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未知なる世界


夏休みが勝負、とは良く言ったもんだ。
こんな暑い中じゃ、集中も何もあったもんじゃない。


「智樹?どこか出掛けるの?」
「コンビニ」
「そう、じゃあついでにスーパーで牛乳買ってきて」
「私にもバニラアイス買ってきて」
「……アイスは百歩譲って良しとしよう。ただ、スーパーはコンビニとは逆方向じゃなかったか、母さん」


ついで、の意味を知ってるのか、この母親は。

ジトッと睨むが、母親は笑顔を浮かべる。


「この暑い中、家を出るついでに買ってきて」


……何と、しっかりと‘ついでに’を強調しやがった。俺の心でも読みやがったか。

反論しても無駄なことは十二分に知っているため、溜め息を吐いて、諦めて家を出た。

途端に、ムワッと広がる熱気に、眉を顰めつつ、目的地へと足を進めた。








「――ん?」


母さんから頼まれたものの会計を終わらせると、人が足早に通り過ぎて行った。
その人の流れに首を傾げて、辺りを見回して……すぐに原因が分かった。


「てめぇ!ふざけたこと言ってんじゃねぇよ!」


出入り口の近くで、30代位の男が、制服姿の中学生位の女子に大声をあげていた。
真っ直ぐな黒髪の女子は、怯むことなくその男を見た。
……どこにでもいそうな顔立ちの割に、とても勇敢らしい。


「何もふざけたことは言っていないよ。ただ、軽犯罪を見逃すことは出来ない。君が、あくまでも自分が潔白だと言い張るなら、そのポケットを裏返してごらん。もし何も無ければ、私は私の失態を受け入れ、君の気持ちの済むままにしてくれて構わない」


ツラツラと紡がれる言葉は、実に平淡で、声のトーンに変化はなかった。
凛とした声音は、静かなスーパーに響き渡る。

男はぐっと言葉に詰まった後で、何事かブツブツと呟いた。
何か、危なくないか?アイツ。


「……あ?」


何だあれ?

その男の周りに、何か黒い靄みたいなのが見える。
何回、目を擦っても……見える。
周り、いや正確に言えば、あの男の肩辺りに。

気のせい、と言うには何だかモヤモヤとする。
……とても、嫌な感じだ。
まるで暗闇の恐怖と同じように……。


無意識に握り締めていた手を開けば、汗でビッショリ濡れていた。
それを乱暴にズボンで拭いた時、視界の端で何かが過ぎった。ハッとして前を向けば、その黒い靄が、男を伝って地面へと降りていった。
そして……。


「――……ッ!?危ねぇ!!」


ダッと地面を蹴り、黒髪の女子の腕を引っ張った。


「……ッ!」


彼女の息を呑む声が聞こえたが、それよりも何よりも……あの黒い靄が通り過ぎていったことに安堵した。
今さっきまで彼女がいた所を通り過ぎていった……もしあのまま彼女があそこにいたら?

……分からない。
何も、分からない。

けど、何故かこれで正しかったんだと思う。本能がそう告げた、何て言うと大袈裟だけど……アレはとても嫌なもんだ。
そう、確信が持てたから。


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