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第17話 手探りの指先が辿る陰影
香澄が倒れてから一週間が経った。
熱は下がり体調も戻ったとはいえ、やはり全快したわけではないらしい。
椅子から立ち上がるたびにふらつく香澄に、形兆はもう一日休ませたほうがいいのではないかと思った。しかし香澄が「もう登校できる」と強く主張するから――しかたなく形兆は、香澄に付き合ってゆっくりと朝の通学路を歩いている。
二日目からはなるべく億泰に看病させていたが、億泰ではどうにも香澄の細かい機微に気付けない。気を遣った香澄の嘘にころりとだまされる。
必然的に形兆が香澄の監視をすることが、どうしても多くなる。
香澄としてはそれがいやなのだ。伸ばした指先にあれほど怯えた。こうして、共に登校するのも恐ろしいはずだろう。
考え込んでいると自然と歩調が速くなって、はっと気付いて形兆は後ろを振り返った。
形兆より三メートル後ろに、小走りになりながら追いかける香澄がいた。
「あ、ご、ごめんね。先に行っててよ、虹村くん」
「……きびきび歩けよ」
香澄に歩調を合わせてやるのは二度目だ。
一度目は保健室に連れて行くために肩を貸したときだが、あの時はサボりたかったので背中に回した腕で後ろから押すような感覚だった。
ちゃんと歩調を合わせることははじめてなので、形兆は歩くスピードが掴めずにちらちらと後ろを振り返った。
こういう日に限って、億泰がクラスの集まりだかなんだかで形兆よりも早く家を出たのが悔やまれる。
香澄の存在は、もはや億泰に押し付けたい問題と化している。以前はあれほど、億泰と香澄が接触してほしくなかったのにだ。
「ほんとに……先行っててくれて大丈夫だよ?」
「歩いてるだけでぜひぜひ言ってる人間に言われたねーな」
「う……ごめんなさい、ありがとう……」
「お前ほったらかしたら億泰がうっせーんだよ」
これは事実だった。香澄の過去を知って、億泰のなかには妙な使命感が燃えているらしい。
香澄は苦笑した。その表情だけでは、形兆の内心をどこまで正確に読み取っているのかはわからない。
「あ、あのね。歩幅あわせるのが大変ならさ……これでどうかな」
控えめな声と共に香澄は形兆の学生服の裾をちょんとつまんだ。
「この時間帯はまだあんまり人いないし……もちろん、学校近くなって人が多くなったら離すよ。そのころには友達と合流するだろうし」
学生服の裾をつまむ指は小さい。振りほどこうと思えば振りほどけるだろうが、香澄よりも早く歩けばクイと引かれてわずかに『服をつままれている』という事実を主張するだろう。
胸がもやもやした。
形兆を怖がっているくせに、こうして近くに寄ろうとする。形兆に対する遠慮ゆえなのかもしれないが、形兆は動揺しきりだ。
振り回されている、と言ってもいい。
「同じ学年のやつが見えたらすぐ離せよ」
「ん……うん。もちろん」
服の裾をつまんでいることが目立たないようにか、香澄はそっと形兆に身を近づける。
寄り添うと言ったほうが正しい。
クラスメイトに知られたらとんでもないことになる。知っていながら、その指が拒めない。
香澄に寄り添われているほうの半身から血液が熱くなるような錯覚に陥って、形兆は香澄から顔をそらして前を見据えた。
これではまるで恋人同士だ。
同居は始まったが友人同士ですらなく、そのくせお互い妙に深いところまで知ってしまった。
殺人未遂犯――実際に裏で何人も殺しているが――とその被害者なのに、甲斐甲斐しく看病をしたり、こうして身をゆだねるように寄り添われたりしている。
なんとちぐはぐで滑稽なふたりか。
滑稽だが、当事者の形兆は笑えない。
ただお互いに息をひそめていた。
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