続き物
全てのはじまり
※ややシリアス(能力の詳細とトリップのきっかけ)





私は現代からこの世界にやってきた。
ある日、寝て起きたら見ず知らずの神と名乗る者にお前は死んだと告げられた。
そいつが何を言っているのか意味が分からなかった。
昨晩は普通に過ごし、いつもより少し早くに就寝した。
ただ…ただ、それだけだったのに。
呆然としている私に神は言った。お前は死ぬ予定では無かったと。
まだ私はあちらで生きていられたらしい。
だが、一度死んでしまった命を元に戻すことはできない。
神は言った。もう一度チャンスを与えよう、今度は死なないように、生きられるように力を与えよう。その代り、もう引き返せないし、生きる世界は選べない。
状況をよく飲み込めないながらもその言葉に頷くしか道は残されていなかった。


気が付くと、私は草原に立っていた。
前方は見渡す限りの平地で後方には山と森があり、右奥には川が流れているようだ。
私の格好は腰までの灰色の厚手のカーディガンと、アイボリーのブラウスをシャツインする形で濃紺の外踝より少し上のロングスカートを履いていた。
足元は茶色いショートブーツと、すぐ近くに大き目の革の袋が置いてあった。
肩にも斜め掛けのB5が入りそうなくらいのバッグがかかっており、中を確認すると紫の雫型に金色の星が散りばめてあるピアス、紫と青の華や飾りの付いた綺麗な銀色の簪と、簪と似たようなデザインが鞘に施してある、果物ナイフ位の小さな刀が出てきた。
さらに中を探ると一枚の紙が出てきた。
内容は道具の説明、使い方と私の能力の詳細の様だった。

・道具
《簪―防御:どんな衝撃にも壊れない絶対の強度を持つ、触れて念じればよい
 短刀―回避:簪と同じく壊れない、これで人を傷付けることはできない、ユウキ以外には鞘から抜けない、鞘を抜きながら移動させたいものをどこに飛ばすか思い浮かべる、場所を指定しないとランダム、移動させる数や規模、距離は使う魔力による
 ピアス―貯蔵:身に付けると魔力を蓄える、蓄えた魔力を使いたいときは外して握る》

・能力
《身体―変化なし》

・追記
《元いた世界とこちらでは経過する時間の流れが違う
 こちらの世界での数十年があちらでのおよそ一年に該当する
 体感時間は前の世界と全く同じで、人間と人間でない種族が存在する》


紙にはこれらの記載があり、そのほかの説明は一切なかった。
あと鞄の中には金属の入った袋、恐らくこちらのお金と思わしき金銀の硬貨があった。
だがいくらお金があろうと価値も使い方も分からず、ついでに言えば言語や文字が通じるのかもわからない。
文字通りの新しい人生を踏み出す喜びよりも、不安ばかりが募った。紙はその肝心なことには触れていない。
自分で確かめろというのか。
そもそも人のいる場所まで辿り着けるのだろうか。

空を見上げるとまだ太陽は高く、当分沈みそうにはないので、もう少し思案出来そうだ。
足元に視線をやると、忘れていたが革の袋があった。開けてみることにした。
中には替えの服が二着分、下着三着分と外套が入っていた。
着替えは有難かったが食料は一切入っておらず、自給自足を余儀なくされたようだ。
幸い川はあるので飲み水は何とかなりそうだが、水筒などの入れ物がないのでこれも作らねばならない。
だが刃物の類を持っていないので町へ行って手に入れなければならないが、地図がないので困り果てた。
仕方なく紙を見返していると、ふと案を思い付き革の袋を持って短刀を出し、念じながら鞘から引き抜いた。

目を開けると右奥に見えた川のすぐ近くにいた。
左後ろ奥を振り返ると、確かに私のいた草原があった。
すぐ近くの川へ歩こうとしたら、少しふらついた。
魔力というのはよく分からないが、使い過ぎると体調に影響するらしい。
エネルギーのようなものなのだろうか?

その後三回ほど川に沿って短刀を抜いて瞬間移動をした。
やっと町らしき明かりを見つけ嬉しさが込み上げたが、魔力を使いすぎたらしい私の体はその場に崩れた。

このまま眠ったら風邪を引くと思い、何とか革袋から外套出して体に巻き付けた。
荷物を引き摺りながら草むらまで這いずるとそのまま意識を手放した。


目が覚めると日は既に高く昇っていた。
ほぼ丸一日飲食していなかったせいか、渇きと空腹が酷かった。
どうにか立ち上がり、外套を羽織ったまま目と鼻の先までになった町へ向かって歩き出した。


到着したのは、町というには小さく村というには大きい場所だった。
森に囲まれたそこは周囲からは容易に見えず、資源も豊富という利点を持っていた。
すぐに私は目についた食事処に行き、渇きと空腹を満たした。見たところ、言語は通じるらしい。だが看板や壁に掛かったチラシやメニューは英語の様で読み辛かった。
支払いは金銭の価値が分からなかったので、一番高価そうな金の硬貨を出した。
すると銀の硬貨が数枚返ってきた。
価値は金→銀の順番のようだ。

だがやはり細かい価値が分からないと不便なので、露店を出している少年に声を掛け、果物とナイフを買い、プラス金貨一枚を出して金銭の価値や物品の相場を教えてもらった。
最初は警戒していた少年も、私が本当に何も知らないことを知ると、文字を少しと地理や大まかな歴史を教えてくれた。
私に文字を教えながら少年は言った。


「あんた本当に何にも知らないんだな」

「うん。気付いたらこの先の草原にいて、それ以外何も思い出せないの。だから行く当てもなくて…」


半分は本当で半分は嘘だ。
少年はふーん、と興味無さげに言うと俺の家なら空き部屋あるけど。とぽつりと呟いた。

「え?…良いの?君の両親は…」

「親はいない。父さんは徴兵されてその後行方知れず。母さんは流行病に倒れて去年死んだ」

「…そっか」

それ以上私には何も言えなかった。
この少年の苦しみや悲しみは、きっとこの少年にしか分からない。
だがこの子は誰かにそれを伝えることが出来る。
前の世界から追い出されるようにこの世界に来た私は、彼のように誰かに話すことも出来ない。
私がそれ以降話さなくなったのを、自分の両親のことを聞いたからと思ったのか、少年は少し慌てたように否定した。


「か、母さんが死んだのはもう過ぎたことだし、この町には知り合いが沢山いる。家もあるし仕事もある。アンタはどうするんだ?」

「私は…何処にも行く当てがないの。何をすれば良いのかも分からない。だから、君さえ良ければ一緒に居たい」

「俺は構わないよ。その代り、色々覚えてきっちり働いてもらうからね!」


少年の名前はテセルと言うらしい。
テセル君は森に入り果物や薬草を取って売っている。
私の買ったナイフは鍛冶屋の人から分け前をもらう代わりに売っているそうだ。
まだ日が高いのに店仕舞いを始めたので訳を聞くと、私を家に案内するからと笑った。


テセル君の家は町から少し離れた平地にあった。
周囲にも同じようにして建っている家が何軒かあったが、どこも明かりが点いていて楽しそうな話し声が聞こえてきていた。
そこを通るときテセル君が下を向いたのを見て、きっと誰も居ない家が寂しかったのだと思った。

家に着くと、夕食の準備を始めたテセル君に、私は何をすれば良いのか分からず家の中をフラフラと歩き回った。
玄関は無く、入ってすぐにダイニングとキッチンがあり奥には扉が一つ、そして階段があった。
外壁は全て石造りだが扉や窓枠、家具は木製で日本とは違う家の造りを珍しげに見てまわった。

その後は夕食を二人で食べながら雑談をした。テセル君は9歳らしい。13位を想像していたのでとても驚いた。
私の年齢は死んだときのままなら23だと思うが、試しに何歳に見えるか聞いたところ、16、7が良い所だと言われた。
よくよく思い返してみれば、町を歩いていた人たちも今目の前にいるテセル君も私から見れば外国人顔なので、幼く見えるのは仕方のないことかもしれない。
食事を終えると、二階の空き部屋に案内してもらった。
あてがわれた部屋は彼の母親の物のようだった。女物の衣服や小物がそのままになっている。棄てられなかったのだろう。
私をここへ案内すると、服は好きに着て良い、明日また文字や細かいことを教える。そう言って部屋を出て行った。

誰もいなくなった部屋を見渡し、家具の配置を見た。
入ってすぐ左にテーブルがあり、横にベッドがある。右にはクローゼットと棚があり、中には何着か服があった。
他は収納スペースの割に必要最低限の物しかなく、処分したか売ってしまったのだろう。

ベッドとクローゼットの間のスペースに革袋を降ろし、脇のテーブルにバッグを降ろした。
クローゼットから着替えを拝借し、寝間着に着替えたが、何だか落ち着かなくてバッグから紙を取り出して何回も読み返した。

紙によると、雫型のピアスをつけている間は魔力が溜まるようなので、耳に元々ついていたピアスを取って、両耳につけてみることにした。
雫のチャームがついていてたまに揺れるが、邪魔にはならない。
付けた感じはなんてことはなく、ただのピアスだった。
短刀の瞬間移動ではかなり魔力を使っていたと思う。少なくとも動けなくなるくらいには。
寿命がとても永いとは。もはや人間じゃないんだな、と哀しくなった。
でもせっかく人生をやり直すチャンスをもらい、そして帰る家を手に入れた。こんな幸運なことがあるだろうか。
最早人でなくなってしまったことは哀しいが、そんな私の手を取ってくれたテセル君を私は守りたい。


次の日から私は生きていく為に必要な知識や術をテセル君から学んだ。
この国の地理や歴史も人伝いに聞いたものらしいが、教えてもらった。
この町はリオネスと言う国に程近い場所にあると言う。
時折町に人でない種族と言われる者がやって来ることがあるようだ。
妖精族や巨人族や女神族など色々な種族があるらしい。町で色々な話を聞くうちに私は他の場所や種族に興味が湧いた。
寿命が普通の人より遥かに永くなってしまった為、いつまでも一ヶ所に留まっていては不自然だし、それによってテセル君に迷惑が掛かるのが嫌だった。



――町に留まって数ヶ月
少しずつ町の人と関わりを持つようになり、今では皆と気軽に話せるし生活に困らない程度の読み書きと知識を得た。


「ユウキちゃん!今日は野菜が安く入ったわよ!」

「そうなんですか?じゃあこれとこれください」

「はいよー!」

「なぁなぁユウキ、そこのバーに新しい酒が入ったんだってよ!一緒に飲みに行こうぜ!」

「あー、私「ユウキ!!買い物終わったの?」あ、テセル君!あの、ごめんなさい私お酒飲まないんです」


八百屋の叔母さんや町の若者まで気軽に話し掛けてくれるのは嬉しいが、男の人が話し掛けるとよくテセル君が割り込んでくる。
きっと姉(のようなもの)をとられるのが嫌なのだろう。
そう思ってさして深く考えなかった。

「気をつけなきゃダメだよユウキ!ただでさえ騙され易そうな顔してるんだからさ」

「え、そんな顔してる?どの辺が?」

「だから、そういうとこが!ちょっとはこっちの身にもなってよね」


どうやらテセル君は私のことを心配してくれているらしい。
つい数か月前からの付き合いではあるが、何となく彼の性格は掴めてきた。
テセル君は手先が器用だし商売も上手い。それに面倒見が良くて心配性だ。
典型的な親分気質と言ったところか。
きっとこんなことを言ったらテセル君に怒られてしまうだろう。
私の方が年上のはずだが、文字を教えてもらったり何やかんやとしている内に立場が逆転していた。
居候させてもらっている時点で序列はもう決まっているようなものだったが。



そんな日々は、ある日を境に一変した。
町が夜盗襲われたのだ。
逃げ惑う町の人々を剣で突き刺し若い女は拐って食糧を奪っていく夜盗。
私とテセル君は途中まで一緒に逃げていたが、追手の足が速く今にも追いつかれそうだった。
何とか小屋に逃げ込んだが、扉が破られるのも時間の問題だ。
そこでずっと使わずに仕舞ってあった短刀を取り出し、テセル君を逃がすよう祈って引き抜いた。
辺り一面が光に包まれる。


「っ、ユウキ!?」

「ごめんねテセル君。もうこれしか逃げる方法がないの。何処か安全な場所に飛ばすから、全速力で逃げてね」

「嫌だ!!ユウキ、俺っ」

「さよなら。私と一緒にいてくれてありがとう」


光が無くなると、テセル君の姿も消えていた。
必死にこの町から遠い所へ、遠い所へ!と願っていたが、どうやらそれにかなり魔力を使ったようだ。
もう立つ力も残っていない。
扉の軋む音がする。もうすぐ奴らが入って来る。
私はまだ死にたくない。
腰に下げていた袋から簪と、身に着けていたピアスを一つ外した。
それらを握りしめながら必死に円形の防壁を築いた。
丸い半透明のソレは私の周りを最低限覆い、守った。

扉が破られ、家に火がついても私はその場から動かなかった。
入ってきた夜盗達が私の周りにある防壁を見て、壊そうと攻撃してきたが、傷一つ付かない。
夜盗達は持久戦に持ち込もうと周りを取り囲んで私の体力がなくなるまで笑いながら待っていた。
ピアスから徐々に魔力が無くなっていくのを感じながら、一体いつまでこれが保てるか逆算した。
恐らく魔力の量を少なく見積もってピアス一つで四時間。
誰かが助けてくれるのを待つことしか私には出来なかった。

他の襲撃が終わったのか、続々と夜盗が集まってきた。
数は約三十。あちこちから火の手や煙が上がっていて、嵐のように響いていた悲鳴は無くなっていた。
とても、静かだ。それの意味するところは、一つ。皆、殺された。
優しいおじさんも、気の強いおばさんも、皆殺されたのだ。
テセル君は逃げられたのだろうか。
きっと明日には私も殺される。
それか慰み者にされるか売られるかだろう。
どちらにしろ末路は悲惨だ。


四時間が経ち、夜が明けてきた。
夜盗達は皆弱ってきた私の防壁を破ろうと総攻撃を仕掛けようとした。
しかしその時、遠くから地鳴りのような音が響いた。
まるで地震のように鳴り響くそれは、多くの馬の足音のようだ。
その正体にいち早く気が付いた夜盗達は我先にと逃げ始める。
訳の分からない私は、防壁を保つことも忘れ呆然とその光景を見ていた。


「やべぇ!!リオネス王国の旗だ!!逃げろー!!!」

「なんで騎士団がこんな所に…!!」


夜盗達は口々に叫んで町から逃げ出した。
それを追う馬に乗った鎧を纏う騎士達。
馬で軽々と追い着くと、剣で次々と夜盗達を始末していった。
座り込む私の背後を大きな影が覆った。
ゆっくりと振り向くと、一際豪華な装飾を施された馬が立っていた。
驚いて後退ると、馬に乗った騎士は頭部の鎧を外した。
彼は国王だと名乗った。
未来予知の能力を持ち、ある日私の事を視たという。
それで迎えに来たのだそうだ。
私は困惑しながら差し出された手を取ることしか出来なかった。



そうして城に召し抱えられて数年、下働きとして慎ましく働きながら時折思い出す。
テセル君は無事逃げ延びたのだろうか…。
逃げ延びた先で上手くやっているのか。
今の私には知りようがないことだが、それでも気にはなっていた。
きっともう会うこともないこの世界で唯一の私の家族は、今どうしているのだろうか。


私を連れ帰る時、国王様が言っていた。

『君は近い将来降りかかる災いから守る存在だ』

一体何を守るのか、どうして私なのか、どんな災いなのか、本当に知りたいことの答えは国王様にすら分からなかった。
だがその言葉は、きっと私がこの世界に来たことと関係が有るのかも知れない。
定めを果たすその時まで、解放されることはないのだろう。

そして彼に出逢った。








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