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第10話 焦燥はかき鳴らされる警告音

 時間が止まった気がした。
 嘘でもいいから、「なに言ってるの、虹村くん」と、そう言ってほしかった。
 しかし香澄は、形兆の望む言葉を吐いてはくれなかった。
 いつもそうだ。
 香澄はいつも、形兆の望まない言動をして、形兆を翻弄する。
 それは、本心を言えば――ある種の心地よさを伴っていた。だが、今回だけは違った。

「虹村くんは確信してるんだね」

 ベンチに座る香澄は立っている形兆を静かに見上げた。形兆が買ってやった髪留めが街灯の明かりをキラリと反射して自己主張し、形兆はそれに吐き気を催した。
 香澄はいつも通り背筋をのばしたまま、凪いだ瞳で形兆を見つめる。
 否定も肯定もしなかったが、その言葉が暗に示すものが形兆はわかってしまう。
 息がつまって、形兆はぐっと歯をかみ締めて表情をゆがめた。

 イライラした。冷静になれず、怒りだけが膨れ上がっている自分に気付く。
 香澄と形兆自身への怒りだ。
 香澄に友情めいたものを感じつつあった――自分の心に招きいれようとしてしまった、自分への怒りだ。
 形兆は心底身が凍る思いだった。寸前のところで気付けたからよかったものの、発覚が遅ければ遅いほど形兆の傷は深くなったことだろう。
 今なら大丈夫だ。
 今なら取り返しがつく。
 今ならまだ……傷つかないで済む。香澄を始末できる。傷つかずに、迅速に……。

 形兆は目をつむって深呼吸をした。『敵』の前ですることではないとわかっていたが、せずにはいられなかった。
 再び目を開けるまでの数十秒。その間に形兆は覚悟を決めて目を開けた。
 目の前の『敵』を殺す覚悟を整えた。
 



 殺気を涼しい顔で受け流す香澄に、形兆は心底腹が立った。
 優しさをたたえた笑顔の下で、香澄は何度形兆をあざ笑ってきたのだろう。吐き気がした。

「なんの目的で俺や億泰に近づく? 弓と矢のためか」
「弓と矢?」
「とぼけるな」

 感情を押し殺してドスの効いた声で言うと、香澄はわずかに眉根を寄せた。
 一瞬だけ気圧されたような表情になるが、すぐに凪いだ海のような瞳に戻る。
 しんねりとした表情で首を振った。

「ごめんなさい。なんのことを言ってるのかわからない」
「心が読めるんだろ。だったら読んでみたらいいじゃねぇかよ。俺の過去も、家のことも、わざわざ聞き出そうとしねぇで全部」
「わたしがわかるのは、『人の感情』だけ」

 香澄は端的に訂正した。香澄に嘘をついている風はないが、形兆は自分の感覚を信じられなかった。
 奥底の意図を推し量ろうと目を細める形兆に、香澄は唇を濡らして説明する。

「わたしの『耳』は、望む望まないに関わらず言葉に含まれた感情をわたしに伝えてくるの。考えていることを読むことはできない……」
「言葉に含まれた感情?」

 風が二人の間を通りぬけ、香澄の髪を揺らした。香澄の耳に取り付いているピンクスパイダーがあらわになる。

 香澄のピンクスパイダーは両耳に取り付くちいさな補聴器型と周囲に漂うリング状、それらみっつをあわせて一体のスタンドだ。
 能力は『感情の伝達』であり、すべてのピンクスパイダーにそれが備わっている。つまりは――機能しない鼓膜に代わってスタンドが音を感知すると同時に、感情すらも香澄に伝えてしまうということ。
 香澄は穏やかな声でそう説明した。形兆は納得した。

 スタンド能力によって、相手の内心の感情がわかる。
 だから他人の不機嫌さや痛みをいち早く察知でき、しかし感情しかわからないから、時たまとんちんかんな返答になってしまう。

 思考を読み取るよりはまだマシな能力だが、厄介なことには変わりがない。
 取り繕う言葉が通用しないのは、どっちみち同じなのだ。
 苦々しい形兆の感情が伝わったのか、香澄は俯いた。
 形兆の位置から香澄の表情は伺えないが、足元で待機しているバッド・カンパニーからは見える。香澄は無表情だった。

「ごめんね」
「申し訳ないと思うなら、スタンドを解除してすごせよ」
「それができれば……そうしてるよ。この耳だけは、スタンドのオンオフが出来ないの」

 感情を押し殺した無表情のまま、凪いだ瞳のままで香澄は言う。いつも通りのイントネーションの言葉が、うわべだけを撫でるように感じる。
 形兆は口元をゆがめて鋭く香澄をにらんだ。

「何故、俺たちに近づいた?」
「好きだからだよ。どう言えば信用してもらえるかわからないけど、そういうことだよ。それに……」
「それに?」
「放っておけなかったから」

 香澄はそう言った。
 形兆が黙っているので、香澄は続けて言葉を発した。


「虹村くんがなにかに悩んでいるのはね、ずっと前からわかってたの」
「虹村くんの言葉には、どんなときでも『こんなことしてる場合じゃないんだ』って焦ってるような感情があったから」
「ごめんね、こんなこと言われても、気付かれても迷惑だよね。ごめんね」


 香澄は目を伏せ、いつもの調子で言葉を吐き出した。しかし顔は青ざめて今にも倒れそうな様相になっている。
 スカートのすそを強く握りこむ指は白くなって震えている。あわれだが、同情する気にはなれない。



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