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第21話 氷解する意識
小鳥がさえずり、太陽はじょじょにその存在を露にしていく。
清涼な朝の空気を鼻孔に感じながら、形兆は爽やかさとは程遠い体の節々の痛みと共に目を覚ました。
「ん、んぅ」
頭を押さえて目を開ける。かすんだ視界に、シャンデリア調の照明が入り込む。リビングのライトの真下に居るのだ。
鈍く痛む瞳の奥に眉をしかめながら、形兆は身体を起こした。間接の鈍い痛みを感じながら、ずり落ちた毛布を無意識のうちに肩に引き上げる。
「なんで俺、こんなところに……」
先ほどがずっと聞こえていた、とんとんという規則正しい音がなくなった。台所から香澄がひょっこりと顔を出す。
「おはよう、虹村くん……」
学校の制服のうえからエプロンを身にまとった香澄は、恥らうように身体をもじつかせる。この家にあるエプロンは当然ながら男性用だ。形兆にちょうどいいサイズのそれは、香澄が着るとすこし不恰好だ。
見慣れない姿に形兆が目を丸くしていると、香澄はあわてて言葉を発した。
「虹村くんなかなか起きなかったから、不眠だったみたいだし、起こすの悪いかなって……それで……」
言葉は尻すぼみになって消えていく。俯いた香澄はエプロンの裾をぎゅっと握りこんだ。
父親に失敗をとがめられた子供のように、その姿は所在なさげだ。
台所を勝手に使ったことで、形兆が怒ったと思っているらしい。
なんと声をかければいいのか、形兆は迷う。
鼻を掠める炊き立ての白米の香りや味噌汁の香りに、なにも感じないわけではない。だが決して怒りではなかった。
それに。
「余計なことしちゃったよね……ごめんなさい」
震える肩の小ささを、いまの形兆は知っている。
熱に浮かされていたわけでもないのに、吸い寄せられるように触れてしまっていた――昨夜の感触が抱き締めた全身に残っていた。
「俺は、別に――」
「うあ……おはよう……あれッ!? 今日は香澄がメシ作ってんのかァ〜ッ!?」
寝ぼけた億泰が二階からどたどたと降りてきた。まぶたをこすっていた億泰は、テーブルに広がる食事を見つけるととたんにシャキリとする。
「えっと……」
「美味そうだな〜っ。そんじゃさっそく――」
「億泰」
椅子に飛び乗るようにして座り、食事にがっつこうとした億泰を一言で制する。低い声に億泰は『あちゃー』と硬直し、香澄は表情をこわばらせながら二人を見やった。
どうやって形兆をなだめようか、億泰をかばってフォローしようか頭を回転させているのだろうか。
名前を呼ばれたの億泰よりも、香澄のほうが焦っている。
ピンクスパイダーは、先ほどの形兆の感情をどう捉えたのだろうか。
形兆は香澄を安心させるよう、声を出した。
「その前に顔と手洗って来い」
「……う? おー」
素直に億泰は立ち上がって、洗面所のほうまで駆けていく。
リビングには驚いたように目を見開く香澄と、憮然とした表情の形兆が残された。
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