそれをわかっていた。
しかしそれでも、飛び出さずにはいられなかったのだ。

表情を隠すように俯き、拳を握る。
爪が皮膚を傷付け、拳からは赤い滴が滴ったっていた。


「……それに、既に陛下が向かわれている」

それに気付きながらも、アルフは静かに、淡々とした声でレキに語る。

レキはそれを受け、弾かれたように顔をあげた。

「……それでも、お前が行くというのなら――」

「……力ずくで止めるって?」

アルフは何も答えず、ただ苦渋に満ちた眼差しでレキを真っ直ぐに見つめている。

この状態で否定しないということは――即ち肯定だ。

「……わかったよ」

「……本当に良いのか?」

微笑さえ浮かべて両手を上げるレキに、アルフが驚きでカラカラに乾いた声で問うた。

「何でアルフが驚いてるんだよ。…仕方ないだろ。オレ様ごときが、将軍筆頭のアルフに勝てる筈はないしな――ああ、だからそんな辛そうな顔するなよ」

オレ様は勝てない勝負はしない主義なんだ――軽口を叩くと、自分が座っていた椅子に近寄る。

「あ〜、ガラスだらけじゃねぇか。まあ、オレ様がやったんだけど…取り敢えず、掃除が先か」

不自然な程に陽気な声をあげ、素手で椅子の上に溜まったガラスの破片を払い除ける。

掌の傷は、既に完治していた。

「……レキ、すまない」

アルフがレキに頭を下げる。

「ちょ…謝るなよ。別にアルフが悪い訳じゃないだろ。頭あげてくれよ」

「…………」

レキに言われて、ゆっくりと頭をあげたアルフ。

「まあ、確かにちょっと心配だけどな。まったく…一体何があったんだか……」

レキはふぅ、と息を吐きながら肩を竦める。

その向かいで、アルフが疲れた顔で椅子に座った。
そして、背もたれに躯を預けると

「…アイツに関してなら、心配はいらないだろう。陛下が向かわれたし……それに何より――アイツには『無敵の盾』がある」

沈痛な面持ちを保ったまま、独り言のように呟く。

「確かに。っていうか、オレ様なんかが心配すること自体間違ってるしな!!」

明るい表情も軽い声音も、いつものレキだ。

しかし――アルフは感じていた。

その青い瞳に、僅かにだが、隠しきれない苦しみの色が浮かんでいることを。

「――レキ」

言うべきではないと思いつつ、アルフは言わずにはいられなかった。

「…これは将軍としての言葉ではなく、あくまでもお前の友人としての言葉だ。聞き流してくれても構わん」

静かな、本当に静かな声だった。

しかしそこには確かに、師が弟子を気遣うような響きが宿っていた。

「……な、何だよ、改まって。さっきのことなら、オレ様は別に気にしてなんか――」

早口でレキが言うが、そんな言葉で止まるようなら端から言おうとはしなかっただろう。

「――お前の想いは決して報われん。路傍の石に想いを寄せる方がまだマシだ」

アルフは自分が酷いことを言っているのを自覚していた。

レキの気持ちを考えれば、殺意を覚える程に憎まれてもおかしくはない。


しかし、レキは。

「………ありがとな」

アルフに礼を言い

「…でも、報われるとか、報われないとかは関係ないんだ」

そう言って、泣く直前のような曖昧な顔で笑うのだ。


「……愛して欲しいから、『あの方』を愛したんじゃない……」

レキは、自らに言い聞かせるかのように呟く。

「……本当は、想うことすら赦されないってのはわかってる。でも、駄目なんだ。想うことだけは、やめられないんだ」



――本当は、これが愛とか恋とか言われるモノなのかはわからない。

ただ、たとえ一瞬でも良い。

『あの方』が自分だけを見てくれるなら、その瞬間に死んだって構わない。
いや、むしろ最後に自分が目にするのが『あの方』であるならば、これに勝る幸せなどないと思う。

「……私には、全く理解出来ない」

アルフが首を左右に振ると、レキは声を出して笑う。


「だろうな。でも仕方ないって。だって、オレ様にも何でか全然わからないんだからな!!」


――理由があって愛したのではない。
一度愛してしまえば、すべてが愛する理由と成りうるのだ。


身を焦がすような愛は、その熱で自らの身を滅ぼすと言う。

それが真実であるならば、自分の運命はおそらく――



アルフは今だ笑い続けるレキを、ただ見つめる。

言葉をかけることはない。

何と言って良いのかわからないというのもあるが、それ以上に――レキがどんな言葉も必要としていないことを理解していたからだ。



「――陛下が、お戻りになられたようだな……」


やがてアルフは、何もない宙を見つめて、ポツリと呟いた。



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あきゅろす。
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