続き物
消えた同居人(完)
※帰還









とうとうゴウセルがいなくなる日がやってきた。
本人には分かるようで昨日、俺は明日帰るだろう、なんて言うものだから慌てて休みを取った。
いつもと変わらなかったのでてっきりもう少し先だと思っていて仕事に行くつもりだった。
溜め込んでいた有給を短期間に一気に消化しているので上司には嫌な顔をされたが、代わりに次橋君や友人が出ると言ってくれたらしい。
そんな彼らの協力もあって、今日はゴウセルを見送るために朝早くから起きていたのだが、当の本人はネイとじゃれている。
どうしてそうなる、空気を読め。と念を送っては見たが、意味はないようだった。

少しの間それを見ていたが、終わる兆しが見えないので朝ごはんを用意しに台所へ行った。
食事をテーブルに用意していると、ふとゴウセルのケータイが目に入った。
正しくはケータイに付いているストラップが、だが。
ケータイを手に取りピンクのイルカのそれを外す。
そしてポケットに突っ込んだ。


ネイと遊び終わったゴウセルが黙々とご飯を食べる。
いつものように無言で。
だが最後だしと今日は私から話しかけてみた。


「ねぇゴウセル。もう鎧は全部向こうに行っちゃってるんだよね?」

[あぁ。あとは俺自身が戻るだけだ。それがどうかしたか?]

「どうかしたって…約一年一緒にいた同居人に一言くらいないわけ?」

[そうだったな。ありがとう。感謝している]

「ゴウセルが来て一年かぁ。言ってみると長いけど体感時間では短く感じたなぁ」

[どういう意味だ?]

「あっという間だったってこと」


食事中の会話はこんな感じであんまりいつもと大差無かった。
それでも何となく落ち着かなくて、本を読むゴウセルの傍でそわそわしていた。
帰る本人よりも私の方がよっぽど未練があるようだ。
チラチラといつかのようにゴウセルを見ながらネイに構っていると、気が散るのかゴウセルが本を閉じてこちらを見た。


[どうした?落ち着かないな]

「そりゃあ、ゴウセルともう会えないのに本人はいつもと変わらないし…不安にもなるよ」

[そういうものなのか?俺には理解できない]

「ゴウセルは私ともう会えないのに何も思ったりしない?」

[そもそも何かを感じること自体が備わっていないからな。分からないとしか言えない]

「じゃあ、今のこの状況も何も感じない?」

[ユウキと会えなくなるのは始めから分かっていたことだ。納得している]

「ココは、何も感じない?」


感情が無い。分かっていたことだ。
これから元の世界へ帰るゴウセルを前にして、女々しくも別れの寂しさを感じて欲しいと思っている。
好きに、なってしまったのだ。そう思うほどに。
最後の賭けだった。
以前ゴウセルが私を好きかも知れないと言ってくれた時、気がすると言っていた。
まるで自分の感情を何となくではあるが感じているかのように。
もしかしたら、少しずつ感情に近いものが芽生え始めているのかも知れない。
現在では脳が感情を司ると知られているが、昔から感情を自覚することが出来るのは胸、つまり心臓だ。
人では無いらしいが構造は殆ど私と変わらないと思うので、私はゴウセルの胸を指して何も感じないかを問うた。


[胸になにかあるのか?]

「大きく息を吸って、ゆっくり吐いてみて。…ゴウセル、本当のことを言って?」

[すぅー、ふぅー]


一度、大きく深呼吸をしたゴウセルは口を開いた。


[…俺は、知りたかった。
時折ユウキに抱くこの感覚が何なのかを。
今までこんなことは一度もなかった。
このまま元の世界へ帰ったらこの感覚を失うかも知れない]

「それは忘れてしまうということ?」

[違う。だが人間にとってはそれが近いかも知れない。
俺はやっと得られたそれを失いたくない]

「その感覚って、前に言ってた知りたいってこと?」

[あぁ。だがそれだけじゃない]


傍に居ないと何故か胸がざわついたり、触れていると脈がゆっくりになったり速くなったりするらしい。
それは全て私に関連したことで起きていたとゴウセルは言った。
そしてこの事を言うつもりは無かったとも言った。
これを言ってしまえば確証の無い期待をさせてしまい、別れの際に生じる名残惜しさをより一層深めてしまうからと考えたようだ。
しかし私はそれでも良かった。
あの言葉は一時的なものではないのだと、確認することが出来たから。
更にゴウセルが私を好きになりかけているんじゃないかとも思うことが出来た。
確かに本当の事を知れた嬉しさの反面、もう会えないことへの悲しみやもっと早くに知りたかったと言う後悔も大きい。
それでも何も知らずにこのまま別れ、あの時勇気を出して聞けば良かったなどと考えるのは嫌だった。
それなら今別れの辛さを噛み締めた方がマシである。


「ありがとうゴウセル。私を好きになってくれて」

[俺は…ユウキの事が好きなのか?
本当に…愛を知れたのか?]


ゴウセルが目を微かに見開いた。
初めて見る僅かに驚いたようなその表情に、嬉しくて目が熱くなりじわりと視界が歪むのを感じた。
それが涙によるものだと気付くのに時間は掛らなかった。
自らを感情の無い作られた存在と言い、そしてその感情を欲した彼は今まるで人の様な反応を示した。


「っ、ゴウセル…今ね…貴方驚いた顔したんだよ?
大丈夫。私はゴウセルを愛しているし、貴方も私を愛してくれている」

[ユウキ?どうして泣いている?俺は今どんな顔をしていた?分からない、教えてくれ、どうやって俺が愛していると分かったんだっ]


ゴウセルがそう語尾を強めて言った瞬間、ゴウセルの周りを光が取り囲んだ。
そしてすぐにゴウセル自身も光に包まれた。
それがもう帰ってしまう合図であることは考えずとも分かる。
だから最後に、私はゴウセルに向かって言葉とポケットのソレを投げ付けた。


「嬉しい時も人は涙を流すんだよ。
ゴウセルが今までに感じてた感覚も行動も全て合わせてそう思ったの!
忘れないで。私はゴウセルの事を愛してる!!」

[ユウキ、ありがとう。
いつか必ずお前が好きだと理解する。…俺も愛してる]


私の投げたソレを受け取ったゴウセルが喋り終わった瞬間、ゴウセルも光も消えた。
静かになった部屋には、泣きじゃくる私と寄り添うネイだけがいた。




目を開けると、そこは意識を失う前の場所にいた。
どうやら鎧は装着済みのようだ。
…長い夢を見ていたようだった。
しかし記憶は未だ鮮明に残っており、ユウキの笑顔を思い出すと鼓動が僅かに速くなる。
そしてもう彼女には会えないのだと思い出すと、途端にやや締め付けられるような絞扼感を胸に覚えた。
この感覚は彼女を好きであることの証らしい。
苦しさを伴うがこの感覚を忘れたくない。
そう思っていると、身を隠そうと思っていた森の奥から二つの魔力が混じり合った謎の生き物がいた。
一つは何か分からないが邪悪な魔力。
一つは僅かではあるが人間のニオイと魔力。
俺はその生き物の魔力の暴走を防ぐために自身の鎧を着せた。
そして理性を一時的に取り戻した"彼"と森の奥へ行こうとした時、ポケットの膨らみに気付いた。
それを取り出すと、いつかユウキに買ってもらった"いるか"という生き物の"すとらっぷ"だった。
ピンクのソレを見た瞬間、顔から何かが落ちたが下を向いても水滴しか落ちていなかった。
どうやら雨が降るようだ。
今ここで雨が降っては雨宿りも出来ないので、"彼"を連れて洞窟を探しに森へ歩き出した。


いつか必ず、お前が好きであることを知るために愛を理解する。
その約束だけは果たそう。たとえ何を犠牲にしても。









fin.

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