続き物
助言する知識人
※決意








ポストのチラシを回収していた時だった。
ゴウセルが毎日必ずいくつも入れられているそれを見て言った。


[ずっと思っていたがユウキはここを売らないのか?]


いつもゴウセルはチラシを見てはいたが何も言わなかったので珍しいと思った。
だがそれ以上にあのゴウセルがずっと疑問に思っていて何も言わないでいた事に驚いた。
普段から疑問に思った事は周りの雰囲気を気にせず聞く言うがゴウセルだった。
それが何故今まで言わず、今それを言うのか。


「どうしてそんな事聞くの?」

[ずっと売りたいと思っていたのは知っていた。だが亡き祖父への想いがそれを妨げている。その想いが俺には理解出来ない]

「…このアパートはね、お祖父ちゃんがやっとの思いで建てたの。引き取られた時から話してくれてたから私は知ってるの。それを私が勝手に売って良いのか分からなくて…」

[もうユウキの祖父は死んでいるのだろう?何故死者に負い目を感じる?]

「多分私の思い込みなんだろうけど、最期を看取った時に売らないでって言われたような気がしたの」

[…そうか。では俺の部屋にあったあの手紙は何だ?]

「え?手紙?」

[この間ネイが入り込んで空けた押入れと天井の隙間から出てきた。俺には解読できないが、これはユウキの祖父のものではないのか?]


ゴウセルが取り出したのは、祖父がよく使っていた和紙の封筒だった。
いつ書かれた物かは分からないが、本来白いはずの封筒はかなり黄ばんでよれよれだった。
それを受け取り中に入っている同じく和紙を取り出すと、筆で書かれた縦書きの文章でこう書いてあった。

『ユウキへ
お前がこれを見る頃には私はもう死んでいるか動けなくなっているかもしれない。
だからまだこの手の動くうちにお前に言い残しがないようにここに書き留めておく。
お前を引き取ってから十数年。祖母さんに先立たれてから独りで暮らしていた私の所にお前が来た時は本当に嬉しかった。
家族を亡くして悲しんでいるユウキには面と向かって言えなかったが、本当に嬉しかったんだ。
ユウキはまだ若いから色んな所に行って色んな人と会うんだろう。
もしもこの家がその障害になるようなら売っても構わない。
優しいお前の事だからきっと気にしてしまうだろう。
だから最初に言っておく。ここを売っても立て替えても良い。好きにしなさい。
それが大して何も残してやれなかった私からの贈り物だ。
家族になってくれてありがとう。』


涙が、止まらなかった。
言いたいことは沢山ある。
どうして生きてるときに言ってくれなかったのか。
確かに父も母も死んでしまって哀しかった。
でもそれを救ってくれたのは他ならぬ祖父だった。
私だって祖父がいてくれて嬉しかったし、楽しかった。
後悔と感謝とそして言い表せぬ悲しみにボロボロと涙していると、ゴウセルが突然触ってきた。
恐らく喋れない私の心を読み取ろうとしているのだろう。
今は喋れそうにないので、そうしてくれて助かった。


ゴウセルは泣きじゃくる私を部屋に連れて行った。
場所が玄関だったのでゴウセルなりに考えたんだろう。
座布団に座り、尚も泣く私のそばに心配しているのかネイが擦り寄ってきた。
静寂した室内に私の嗚咽が響く。
するとゴウセルがいきなり抱き締めてきた。
急な行動に驚いていると、ゴウセルが話し始めた。


[泣いている時は抱き締めるのが良いと"どらま"で言っていた]

「…ありが、とう。ゴウセル」

[何故礼を言う?俺には何と声を掛ければよいのか分からない。だから悲しむユウキを抱き締めることしかできない]

「それで、十分だよ。私のこと、考えてくたんでしょう?」


それだけで、私は嬉しい。
そう続けるとゴウセルは絡めるだけだった腕の力を強めた。
ぎゅ、と効果音がするような抱擁の中で、ゴウセルは低く囁いた。


[俺には感情が無い。だから今この時悲しむべき時なのかもしれないが、どう悲しんだら良いのか分からない。
その手紙にはここを売っても良いと書いてあったんだろう?
俺はそれがお前を悲しませまいとする亡き祖父からの気遣いではないかと思えた]

「そう、だね。ゴウセルには感情が無いって言ってたね。
確かにそういうところもあると思う。でもゴウセルは今私を気遣ってくれているでしょう?
それに、知りたいって思うのは感情があるからだと思う。
ゴウセルは愛を知りたいんでしょう?」

[俺は…気遣っているのか?
どうしてそれを知っている?言った覚えはないが]

「そうだよ。じゃなかったら私にお祖父ちゃんの手紙をわざわざ渡すとは思えないもの。
感情は人の動力源なの。それが無いと何も出来ない。
分かるよ、だっていつも恋愛ドラマ見てるし、本だって恋愛ものが殆どだもん」

[…そうか。ユウキは良く知っているな]

「私もね、ゴウセルの事好きなの。いつか元の世界に帰っちゃうって分かってたから、認めたくなかった。
でもね、お祖父ちゃんの手紙を見て、これじゃいけないって分かったの。
会えなくなってから後悔したくない。だからちゃんと言おうと思って…」

[俺には分からない。お前を本当に好きなのか…
ただ知りたいと思った。だがそれだけかも知れない]

「それで良いよ。私に決心させてくれてありがとう。
決めたよ。このアパートは売る」

[俺もそれに賛成だ。その手紙はお前の自由を望んでいる。売るのもお前の意思なら自由だ]



後日私は不動産会社に問い合わせて土地の売却手続きを行った。
随分前からチラシを入れられていたからか、話はとんとん拍子に進んでいった。
新しい家の手配は終わっているので、後は建物の取り壊しや荷物の整理だけだ。
ゴウセルの荷物はもう纏めてしまっている。
もう彼の居た押入れには鎧は一パーツも残っていない。
つまり、あとはゴウセル自身が消えるだけなのだ。


手紙を読んですぐにゴウセルに問いただし、鎧の数がカウントダウンであることを知った私は、ゴウセルの為に何かしたいと思った。
大してやれることなどないが、食べ物を豪華にしたり色んなところに出かけたりして数日を過ごした。
そうしているうちにも鎧のパーツはどんどん減っていき、ついに頭部のパーツのみとなった。
ゴウセルと出掛け先で写真を撮ったり、色んなものを見た。
相変わらずの無表情だったが、楽しそうにしていたと思う。
私達が別れる日はもう、すぐそこに来ていた。









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あきゅろす。
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