続き物
動かない本オタク
※日常








築四十年のこのボロアパートにはゴウセルが拾ってきた猫がいる。
猫の種類はマンチカンと何かのミックス、所謂雑種だ。家主の私よりも拾い主のゴウセルに懐いているこの猫。名前はネイ。因みにオスだ。
ジ○リ作品の一つとなりのト○ロの女の子の名前とフ○ンダースの犬の少年から取った名前だ。
これらはレンタルビデオ屋でゴウセルが借りてきたものの一つだ。
日中ゴウセルは本を読むかテレビを見るかしかしていないようなので、ビデオを夜に一緒に借りに行くのだ。
するとアニメに興味が湧けば片っ端からアニメを借り始め、ドラマにハマればドラマを制覇していた。
そんなこんなで様々な知識を入れたゴウセルが名前を付けたらこうなったのだ。
まぁ呼びにくい名前じゃないから良しとする。


「ゴウセル、今日は掃除するからネイと一緒に隣の部屋行ってて」

[分かった]


今日は日曜。猫を飼い始めたのもあって部屋がすぐ汚れるようになった。
もともとボロいアパートなので壁に傷が付いたって分からないし、爪とぎを買った板でなく壁にされてもまぁ目立たたない。
しかし毛だけはやはり床に散らばったり布団に付いたりと大変なので、コロコロを置くことにした。
そして本日はお掃除デーだ。
こちらの部屋を掃除しているうちに隣はゴウセルに任せる。
私の仕事やプライベートの荷物があるのでこちらの部屋は時間が掛るし小物が多い。
なのでそんなに時間のかからないゴウセルの部屋に猫を連れて行って、そのまま私の方の掃除が終わるまでゴウセルが猫とじゃれ合う。
朝早く起きて午後はゆっくりしたいので、掃除は午前中に終わる様に急いで行う。


やっと掃除が終わった頃にはもう日は高く昇っていて、時計は右上を指していた。
現時刻はおよそ十三時。
もういい時間だ。ゴウセルを呼んでお昼にしよう。
掃除機を片付けてゴウセルの部屋に行くと、座布団を枕に一人と一匹が眠っていた。
すぅすぅ眠っているのを起こすのは忍びないので、昼の支度をしたら起こそうと決めた。
何となくパスタの気分だったので水が沸騰するのを待つ間ソースを作る。
丁度トマトの缶詰があったのでトマトソースを作りながらパスタを茹でる。
手が空くとついでにサラダも用意した。

完成したパスタとサラダをテーブルに置き、ゴウセルの様子を見に行く。
まだ眠っているようだがこれ以上寝かせておくとパスタが冷めてしまうので、近づいて揺り起こす。


「ゴウセル、お昼だよ。今日はパスタ」

[…ん、分かった。今起きる]


私が近づいた時点でネイは起きたが、肝心のゴウセルはまだ少し眠いようだ。
だがそれもややぼーっとしていれば眠気も覚めた様で、すぐテーブルに着き二人でパスタを食べた。
テレビは点けっぱなしなのでニュースやバラエティを無言で見る。

私もゴウセルも食事中にあまり喋るタイプでは無いので基本無言でいることが多い。
それでも苦痛に感じないのはゴウセルが何も考えていないからだと思う。
相手が不快に思って居るかも知れないと言う不安に駆られるとつい無駄に饒舌になり、結果滑ってしまうのだが彼だとその不安が無くて楽だ。
気を使うことを知らないので空気の読めない発言も目立つが、それ以上に本心を口にしてくれるので本当にそう思っているのだと伝わって来る。
これはお世辞社会の日本ではまず有り得ない。
阿吽の呼吸なんてものを海外に求めたって無理な話だ。
逆に日本には共通言語の無い状況下で意思疎通するなんていう環境は無い。
文化や環境の違いもそうだがゴウセル自身の歯に衣着せぬ言い方は私にとって気楽だった。
たまにハッキリ言われ過ぎて傷付くこともないわけではないが。


[昨日買った本は何処にある?]

「あー、確かこの辺に…はい、この袋が全部そうだよ」

[ありがとう]


今日は本を読む日らしい。
午前は掃除で使ってしまったので私もまったりしようと思う。
季節は九月の中旬、まだまだ気温は高く蒸し暑い。
毎年夏はエアコンを二十八度にして扇風機をつけてなんとかやり過ごしている。
今年もそうしているのだが、ネイは体毛のせいか暑そうに床に寝転がっていた。
対するゴウセルは涼しそうな顔で英字の本を読み漁っている。
何となくテレビをつけたは良いものの、他になにもすることが思い浮かばない私はゴウセルにちょっかいを出すことにした。


「ねぇ、ゴウセル?」

[…彼女は言った(ぶつぶつ)貴方には分からないだろうけど(ぶつぶつ)]

「聞こえてないみたい」

「にゃー」


ダメ元で話し掛けてはみたが、ゴウセルは見事に本の世界へ旅立っている。
そんな私に眠そうにしているネイが返事をくれた。
どうせ何をしてもゴウセルは気が付かないし、私も好きにすることにした。
壁に寄り掛かりながら本を読んでいるゴウセルの隣に座ってみる。勿論反応はない。
ネイと遊びながら時たまゴウセルを横目に見て、また遊ぶ。
暫くそうして遊び疲れたらしいネイを抱っこすると、足を伸ばして座るゴウセルの膝に頭を乗せて寝転んだ。
所謂膝枕である。見た目は細身で女顔でもやはり男のようで、太股は固く少し寝心地が悪い。
ネイを抱っこしたままだったが、大人しくしている。いい子だ。
そのまま目を閉じると、なんだか急に眠気が襲ってきた。
その眠気に身を任せると段々と意識が遠のいていく。
沈む意識の中、本を閉じる音が耳に入ったような気がした。


ちょうど本の話が佳境に入った頃、少しだけ意識が浮上した。
その時太股に違和感を覚えチラリと下を見ると、ユウキが頭を乗せていた。
瞼を閉じているのでユウキはゴウセルの視線には気付いていない。
そのうち呼吸が規則正しくなり、眠ったと判断したゴウセルはパタンと本を閉じた。
ネイはゴウセルが本を閉じた音でうとうとしていた瞳を開き、眠っているユウキの腕から抜け出してゴウセルのもとに来た。
そばに転がっていた猫じゃらしのような玩具で遊んでやると、ネイは喜んで飛び付いた。
暫し遊ぶとネイは自分の寝床で昼寝を始めたので、ゴウセルは持て余した時間をユウキの観察に使うことにした。

東洋人独特であるらしい黄色味がかった焼けていない肌に人工的に作られた茶色い髪。
ゴウセルには容姿や体型の嗜好は無いが、何となく黒い髪の方が雰囲気に合っていると言えなくもない。
つまりは似合っていると思いたいわけだが、それを理解していない故か難しい言葉へと変換されるのだった。
顔の造りは自分たちの世界に比べ平べったいが、実年齢より幼く見える。
ゴウセルは最初ユウキの年齢を見た目で十六、七と見ていたが、二十三と言われ驚いた記憶がある。
驚いたとはいっても勿論表情としては読み取れない。

観察を終え、またもや暇を持て余したゴウセルはユウキが何をしたら起きるのか気になった。
口と鼻を塞げば起きるのは確実だ。
もっと推測が難しいもの…。
そうゴウセルが考えて思い付いたのが触れることだった。
まずは頬に触れてみる。次に首筋、鎖骨、肩、腕、手、髪。
身動ぎはするもののそれでも起きないユウキにゴウセルは更に大胆な行動に出た。
顔の輪郭をなぞっていただけの指を唇に滑らせる。
唇をなぞる様に動かしてもやはり起きない。

これ以上はある程度なら触っても起きないと判断したゴウセルは膝上に乗っているユウキの頭を片腕でゆっくりと持ち上げた。
そして自身の背を丸めユウキの顔に手を添えて影を落としていき、その薄く開いた無防備な唇に触れるだけのキスをした。
ゴウセルの赤紫色の髪がユウキの頬に触れた。
ユウキは一瞬それに反応を示したものの、眠りは深いようで起きることはなかった。



目を覚ますとまだ私はゴウセルの膝の上で寝ていたようだ。
ゴウセルはずっと本を読んでいたようで、私が目覚めた今も本を読んでいる。
じっとその姿を寝たまま眺めていると、不意に目が合った。
いつも本を読み終わるまで反応しないのでそれに少し驚いた。


[起きたか。おはよう]

「おはよ。私どれくらい寝てた?」

[およそ四十五分程だ]

「あ、ごめんね。足痺れちゃった?」

[平気だ。これくらいでは何ともならない]


四十五分も膝枕をさせたので痺れてしまったかと思い慌てて起き上がった。
だがゴウセルはけろっとした顔で平気だと言った。
とは言えもう起き上ってしまったので何となくゴウセルの隣に足を伸ばして座っていたら、私の太股の上にゴウセルが寝転んできた。
眠いのかと思ったが、どうやら違うようだ。


「眠いの?」

[いや、どんな気分なのかと思ったのでやっている]

「うーん、ゴウセルの太股は固いからあんまり寝心地は良くなかったかな」

[その割にぐっすり寝ていたが?]

「え、見てたの?」

[途中で気が付いた。ユウキの太股は柔らかい]

「…ゴウセル親父臭い」

[臭い?どこがだ?]

「匂いじゃなくて言葉が」


言い回しが通じない事はよくある。
日本語の表現する為に使用する言語の多さは世界でもダントツに多い。
その為ゴウセルが理解出来ない言葉があるのは仕方の無いことだった。
ただその度に質問責めに遭うので少し面倒だ。


ゴウセルとはいつもこんな感じで過ごしている。
そこで分かっている事はゴウセルは完全にインドアで室内でもあまり動かないこと。
初めて会ったときから一度も運動らしい運動をした所を見たことがない。
だが騎士として戦っていたそうなので、相応に動けるのだろう。



夜ユウキは明日からの仕事の為早めに眠りについた。
ゴウセルはそれを見て本来自分の部屋としてあてがわれた隣の部屋へ向かった。
六畳間の襖を開けると、そこにはゴウセルが身に付けていた鎧のパーツが置いてあった。
しかし数が明らかに足りない。
胴体と頭部、上腕のパーツしか居らずその他のパーツは無くなっていた。
それを暫し眺めてゴウセルは襖を閉めた。

ゴウセルは悟っていた。
別れの日は近い。








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