続き物
貴方の死
※七つの大罪が追放されてから10年後でゴウセルと再会前








七つの大罪が指名手配されて十年。
巷には様々な噂が飛び交うがどれも真実とは言い難かった。
あの強い方々がそう簡単に捕まるわけが、死ぬわけがないと思いながらも日々不安を感じていた。
結局あの事件の後ゴウセル様の行方も分からいまま…。
ただ無事でいることを祈るしか出来なかった。


しかしある日、オーダンという村にゴウセル様が纏っていたのと同じ鎧を纏った巨人、アーマージャイアントが現れたという報告が入った。
それを聞き、すぐにドーン・ロアーを差し向けた聖騎士長ヘンドリクセン様。
更に数日後、アーマージャイアントの討伐完了が報告された。
首が持ち帰られたらしいが、とてもじゃないが見られる心境ではなかった。
おちゃらけたヘルブラム卿が以前七つの大罪に仕えていた私を気遣ってかふざけてか、首を見るかと聞かれたが返事はノーだ。

その夜は国王様やマーガレット様に気遣われながら静かに泣いた。
国王様はこの十年間殆ど外へ出ておらず、世話は私と見張りの騎士だけ。
マーガレット様は自ら牢に入られその世話も任されている。
いつの間にか使用人は減っていき、月日は私を使用人の古株にするまでに経っていた。
ゴウセル様の死を受け入れられない私をマーガレット様は地下牢で優しく慰めて下さった。


「ユウキ、元気を出して。まだ鎧の中身があの方と決まった訳じゃないわ」

「でも、マーガ、レット様…ヘルブラム卿は…死んだって…う、く」

「あの方は信用出来ないわ。信じてはダメ。ベロニカだって、私は死んだだなんて思わない」

「ゴウセル様っ、ベロニカ様…うわぁあん!」


涙で年齢を誤魔化す化粧がグシャグシャになってしまっていたが、それすらも気にならない程に悲しかった。
思い返すのは機械染みた口調や行動で、読書中は音読するし一人芝居は始めるし周りの雰囲気は省みない、けれど私を気遣ってくださる優しかったゴウセル様。
そして普段はキツい事を言われるけれど、その実思いやりのある仲間思いなベロニカ様。
そのベロニカ様と一緒に亡くなったと言われるグリアモール様。
特にゴウセル様が亡くなったことを思うと、引き裂かれるような激痛に似た感覚が胸を襲った。
嫌な汗と目から溢れる涙が止まらない。
ここで、やっと気付いてしまった。
私はゴウセル様が好きだったのだ。
今まで必死に否定し押し隠してきたこの想いをここにきて自覚してしまった。
こんな…こんなことになるのなら、十年前に気付いていれば良かった。
鎧姿しか見たことは無いけれど、中がどうであろうとあの方は私の唯一だった。
七つの大罪で…いや城で一番私を気にかけてくださった。
今になって気付いても、もう時間は戻らない。


次の日が来ようと、お世話を辞める訳にはいかない。
私は痛む心を抱えながらマーガレット様のいる地下牢に食事と水を張った桶と荷物を運びに行った。
国王様とマーガレット様を今この城で世話をしているのは私しかいない。
なので私だけはお二人の部屋を顔パスで通ることが出来る。
地下の見張りは私を見ると道を空けてくれた。
それにお辞儀をしてマーガレット様の牢の鍵を開けてもらう。
失礼します、と一言声を掛けて暗く狭いそこに入る。

余りにも暗く肌寒い部屋に、マッチと蝋燭を持参しお付けした。
まずは服を脱いでもらい持ってきた濡れ布で体を拭き、髪を桶で濯ぐ。
ギルサンダー様経由で入手し、マーガレット様のお部屋に置いておいた香油をお持ちして、綺麗にした髪に塗布して体全体も清めていく。
汚れ物は回収して新しいお召し物に着替えていただき、ついでに風邪を引かないように膝掛けをお渡しした。
それが終わると、改めて食事をご用意する。

いくら顔パスでも此処へ来られるのは食事を運ぶ時だけ。
それ以外の用事も食事をお持ちした時に済ませなければならない。
さらにここは厨房からかなり遠い。
せっかく出来立てを運んでも、距離とやることを済ませている間に必ず冷めてしまう。
使用人として今の主であるマーガレット様の状況を改善出来ないことが何より辛かった。
さらに妹のベロニカ様も亡くされ、心に深い傷を負っているはずなのにも関わらず、ゴウセル様の死を悲しむ私を慰めてくださった。
とても心優しく強い方だ。


正直何故マーガレット様が牢に入られたかを詳しく私は知らない。
けれど聖騎士長様が変わってからと言うもの、国王様はその権利を奪われ、もはや名ばかりの王になってしまった。
今や政治も兵も全て二人の聖騎士長が握ってしまっている。
民衆の心を七つの大罪に向けさせて上手く統制しているのだ。
マーガレット様が牢に入られたのもきっと何か理由があるはず。
一番に思い浮かぶのはギルサンダー様。
前聖騎士長であった彼の父ザラトラス様を殺したという七つの大罪をギルサンダー様は酷く憎んでいた。
私は七つの大罪が犯人でないことを知っている。
それを知らないフリして今まで過ごして来た。
一介の使用人が何を言っても取り合ってもらえないのは分かりきっていたから。
しかしある日罪悪感に耐え切れず国王様に一度真実を話した。
その時にそれは時が来るまで話してはいけないと釘を刺された。


もやもやする気持ちを抑えながらギルサンダー様やマーガレット様、そして罪人を嫌うベロニカ様達を見守ってきた。
我が身可愛さに真実を言わない私を見てゴウセル様は幻滅するだろうか。
けれど、そんなことももう過去の事になってしまった。
いつか冤罪が証明され、もう一度会えたなら今度こそゴウセル様を呼び捨てで呼ぼうと思っていた。


あの時の約束はもう、果たせないのだ。


どこまでも無力な自分が悔しくて、拳を胸で握りしめて耐えるように泣いた。
目元が熱く視界が歪み切って何も見えない。
化粧は完全に剥がれてしまって洗濯予定の布に顔を埋めるしかなかった。
そうして門番に顔を見られないように地下牢から出て行った。

王女様方の中で一番協力してくれそうだったマーガレット様には私の事情をお話しして化粧品を貸してもらっている。
エリザベス様は化粧をされるお年ではなかったし、ベロニカ様は正義感がお強いので今まで何故言わなかったのか問い詰められそうだった。
国王様が口添えしてくださり、何とかマーガレット様には納得してもらったのだ。
最近は騎士たちの性格に問題の有る者が多く、使用人に乱暴したり無茶な指示を出してくることがあった。
その絡みを受けないように俯いて足早に廊下を歩いていると、不意に呼び止められた。


「おい、そこの使用人」

「は、はい。なんでしょう?」

「お前その荷物は何だ?」

「これは…マーガレット様にお持ちした荷物です」

「ふーん、どうして顔を上げねぇんだ?」

「それは、その…、あ!」

「ひっでぇ顔だなぁ〜、見ろよこの顔」

「ははは、確かに酷い顔だな」


聖騎士見習いらしき二人組の男が声を掛けて来た。
やはり俯いているのが気になったのだろう、顔を上げるように言われた。
それにどうしようかと考えていると、急に顎を持ち上げられた。
そして化粧が完全に崩れた顔を笑われたのだ。
恥ずかしい、とかそういう感情よりも今は悲しみが多くを占めていた。
この十年で騎士たちの態度は傲慢になるばかりだった。
特に急に地位の上がった者たちの振る舞いには困っていた。


「仕事中の使用人を呼び止めて何をしているのですか?」

「あ、せ、聖騎士様!!」

「すぐ持ち場に戻りなさい」

「はい!!失礼します!!!」

「…ありがとうございます」

「いいえ、以後お気をつけて」


笑い続ける彼らを前に困っていた私を見兼ねてか、聖騎士様が助けてくださった。
その方は長い黒髪と薄く開いた切れ長の目が特徴的な女性で名前はギーラ様だ。
とても礼儀正しくて使用人にも敬語を使って下さる。
聖騎士様では一番私と会話をされる方だ。
ギーラ様には弟がいるらしい。
その話をすると毎回頬を赤らめながら嬉しそうにしていた。
羨ましかった。大切な人が傍にいることが。
私の血の繋がった家族には会えないし、この世界の家族は今どうしているか分からない。
かつて仕えていた七つの大罪も同様だ。
ゴウセル様が亡くなった。
それだけで色が無くなった。
今の私には弟の話をされていたギーラ様が眩しく感じる。

ギーラ様はすぐに踵を返して去ってしまった。
それを呆然と見送るうちに気付いた。
きっと気を使って下さったんだ。
彼女は私が以前七つの大罪の使用人だったことを知っている。
それについて何かを言われることは無かったが、やはり記憶に残っていたのだろう。


これ以上周りに心配をかけるわけにはいかない。
マーガレット様と国王様を支えなければ。それが今の私に出来ることだ。
ゴウセル様…。哀しい、悲しい。負の感情が募る。
でも、いつまでもそうしているわけにはいかない。
頑張らなければ。
マーガレット様の荷物を持ち直して、重い足取りで再び廊下を進んだ。








.

[次へ#]

第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!