続き物

※トリップ








死後の世界―――所謂あの世には天国と地獄がある。

簡単に言えば善人もしくは罪の軽い者は天国へ。
軽くはない罪や重罪人は死後地獄へ落とされる。
天国への入国を許された者は生前を改め、新たな生を得ることが出来る。
地獄へ落とされた者は生前犯した罪を罰せられ、基本的に刑期を終えられれば天国へ行くことが出来るのだ。


私はその中の衆合地獄という場所で獄卒として働いている。
獄卒の殆どは鬼だが、稀に亡者が働くこともある。
私もその一人だ。
生前の未練から成仏出来ずにいた私を閻魔大王第一補佐官の鬼灯様が見付けてくださり、獄卒にしてくれた。

色欲に溺れた亡者を呵責するこの衆合地獄は、地獄の刑場とあの世の住人の花街の役割を果たす。
しかし女獄卒は男を誘う遊女とは違い、最近は亡者に直接拷問するなどのドSな行動をすることが多い。
時たま獄卒と遊女を両立している者もいるが。
かく言う私もそうである。
そして今日は獄卒として生前10人以上の女性と結婚詐欺や浮気をしていた男を愛刀で切り付けていた。
亡者はもう死者であるため、死んでもすぐに再生する。
よって獄卒は刑に則っていれば何をしても許される。
まさに亡者にとっては地獄なのだ。

他の男獄卒のように金棒で潰すのも良いが、私は特別に打ってもらったこの日本刀を使う。
もう何年何十年何百年と続けてきたこの作業は私の刀の腕をかなり上げてくれた。
亡者は必死に逃げ惑う。それを追いかけ殺し、再生したらまた殺す。
生前から癒えない傷を抱えた私は今日も自分と同じ人だったものを切り刻むのだ。


規定の仕事が終わり、他の者に交代して家へ帰る道すがら、お香姉さんに会った。
緑の髪を靡かせながら優しい口調で話すその人は私を含め、数多くの女獄卒の憧れだ。
彼女はこの衆合地獄の官職で、時折こうして町で会うと声を掛けてくれたり、お茶をご一緒したりする。
お香姉さんと世間話に花を咲かせながら歩いていると、酔っ払って足元の覚束無い神獣、白澤様が歩いてきた。
白衣を纏ってはいるが、如何せん医学に精通する者には到底見えない状態だ。
女好きで遊びが激しく、花街ではかなりの有名人で上客だ。
今日も朝まで遊んでいたようで、未だ酒の抜けきらない赤らんだ顔で話し掛けてきた。


「やぁ、お香ちゃんにユウキちゃ〜ん、奇遇だねぇ?どっかでお茶でもしない?」

「白澤様、お酒臭い」

「あら本当ね。ごめんなさい白澤様、今日はユウキとデートなの」

「そっかぁ、そりゃ残念〜」


余りの酒臭さに袖で鼻を抑えていると、お香姉さんが誘いをやんわりと断ってくれた。
白澤様は確かに眉目秀麗だし博識だけど、この女遊びと飲酒の激しさが全てを台無しにしていると思う。
それでも寄ってくる女性が跡を絶たないのは、どんな時でも紳士的な態度と人の良い笑みを絶やさないお陰だろう。
誘いを断られた彼はアッサリと引き下がり、新たな出会いを求めて別の女性に話し掛けに行った。


それからお香姉さんと暫く話をして、仕事着を着替えてからまた会う約束をした。
その帰りに刀の手入れ道具を購入した。
毎日亡者を切り付けているので刀身が常に血と脂まみれになっている。
このままにしておくと直ぐに錆びて鞘から抜けなくなってしまうので、日々手入れは怠らないのだが、その分道具を消費する。


獄卒用の宿舎に帰宅すると、知らぬ間に届いていたらしい小包が玄関ドアの前に置かれていた。
誰からかは書かれておらず、宛名に私の名だけが書かれていた。
それを持ち上げ、ドアを開けて家に入る。
血塗れの仕事着を手洗いしてシャワーを浴びる。
だがいくら洗ってももう血の臭いも色も落ちそうにはなかった。

浴室から出てすぐ着替える。
これからまたお香姉さんに会うので、少しはお洒落でもしようと思っていた。
刀の手入れをしてから着物を着て化粧をして、準備を済ませていると、すっかり忘れていたソレが目に入った。
玄関前に置かれていた小包だ。


両手のひらに収まるそれを持ち上げ、まじまじと見る。
見た目は段ボール箱。
ガムテープで封がしてある。
宛名は私、送り主は記載なし。
怪しい。怪し過ぎる。
爆発物とかではないよな?と少し縦に振ってみる。
何も音がしない。一層怖くなった。
しかし何故だろうか。
怖いもの見たさというか、好奇心のようなものが湧いて来る。
本来ならば安易に開けるべきではないとは思うのだが、手はもうガムテープに伸びていた。


ビリ、ビリリイィ――


一気にガムテープを剥がして箱を開けてみると、中には梱包された箱が入っていた。
漆塗りの高級そうな箱。
梱包を剥がして蓋を開けてみると、どうやらオルゴールが内蔵されているようだ。
聞いたことのないメロディが辺りに鳴り響く。
そのメロディは眠気を誘い、これから出かけなければいけないのに、と考える私の意識を深く落としていった。
倒れ込む私の左手には愛刀が握られ、右手はオルゴールに添えられていた。
オルゴールが徐々に薄く消えていき、ついには触れている右手から私自身を消すまでにそう時間は掛らなかった。


部屋から私と愛刀、そしてオルゴールが消え、残されたのは段ボール箱と梱包材だけだった。
一人の女獄卒が消えたことを、地獄の誰一人として気付く者は居なかった。








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