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第8話 垣間見える伏線

 香澄が学校に姿を現したのは、形兆が病院に連れて行ってから三日が経ってからだった。
 表向きの理由は風邪だが、殴られた頬が治るまで外に出れなかった、というのが真実だ。形兆は知っている。

「おはよう〜」

 のほほんとした声に、瞬時にクラス中の視線が集中する。
 香澄はうっと唇を引き結ぶと、困ったように愛想笑いを浮かべて首をかしげた。
 ただひとり形兆だけは黒板を見つめて、内心で香澄に合掌した。

「お、お久しぶり……?」
「ねえ香澄!! あんた、虹村と付き合ってんの!?」
「あのふけ顔のどこがいいの!?」
「実際その……どうよ!?」
「あんたは虹村のどこを気に入ったわけ!?」
「え、えぇと……ッ!?」

 うろたえる香澄にクラスメイトたちはずいずいと近づいて、詰問を続ける。
 頬を赤らめてうろたえてしまうから、面白がられるのだ。本来なら放っておくところだが、仕方なしに助け舟を出す。

「おい、そいつ仮にも病み上がりだぜ」
「あ、そうだった。香澄風邪だいじょうぶ?」
「ていうか腕の包帯なにー!? 車にでもはねられた?」
「うん、ちょっと階段から転んじゃって……でも大した怪我じゃないよ」
「ぜんぜん大した怪我に見えるんだけど」
「えへへー、おおげさだよね」

 ギプスで固定され三角巾で吊り上げられた片腕を撫でながら、香澄は元気さを装って笑った。 
 病み上がりということで追求の手は緩んだものの、それでごまかされてはくれないらしい。形兆の隣に香澄が座ると、たちまちクラスメイトたちは二人を取り囲む。

「で、どーなのよ」
「てめーら、ほんっとにヒマなんだな」
「他人の色恋沙汰には敏感なのよ、あたしたち」

 クラスメイトの言葉に香澄は苦笑した。
 傍らにピンクスパイダーを発現してクラス一同の疑問に応える。

「虹村くんとわたしはそんなんじゃあないよ」

 ピンクスパイダーの糸が震えて、香澄の感情を周囲に伝える。
 困っているような悩んでいるような気持ちが、形兆にも届いた。

「虹村くんとわたしはただのお友達。……で、いい?」
「単なるクラスメイトだ」
「だってさ」
「だって、って言われてもなぁ……」

 クラスメイトは吟味するように香澄を見た。その視線を受けて香澄は小首を傾げる。
 こういう、狙ってもいないくせに挙動がいちいち男受けするところがいいのだろうか。形兆は頬杖を突きながら横目で香澄を盗み見た。

 なにはともあれ。一応は誤解は解けた……らしい。
 話が終わってクラスメイトたちが周囲から居なくなると、香澄はふうと溜息を吐いた。

「おつかれさん」
「虹村くん。……わたしが休みの間、大変だったでしょう」

 困ったように笑う香澄の頬に腫れはない。口元に赤みがかすかに残っているが、凝視しなければ気付かないだろう。形兆は視線を下に移動し、机の下にしまわれたスカートと香澄の足を見つめた。
 普段は学校指定のソックスに包まれている生足が、今日に限っては黒タイツに包まれている。
 ――今度は足でもやられたのか。
 そう口に出そうとして、形兆は言葉を止めた。
 言わない代わりに聞かない。聞かない代わりに言わない。
 そういう取り決めだ。声に出して了承したわけではないが、暗黙の了解だろう。
「イメチェンしてみたの。どうかな」

 視線に気付いた香澄が照れたように笑った。その笑みが白々しい。形兆は前髪を整える香澄に眉をひそめた。
 香澄が触れている位置は、香澄がヘアピンを付けていた位置だ。時折うざったそうに指で髪を整えるしぐさを見るたび、形兆は胃がもやもやするのだった。



 昼休み、大きな声でやってきた億泰が、香澄を見てうれしそうな声をあげた。

「香澄、学校来たのかーッ! 体調平気か?」
「億泰くんこんにちは。うん、熱はもう下がったよ」
「億泰ゥ〜ッ、毎度毎度、前のほうから教室はいってくんじゃねぇよ」

 教室の黒板側――前の扉から無遠慮に入ってくる億泰に形兆は眉をしかめた。高等学級の教室だと言うのに、中学生の弟は完全に我が物顔だ。
 億泰は、固定された香澄の腕をまじまじと見た。

「骨のヒビはまだ治ってないんだなァ」
「そんな簡単に治らないよー」
「それもそうか。なぁ、一緒にメシ食おうぜ〜ッ」
「残念だけど、今日は先約があるの」

 机に広げていた授業ノートをまとめながら、香澄は困ったように笑う。
 億泰はそうかぁ、と残念そうな声を出した。

「しょーがねーや。兄貴ィ、一緒にメシ食おうぜ」
「……俺は代わりか」
「香澄ー、ご飯食べよーよ」

 クラスの女子が、香澄の肩をぽふんと叩いた。香澄もにっこり笑って立ち上がる。
 近くの椅子を形兆の机の前まで引っ張っていた億泰が、その様子を見て急に顔色を変えた。


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