未知なる世界 5 ……ダンッ。 壁に手を付いて、息を整える。 「今日は厄日か、チクショウ」 占いなんて見てないから知らないが、きっと俺の運勢は最悪だったに違いない。 そうじゃなきゃ、一日に二回も逃げることにはならないだろ、普通。 あの靄を目にした俺は、一目散に家を出た。本当は、自室に逃げ込みたかったが、仕方がない。 ……だって、追って来られたら、逃げらんねぇじゃん。 ゆっくりと息を吐く。 「アレは気のせい、アレは気のせい……」 目を閉じて、自分自身に暗示をかけるようにブツブツと呟く。 端から見たら危ない奴だろうが、今は俺しかいないから、何の問題もない。ノープロブレム、だ。 気のせい、ってことにしないと、この先普通に生きられない……そんな気がする。 「……よし、戻るか」 そう、力を込めて、壁から手を放した……その反動で俺の体は一歩、ほんの一歩だけ、後ろに退がったんだ。 そして、俺は今尻餅を付いている……今、目の前にいる真っ黒な生き物のせいで。 俺の隙を窺ってやがったのか、何なのか……ヤツは背後から凄い勢いで俺に飛びかかろうとした。けれど、一歩退がった……そのおかげで、ヤツのその攻撃をかわすことができたんだ。 ……つまり、全部ただの偶然だ……。 その事実にゾッとする。 目の前の鹿みたいな頭に、猿みたいな体をした生き物……何でだか説明はできないが、俺はコイツがあの黒い靄だと確信している。 本当に、妙なことではあるけれど。 「キシャアァァァッ」 「ッ!?」 現実逃避していると、目の前の生き物が、突然雄叫びを上げた。それにビクリと体が震える。 立って逃げたくとも、足が震えて力が入らなかった。 ピョンピョンと跳ねて、壁から離れたヤツは、体を俺の方に向け、態勢を低くした。 マジでヤバい……!! 逃げたい。 怖い。 見逃して。 何で俺がこんな目に。 助けて。 様々な感情が、一気に押し寄せた。 そんな俺の状態などお構いなしに、ヤツがビュン、とこちらに飛びかかるのが見え、ギュッと目を閉じた。 ――……パァン。 破裂音が耳に届き、ビクッと震えた後で、恐る恐る目を開けた。 [*前へ][次へ#] |