[通常モード] [URL送信]

最弱魔族観察日記

8
「違うって言うのなら、取り敢えず貴方の名前、教えて貰えませんか。僕、そろそろ昼ご飯食べに行きたいです」

「俺だってそうだよ!!むしろお前らと違ってこっちは死活問題だっての!!」

フェリスの血の滲むような悲痛な絶叫が、狭っ苦しい家(と言うか物置小屋)に響く。

「だったら話は早いです。はい、お名前どうぞ。あ、フルネームでお願いしますね」

耳に響いただろうに、サンは表情も変えずに言うと、ポケットからメモ帳とペンを取り出し、調査の構えをとる。

「うぅ…仕方ないな…」

何となく敗北感があったが、いい加減この二人から解放されたい。

「えっと、俺の名前は――…」

「はい、お名前は?」

フェリスは大きく口を開き

「リ――…」

「……どうしたんですか?名前は?」


激しく嫌な予感を感じ、顔を引きつらせるサン。

対するフェリスは無言。
しかし、明らかに顔色が青い。

「…………」

物質的な重みを感じるほどの沈黙が彼らに乗し掛かる。

「……名乗れない事情があるんですか?」

「ち、違う!!」

ここにきて初めてサンに疑いの眼差しを向けられ、首をブンブンと左右に振る。

「ただ、ちょっと…その……忘れて…」

「………は?」

サンの顎がカクンと落ちた。

「あの…忘れたって…」

「昨日…いや、ついさっきまでは覚えてたんだ。ただ、今はちょっと調子が悪いって言うか――」

「……自分の名前ですよ」


フェリスは、ぐうの音も出なかった。



自分の名前をフルネームで名乗ったのは、一体いつのことだっただろう。

馴染みの連中は将軍たちを筆頭に、かなり長い付き合いの者ばかりである。

魔族として、決して幼いとは言い難い生の大半を無職で過ごしてきたフェリスが、見知らぬ者にフルネームで名を言うことなど滅多にないし、ご近所との親密なお付き合いなど、もっての他だ。


それに何より、彼の名前自体に問題があった。

余程記憶力が良くなければ、一度聞いた程度では覚えられないのだから。

しかし、いくらややこしくとも仮にも自分の名前だ。
それを忘れるのは、確かに間抜け過ぎではある。

まあ、そこがフェリスらしいと言ってしまえばそれまでなのだが。

「やはりな!!私は怪しいと思っていたのだ!!」

だが、フェリスをある程度知る者ならば納得出来ることも、目の前の二人にとっては怪しさのスパイスにしか思えない訳で。

今まで黙って成り行きを見守っていたイグラが大声をあげた。
何故か、やたら嬉しそうである。

「名を名乗れないのは、何か疚しいことがあるからだ!!つまりお前が『エアリアル・トライアント・アータルー・フロド・シュシュリナーグ三世』である何よりの証拠だ!!」

イグラはとにかく早口で捲し立てる。
こんな状況でなければ、よく舌を噛まないものだと感心しただろう。

「う〜ん、確かに疑って下さいと言わんばかりですね…」

「ち、ちょっと忘れただけって言ってんだろ!!」

「あ〜…とにかく一緒に来てもらえます?ちょっと詳しくお話聞いた方が良いような感じなんで。…あ、心配しないでも、薬とか使って自白するように操ったりとかしませんから」

わざわざ説明してくる辺りが、限りなく怪しい。

「…………」

フェリスは只でさえ悪い目付きを更に悪くして、サンをジトッと見詰めている。

「嫌だなぁ、そんな目で見ないで下さいよ。安心して下さい。せいぜい罰金の上で町内引き回しの刑に処されるぐらいですから」


――それのどこが安心なのか。



[*前へ][次へ#]

9/40ページ

[戻る]


あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!