「女神の受難!?」
領主の依頼4 使用人の男はギーグに怒鳴られて、ヒッ!!と息をのむ。 肉食獣を前にした小動物のような男の様子に、ギーグを始め傭兵たちの間にあまり質の良くない笑いが広がっていく。 「きっ、貴様ら…っ!!こんなことをしてただで済むと!!」 それを馬鹿にされたと感じたのだろう。男は青ざめた顔を今度は赤くして耳障りな甲高い声で叫ぶ。 「み、みていろ!!貴様ら全員、この地にいれなくしてやるからな!!」 「へえ。たかだか使用人ごときが、大きく出たじゃねえか…」 使用人の言葉に、再び加熱する雰囲気。しかし 「待ってくれ」 先ほどと同じく、騎士が二人の間に入り込む。 「すまない。私に免じて、ひとまずこの場は引いてはくれないか?このままでは、いつまでたっても依頼の説明が出来ない」 控え目ながらはっきりした声音でそう言うと、ギーグは不本意そうな顔をしつつも「仕方ねえな…」と言って引き下がる。 安心したように詰めていた息を吐いた騎士は、次にまだ座り込んだままの使用人の男に向き直ると手を伸ばす。 「ヨム殿、立てますか?」 しかし使用人―ヨム殿とやらは感謝するどころか、その手をパシンッ、と思い切り振り払った。 「貴様などに手を貸されずとも、自分で立てるわっ!!」 「…そうですか、それは失礼を」 外見から受ける印象通り忍耐強いらしい騎士は、ほんのわずか眉をひそめただけで大人しく引き下がる。 「それではヨム殿、そろそろ領主様からの依頼のご説明を…」 何とか自力で立ち上がったヨムに、ギーグに対していたものより若干厳しい表情をした騎士が促す。 やれやっと説明が成されるのか、と傭兵たちの胸に期待が宿った。 しかし…このヨムという男、とことん他人の期待を裏切る男のようで 「新参者が私に命令するな!!説明?何故かのように無礼な輩に、私がそんなことをしてやらねばならないのだ。全員、即刻この城から出て行け!!」 「ヨ、ヨム殿?一体何を…ッ!!」 さしもの騎士もこの言葉は予想外であったらしく、驚きに目を見張った。 まさか、私情に流されてせっかく集めた傭兵たちを追い出そうとするほど、ヨムが愚かだとは思っていなかったのだ。 「何をおっしゃっるんです。傭兵たちに依頼するというのは領主様のご意志でもあるはず。それを貴殿の一存で…」 「わ、私の言葉は領主様の言葉だ。大体貴様が領主様のことを語るとは片腹痛いわ!!元王宮付きの騎士だか何だか知らんが、上官の命令に叛いて追い出されたような奴が知ったような口をきくな!!」 金切り声で噛みつくヨム。 例えそれが事実であったとしても、わざわざこんな所で言う必要はない筈だ。 完全に相手を侮辱するためだけの意味で言われた言葉に、しかし騎士は冷静だった。 「確かに貴殿の言う通りだ。しかしだからこそ、そんな私を拾ってくださった領主様の意に反した行動を見逃すことは出来ん。ヨム殿、ご説明を」 頑として言い切った騎士に、ヨムは神経質そうな顔を歪ませた。 反論したいが騎士の言っていることは正しい。怒りに支配された頭でもその程度の判断はつく。 何より。これ以上このクソ真面目な騎士と揉めて、それが領主の耳にでも入れば厄介なことになるのは明白だ。 一瞬でそう判断したヨムは息を吐いて気を落ち着かせると、細い目に粘着質な光を浮かべながら 「…良かろう。そこまで言うのなら、この件はお前に任せる。精々傭兵どものご期待取りに励むが良い。ただし…もし傭兵どもが失敗した時にはお前に責任を取ってもらうからな」 実に嫌味たらしい顔と声で言うと、相手の返事も聞かずにそそくさと部屋を出て行ってしまった。 [*前へ][次へ#] [戻る] |