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第15話 4

 香澄は形兆から目をそらしたが、それは気圧されたからではなかった。スプーンをにぎりこんでご飯をほじくりかえす父親を見つめる。

「最初はスプーンでたべようともしなかったよ。でも何回か言い聞かせたら、今はこうやってスプーンでごはんをすくってたべようとしてる。わたしがおじさんとごはん食べたのはたったの二日だけど……でも、変化してるのわかるの」
「……どうせ、時間が経ちゃあ、ぜんぶ忘れる」

 形兆と億泰を忘れたように。


 形兆の目の前で、父親はまたでろりと口から食事をこぼした。
 昨日も――香澄はこのやり取りをしたのだろうか。
 そう思うと、汚れをぬぐおうとする香澄の手首を、形兆はとっさに掴んでいた。
 布巾が香澄の手からこぼれ、父親の膝元にぱさりと落ちる。

「何度言ったらわかる? てめーは無関係だ……おやじのことに、この家のことに関わるな。ムカつくんだよ……!」
「じゃあ……どうして。昨日、おじさんと会わせてくれたの?」
「あぁ?」

 香澄は声を震わせながら形兆の目を見据えた。

「ほんとに無関係って、わたしのことどうでもいいって思ってるなら……おじさんに会わせてくれないでしょう。この前……公園で。おじさん見られて、蹴りながら……あんなにつらそうにしてたのに」
「それは……お前が、自分の事情全部話したから……」
「だから虹村くんも教えてくれたの? それだけじゃない……でしょう。おじさんのこと知りたくて、わたしの能力に期待してくれたから、会わせてくれたんでしょう」
「それだけだ。自分が特別なんて思い上がるなよ」
「そんなこと思ってないよ」

 指にギリギリと力がこもっていくのに比例して、暖かかった香澄の手首が急速に冷え込んでいく。
 痛がって、香澄は息を詰まらせた。しかし、形兆の手を振りほどこうとすることはなかった。

「目障りなんだよお前……すこし優しくしてやったらすぐつけあがりやがって」
「じゃあ、どうしてこの家に置いてくれ――」
「黙れッ!!」

 掴んだ手首を真横に引いて、薄い身体をフローリングの床に引き倒した。
 香澄が腰を押さえて起き上がるより先に、胸倉を掴んで引き寄せる。

「あの時、マジで殺してやればよかったか」
「別に……そうしてくれても、かまわないけど」

 忌々しく吐き捨てると、香澄は息を切れ切れにさせながらそう言った。そらされた視線に怯えはあるものの、恐怖は見当たらない。
 形兆が身動きできない間に、香澄は形兆の後頭部を引き寄せた。香澄の胸に、ぽすんと形兆の顔が収まった。
 思わず力が抜ける。ずるずると床に座り込んで手首を離すと、香澄は膝立ちになり震える腕で形兆の頭に手を回した。薄い身体の、乳房の柔らかさが服越しに頬に伝わって息が出来ない。
 これ以上ないほど香澄の肌は熱く、比例するように形兆の心は冷えていく。

 香澄の腕を引き剥がして、床に押し倒す。
 すぐそばでは香澄という介護者を失った父親が、スプーンを放り出し犬食いをはじめている。
 ハグハグという醜い租借音に形兆は眉根を寄せた。

 形兆に覆いかぶさられ髪の毛を床に散らばらせた香澄が、じっと形兆を見つめる。
 しかし瞳に温度はなく、形兆を見ているかすら定かではない。

「お前は俺に殺されてぇーのか」
「自殺願望があるわけじゃあないけど」
「人をイラつかせる天才だな、お前は」
「……ごめんなさい」

 薄く開いた唇がわずかに動いて謝罪の言葉をつむぐ。
 ひどくイライラした。
 香澄といると、いつもそうだ。
 わざわざ死に向かおうとするような言動が理解できない。
 あがくのをやめ、家族からの糾弾にされるがままで――形兆に対してもろくな抵抗をしない香澄が――ひどく苛立つ。

「自分でも……よくわかんないの。ただ時々……ぜんぶ、どうでもよくなって、なにも考えたくなくなる」
「いまがその時だってかい」

 嘲笑う声に、香澄は返事を返さなかった。
 本当になにも考えられなくしてやろうか、と、怒りというよりは悲しみに近い、ふつふつとした感情が湧き上がってくる。
 もう一度首を絞めたら、香澄は抵抗するはずだ。しかしそれは、あくまで肉体の反射にすぎないのだろう。
 さらに言えば、ここで形兆が香澄の服をびりびりに破いたとして。
 抵抗するのだろうか。

「……この家には置いてやる。だがお前は無関係だ。へんな首突っ込むな……」
「変な気分にさせたみたいでごめんなさい」

 形兆が身体を起こして立ち上がると、香澄も起き上がった。
 すでに空になっている父親の食器を持ってスプーンを拾う。部屋を出ると叩きつけるように扉を閉めた。
 形兆自身、なにをしたいのかがわからなかった。
 首を絞めたり殴ったりするような激情は、もう香澄には抱いていない。そのはずなのに気がつくと威圧的な言動を繰り返している。
 ぐるぐると理性が感情を責め立て続ける。それが香澄をこの家に招いたことなのか、香澄に優しくできないことなのかはわからなかった。









2013/11/28:久遠晶

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