もう、戻れない。
カノ視点。
重々しすぎるカノキドで、死ネタです。内容が内容だなー
***
雨が降ったのだろうか。
夜の闇にも乱反射して、コンクリートで塗られた道路が群青に光る。
目に入るのは僕の体、「これ」と空、道路くらいだ。10メートルに1つほどある街灯も一応、見える。
「…呆れちゃうよね?」
揺らめいていた陽炎の姿はもう見えず、僕の声が響く。
空間はまるで空き缶を投げ入れたように、からんからんと音を鳴らした。
空は塗り固められそうなほど黒く、雲1つ浮いていなかった。
「気付いちゃったんだ、僕」
足の感覚なんか、もうすでに置いてきた。
そんなもの必要ない。
狼にもなれない、ただの怪物には。
ああ、可哀想な僕。
こんな僕に捨てられちゃうだなんて、ね?
さっきかかった血が乾いたようで、手のひらがとても黒く視える。
鉄の臭いが充満し、鼻をついた。「これ」がまだ腐敗し初めていないことがせめてもの救いだ。
「これ」はただのたんぱく質の塊だ。
そう考えなきゃ駄目なんだ。
「…うげ、えっ……」
無意識に吐き戻してしまう。
ビチャビチャというなんとも不快な音が鳴った。
ああ、気持ち悪い。
口の中に残った胃酸も吐く。
「ふぅー……」
溢れ出るような(実際に出ちゃってるけど)気持ち悪さは、少し減った。
さて、どうしよう?
「これ」を運ぶことがまず先決だろうが、運ぶ場所の見当もつかない。
車があればいい、と言っても盗む訳にもいかないか。
自転車やバイクなんかじゃ力不足だ。
捕まっちゃうかな?僕。
パーカーは返り血で赤く染まっているし、「これ」には沢山の指紋を付けてしまった。
穴は開けたくなかったから。
できるだけ綺麗に、だけど一瞬で逝かないように。あまり実感が沸かないように殺したかった。
サバイバルナイフって便利だね。
じゃあ、アジトにでも戻ろうか。どうせ誰も居ないんだし。
怪物に吐き出される前にね。
「キドに会いたいし――…あ」
血塗れのナイフが空を切り、僕の手から落ちた。
あー駄目だよ、思い出しちゃ台無し。こんなに頑張って欺いてたのに。
殺人のコツは2つ。
何も思わないことと、何もかも考えておくこと。
耳に、キドの言葉がこだまする。
『わたし、消えちゃうよぉ』
『…よし、行くぞ』
『余計なことすんな!』
そしてあの娘の最期は、僕が作って、僕が見送った。
僕が、殺したんだ。
「たんぱく質の塊だ」とか「これ」なんてほざいて。
脳裏に、キドが息を引き取った瞬間までがフラッシュバックされる。
―――――――――――
「キド!次の任務はここだって!」
僕が作り上げた嘘の任務。
「…?こんな路上でか?」
キドは怪訝そうな顔をして、僕に聞いてきた。
辺りを見回すキド。紫色の特徴的なパーカーが、ふわりと揺れた。
「…キド、あのね?」
「おう、何だ?」
キドはそっぽを向いたまま、僕に返事を打った。
「…僕、本当に、本当に本当にね?」
ひと息、溜める。
「本当に、キドの事が大好きだよ」
キドはブッと吹き出して、こっちを向いた。
「はぁ!?お前、いきなりー…」
一気にキドの元へ走り寄る。キドの肩を掴んで、その場に押し倒した。
俗に言う、マウントポジション。
キドの背骨と地面がぶつかり、ドンと鈍い音を立てる。キドは頬を真っ赤に染めた。
「か、カノ!お前なにを……」
「僕はここでそんなことする程、不潔な男じゃないよ」
ナイフを取り出す。
キドの表情は一気に恐怖を帯び、かたかたと震えだした。
「…カノ?」
「どこがいいかな?パッと逝ける方がキドも楽だよね?」
ナイフはチャキ、と音をたて、銀色に光った。
「な、んで」
キドの透き通るような声が、闇に響く。
「…キドが、最後なんだよ」
メカクシ団の中でね、と付け足すと、キドは瞳からぽたぽたと涙を流した。
ああ、駄目だよ。
可哀想になっちゃうじゃないか。
「首は切りたくないな。力いるしね。目立たないところがいいよね、やっぱりさぁ」
「…みんな、殺しちゃったの……!?」
キドが嗚咽を抑えながら聞く。
もちろん言わないよ。
言ったら、もっと泣いちゃうでしょ?
僕は、唇に指を当てた。
「静かに」のポーズだ。
「お…私、死にたくない。生きたい」
「だめ」
ナイフをくるくると回す。
「…わ、たし、いけないことしたの?殺されるような、事を?」
「うーん…ちょっと違うかな。ま、おおむね正解」
キドの頬に、ナイフを当てる。
肌は赤い線を作り、血が少しずつ溢れていった。
「キド…駄目だよ。すごくかわいそう。ぎゅって抱き締めてあげたいくらい可哀想」
作った頬の傷をなめると、キドはぴょんと小さく跳ねた。
鉄の味を感じる。キドの生きている証拠だ。
あーもう可愛いなあ。
殺したくないなあ。
ずっと、一緒に居たいなあ。
「だからこそ、殺さなくちゃ」
キドの耳元でそう呟く。
「もうさぁ、お腹をひと突き。とかの方がいい?」
「…多分、だが」
キドはいつの間にか震えを止め、いつものキドに戻っていた。
「お前がそこまで決心してるんだ。……俺を殺すのは、きっととても大事なことなんだろ?」
軽く、うなずく。
「じゃあ、別にいいさ…お前だしな。早くしろ、怖がらせるな」
キドは目を強く閉じた。
体の震えは、さっきよりもずっと大きくなって、恐怖を物語っている。
「いくよ?」
両手で、ナイフを振り上げる。
ゆっくりと、覚悟を決めて。
「……カノ、大好き」
―――――――――――
彼女の最期の言葉は、そんな、僕の為だけの言葉だった。
自分を殺した奴の為の。
「…あ、れ……」
手に、水がかかった。
雨かと思い見上げたけれど、雲が現れる気配は一向に無い。
水は僕の頬を伝い、手に落ちていった。
「涙…?」
無意識に、嗚咽が漏れる。
ひっくひっくと子供のように、僕はだらしない声を上げた。
涙はとめどなく溢れ、流れ、落ちた。
覚悟決めたんだろう。
泣いてるんじゃないよ。
「…っで、も……」
そこに転がっているのは、キドの死体。
もうキドは、戻ってこないんだ。
いったいなんなんだろうね。
自分で殺したくせに。
「行かなくちゃ、なあ」
重い足を上げる。
ふらふらと立ち上がり、すぐそばにある電信柱へ手を伸ばす。
任務はこなせた。
もう、あの場所へ行くだけ。
…キド、本当にごめんね。
僕、君のこと大好きだよ、愛してた。
手のひらに力をかけ、立ち上がる。
足取りはおぼつかないが、なんとか歩けるだろう。
さあ、研究所へ。
道路はまだ青々しく濡れていた。
「キドの為に泣いたことも、キドを好きって思ったことも。後悔したことも」
くるり、と後ろを振り向く。
「全部、嘘だからね?」
今日も欺ききれました。
僕って、不気味。
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