回答拒否 第7話 6 形兆は香澄から視線を外せない。香澄の目がそれをさせないのだ。 香澄は形兆の父親のことを知らない。だが、形兆には確実に不信感を抱いているはずだ。それなのに――普段と変わらない。凪いだ海のような目で形兆を見つめている。 香澄は形兆が秘密を言えないと確信していて、そのことに切なさを感じているようだった。 吐き出された長い溜め息には寂しさがこもっていた。 「お互い、言えないことが多いね。話したくなったらいつでも聞くけど、言いたくないことは言わないでいいから、むりやり聞き出すこともしない。お互いにそうしようよ、虹村くん」 「……お前、だって、聞いてきたくせに」 「そうだね……うん、そうかも。聞いたくせに言わないのは、不誠実だよね……」 「イヤミか、それは」 「え、そんなつもりじゃあ」 香澄は困ったように眉を下げ、うつむいた。香澄が視線をそらしたので、形兆もやっと視線を動かせるようになる。互いに別々に顔をそらした。 沈黙。 考えてみればおかしな話だ。 互いに他人に言えない問題を抱え、そのくせ相手には喋らせようとしている滑稽な二人だ。 形兆も香澄も、相手のことを言えない。 そして形兆には他人の問題に介入している暇も、その気もない。この時点で、香澄とのやり取りはただただ時間の無駄でしかないはずだ。 そんなことはわかっているのだ。 すべて計算通りにコトを運べればどれほど楽で、どれほど気分がいいだろうか。 形兆は溜息を吐くと、香澄は顔をあげて、とてもすまなそうな顔をした。 形兆と違って、香澄は問題を隠すことに罪悪感を抱いているらしい。 「ごめんね。せっかく心配してくれたのに」 「だから心配してねぇよ」 ふふ、と香澄は笑った。 口元の怪我が引きつるので笑みをこらえて、しかし結局こらえきれずに変な笑みになる。 「長いお話になるの。いつか勇気が出たら……全部まとめて話すから、だから――」 「兄貴ィ香澄起きたか、俺もすこしぐらい香澄の顔見てーよ……おお! 香澄!!」 「お、億泰くんっ」 「だいじょーぶかよォ香澄ー!」 「わわわ、大丈夫だよ〜」 扉を開けて病室を覗き込んだ億泰は、起き上がっている香澄を見るなり声をあげた。 億泰は香澄に抱きつかん勢いで喜ぶ。近すぎる距離に、形兆は億泰の首根っこを掴んで香澄から引きはがす。 もう、先ほどの言え言わないの問答をする気にはなれない。億泰に聞かせるのは嫌だったし、平行線になることは目に見えている。 心配などしていない、と形兆は香澄に言った。そのはずだが、胸を急き立てるこの焦燥はなんだろうか。 不可解さが不愉快だった。 「もう起きれるか。家まで送ってく」 「途中まででいいよ。学校で勘違いされちゃってるんでしょう? 見つかったら泥沼だよ……ほんと!」 「勘違いィ?」 察しの悪い億泰が間抜けな声を出した。 そもそも億泰が香澄を看病に連れてこなければ、クラスメイトに勘違いされることもなかった。香澄の骨折に、形兆が無意味な罪悪感を抱くこともなかったろう。 さまざまなものの元凶を殴ってやろうかと思いつつ、結局それに助けられたことも事実なので、仕方なく拳を開いた。 本当に不愉快な話だ。 億泰も、香澄も。 2013/7/23:久遠晶 [*前へ][次へ#] [戻る] |