続き物
出掛ける二人
※遠出








[この"すいぞくかん"と言うのはどんな所だ?]


ゴウセルのこの一言で、私のお盆休みの行き先は決まった。
四月末のあの告白の後気まずい思いをするかと思いきや、ゴウセルは何も言わなかった。
私からそれについて何かを言うのは気が引けたのでそれ以来その話題には触れていない。
そうして四ヶ月を過ごした。
変わった事と言えば、私が次橋君の告白を断ったこととゴウセルがよく触れてくるようになったことだ。

ゴウセルが猫を拾って来た日、次橋君とゴウセルは間接的に面識を持った。
それから一週間後に次橋君から告白されたのだ。
この時既に私の中にはゴウセルへの想いがあったのだと思う。
次橋君には申し訳なく思いながらも告白を断った。
家族愛と思っていたゴウセルへの想いは、四ヶ月経った今は恋愛感情になってしまっている。
自覚はしているのだが、この期に及んで私はまだ認めるのを恐れている。
この弱さのせいで未だにゴウセルとの距離が一歩詰められずにいた。
あと、一歩なのだ。これが踏み出せれば、きっともっとゴウセルの近くに居られる。
この一歩が、今の私にはとても遠い。


ゴウセルは私の心を読まなかった。
それは居候させるときに交わした約束が一番の理由なのかも知れない。
けれど私が本心を知られたくないのを察してくれたんじゃないかとも思えた。
そう思うことで大切にされているんだと、私を優先してくれていると思いたかったのだ。
…自己中心的なのもいいところだ。
ゴウセルの想いを聞いておいてまだ試そうとしている。
もう心は決まっているのに勇気が出ない。
私の葛藤を知ってか知らずか、ゴウセルは猫のようにじゃれついて来たり手を繋いだりして来る。
それを受け入れている時点で既に私の完敗は決まっていた。



[人が多いな]

「そうだね。お盆休みだからね」

[墓参りや帰省の為の休みではないのか?]

「今は休みの過ごし方が多様だからこういう娯楽施設の方が人が集まるの」

[そうなのか。あの貼り紙は何だ?]

「あ、イルカのショーだって!見てみる?」

["いるか"?あの貼り紙の魚か?]

「そうそう!午後のチケットなら何とか買えそうだし、折角だから見てみようか!」

[ユウキがそうしたいなら俺は構わない。あれは何だ?]

「あれは大水槽だね、いろんな魚がごっちゃになって泳いでるの。じゃあ買って来るから戻って来るまでここに居てね」

[分かった]


夏休みでさらにお盆。
この時期の水族館は水槽に近づけない程人で溢れ返っている。
普段の私ならこんな時期にこんな所へ出掛けようだなんて思わない。
しかしゴウセルと出会って早十か月。
もういつ元の世界に帰ってしまうか分からない。
出来るだけゴウセルの記憶に残るように色んな所へ行きたい。
お盆休みと言ってもそこまで遠くに行けるわけではないので、比較的近場で普段行かない所ということで水族館は良いチョイスだと思う。


「ゴウセル、買えたよ」

[間近で魚が泳いでいるのを初めて見た。これは食べないのか?]

「水族館は魚を観るだけの施設だよ。ほら、あっちに珍しい魚がいるみたいだよ」

[俺にはどれも見慣れないものばかりだ]

「ゴウセルのいた所には全然違う生き物ばっかりみたいだね」

[あぁ。ここの動物は害も数も少ない]


ゴウセルのいた世界は広大で自然に溢れていたそうなので、島国でかつ開発の進んだ日本は狭く感じるだろう。
住居間の距離が何処まで行ってもくっつきそうな位近いことや緑が少なく、車や電車の機械音が絶えず鳴り続けるなんて見たことも経験したこともない筈だ。
いきなりの環境の変化にストレスを感じるどころか興味津々なゴウセルに私の方が驚かされた。
どうやらゴウセルにとってこの環境はストレスには入らないらしい。
果たして彼がストレスを感じること自体あるのだろうか。


考え事をしていると気づけば人波に流されたのか、ゴウセルの姿が見当たらなかった。
慌てて辺りを見回し探すがそれらしい人影は見えず、そうしている内に更に人波に流されてしまった。
唯一の連絡手段のケータイも、館内であることとケータイを使っている人の多さで電波は繋がりそうにない。
探すのは諦めて何とか壁まで辿り着くと、ダメ元で電話を掛けながらゴウセルが通り掛かるまで待つことにした。


十分ほどしてゴウセルのケータイに電話を掛けている私の肩を誰かが叩いた。
パッと振り向くと、無表情ながらもどこか怒ったような雰囲気を纏わせたゴウセルがいた。
顔には出ていないし勿論言葉にもしてないが、なんとなく怒っているような気がした。
そういえば入館する前に人が多いから逸れない様にねと自分で言っていた気がする。恥ずかしい。
もしかしたらそれで気分を害したのかもと思い、私は口を開いた。


「ゴウセルごめんね、私[探したぞ。怪我はないか?]え、うん。大丈夫だよ」

[そうか。ならいい]

「ゴウセル怒ってる?」

[怒る?何故だ?]

「ここに入る前、自分で逸れないでねって言ったのに逸れちゃったから…」

[怒ってなどいない。しかし人が多くて匂いを辿るのも大変だった]

「に、匂い?それで探したの?」

[ユウキのつけている香水の匂いを辿った。お蔭で比較的探しやすかった]

「そ、そう。ごめんね、探させちゃって」

[気にするな。だがまた逸れるかも知れない。手を繋ごう]

「うん!今度は逸れない様にするから」


また同じことをしてしまっては今度こそ申し訳無いので、やや緊張しながらもゴウセルと手を繋いだ。
…匂いってそんなに分かるものなのか。
先程のゴウセルの言葉が気になって肩や手首の匂いを嗅いでみるが、近くでないと分からない。
鼻が慣れてしまっているのか手首から少しでも離すと何も匂わなくなった。
その行動の意図を理解したらしいゴウセルから一言言われた。

[一般人の嗅覚では匂いは辿れない]

「そっか」

香水の匂いがキツいかを気にしたのだが、ゴウセルのややズレた発言にどうでもよくなってしまった。
沢山の水槽と海の生き物を観ながら順路に沿って歩いて行く。
その途中レストランを見付け、何とか席をとって昼休憩をすることにした。
丁度昼時ということもあって人でごった返している。
昼を摂ると、再び人混みに流されながら館内を観て回った。


時計を見ると、イルカのショーの時間まで三十分という所だった。
他に行くところも特に無いので、ショーの開演までお馴染みの階段状の観覧席で待つことにした。
人が既に結構座っていたので真ん中の後ろ辺りに座ることにした。
ゴウセルはイルカのショーがどういうものかよく分かっていないようで、何をするんだ?と首を傾げていた。


『はーい!お待たせしましたー!では△×水族館のイルカショーを始めたいと思いまーす!!』


明るくテンポの良い音楽が流れ、司会のお姉さんが前を陣取る子供達を中心に客に話始めた。
次にイルカの名前と種類を説明しながらイルカが登場しジャンプで挨拶する。
ジャンプの際に跳ねた水が客席に大きく掛かった。
真ん中なら掛からないだろうと思っていたが、予想を超える水とその飛距離に私もゴウセルも結構濡れてしまった。
ゴウセルに至っては眼鏡に水が掛かってしまったようで、眉間にシワを寄せながら服で拭いている。
裸眼だと0.1以下らしいので、眼鏡なしでショーを観ることは出来ない。
流石に席を変えた方が良いかと思い、ゴウセルに提案したが問題ないと断られた。


「でもまた濡れちゃうかもよ?」

[もうショーは始まっているしこの人混みでは移動は無理だ]

「確かにそうだね。じゃあこれ持ってて。少しは違うかも」

[ありがとう]


ゴウセルの正論に同意した私はせめて眼鏡に水が掛らないようにとハンカチを手渡した。
彼はハンカチを受け取ると頭に被せ、眼鏡の上に端が掛る様にした。
水は前もしくは上から降りかかるので、ハンカチを少し垂らしておけば水滴が付かないと考えたのだろう。
そうしてショーを見ていると、今度はセイウチが出てきて一芸をやって見せていた。
ゴウセル途中凄いな、と言葉を漏らしたが顔は全く変化していない。
それでも今までの記憶から本人が本当にそう思っているのは分かっているので私も凄いね、と答えた。


ショーが終わり、あの賑やかだった雰囲気の余韻が残る水族館を出た。
出口へ行くとお土産物を売っている売店があったので覗いてみることにした。
ゴウセルはさっき見たショーのイルカが気に入ったらしく、イルカの縫いぐるみやキーホルダーを見ていた。


「欲しいの?」

[…分からない]

「じゃあコレ買ってみようか」


欲しいのかが分からないらしいゴウセルに私は手の平よりも小さいイルカの人形のストラップを指差した。
大きいのは流石に置くところがないので、これ位なら問題ない。
ゴウセルのイメージでピンクのイルカを取ると、何故かゴウセルが青いイルカも取った。
青が良かったのかな、と思ったのでイルカを差し出してくるゴウセルに聞いた。


「青が良かった?」

[こういうものは揃いで買うと"てれび"で言っていた]

「テレビ?あ、そっか。じゃあこれも買おう。お揃いだね」

[あぁ]


どうやらテレビでまた謎の知識を仕入れていたらしい。
青いイルカは私用みたいだ。
結局ピンクと青のイルカの人形を買った。
人形をゴウセルのケータイに付けてやり、自分の物にも付ける。
内心高校生の恋人か!とツッコミを入れたくなったが気恥ずかしくなるので何も言わない。


帰宅すると、遅いぞとばかりにゴウセルに猫が飛びついて来た。
以前ゴウセルが拾った猫は私よりも拾い主のゴウセルに懐いている。
爪を立てて飛びついて来る猫を無表情で眺め、抱っこしたり逃げられたり撫でたりと猫が二匹じゃれ合っているような光景だった。
それを横目に夕飯の支度をしつつ洗濯物を畳んでゴウセルの部屋に持って行く。

八.五畳に置いてある百均の簡素な引き出しに服を詰めていると、隣の六畳間の襖が三分の一ほど空いていた。
それを閉めようと近づくと、中の押入れの襖が全開だった。
そこにはゴウセルの鎧が仕舞ってある筈だが、一番最初に見た時よりもパーツが少ない気がした。
だが私はあの最初の出会い以降ここを見ていないし、掃除はゴウセルがしていた。
ただの装備だと思っていたので今まで気にも留めていなかったのだ。
きっとこれは見間違いだ。
そもそも私には鎧の知識なんてないし詳しくない。
最初こそ大きく感じたから素人目に少なく見えただけだろう。
そう思うことで別れが近づいていることを認めない自分の心を必死に誤魔化した。


俯いている私の耳にゴウセルの声と猫の鳴き声が聞こえた。






.

[*前へ][次へ#]

あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!