続き物
変な眼鏡っ子
※興味








衝撃の出会いから半年経つが、まだゴウセルは我が家にいた。
出会って三週間程は一体いつ帰るのかと思っていたが、もう二人の生活に慣れてしまっているのでいざ帰ってしまうとなったら寂しくなるだろう。
初日に何故か一緒の布団で寝てしまってから頻繁に同じ布団で眠るようになった。
しかし決してやましいことはしていない。
私は最初こそ騒いだものの、手を出してくるでもなくただ布団に入って寝るだけのゴウセルに、人肌が恋しいのかなと段々気にもしなくなってしまった。
今では自分から布団を捲って寝る?と言ってしまっている。
最近ではそれに返事又は無言で頷くゴウセルを見て猫でも飼っているようだと思うようになった。

だがゴウセル曰く必ず帰る日は来るのだそうだ。
今の状態がどれくらい続くかは不明だが、それでも終わりは来る。
私も分かってはいるのだが祖父が亡くなってから数年、独りで暮らす寂しさを埋めるにも彼氏はいなかったしペットも飼っていなかった。
ゴウセルの性格や行動は半年経っても意味不明な点は多いし、本を読む時の独り言は煩い。
いきなり一人芝居を始めるし、未だに私が入浴や着替え中にも関わらずずかずかと部屋に入ってくる。
それでもその点も踏まえて私はゴウセルの事が好きだった。
果たしてそれが恋愛と言う意味かどうかは分からないが、少なくとも家族同然の存在だ。
同じようにとはいかなくても、ゴウセルが私に対して何かしらそういう思いを持っていることを期待したい。



朝起きたゴウセルは私の用意した朝食を食べながらテレビを見ている。
画面の文字は殆どが読めないか意味が分からないが、言語は理解出来るし何よりそこに映る人物達は本物そっくりで情報を提供しているから興味を引いたようだ。
まるで小人が住んでいるようだと、テレビの裏に回って中を見るために解体しようとしていた事もある。
その他にも冷蔵庫、洗濯機、掃除機、キッチンなどなど私の家にはゴウセルの居た場所には無いものばかりが溢れているようで、探究心にスイッチの入ったらしいゴウセルに質問攻めにされたのは彼がここに落ちてきて数日もしない頃だ。


私もゴウセルのいた場所について詳しく聞いたことがあった。
彼は文化や地理、文明の発達具合から見てまず間違いなく異空間または別世界に来たというのが有力だと言った。
最初はよく意味が分からなかったが、要は違う世界から来たということらしい。
ゴウセルの居た世界というのはここよりも文明の発達が遅れていて、色々と問い詰めた結果中世のヨーロッパのような場所だったようだ。
騎士や魔物、貴族や王様などまるで御伽話のような単語がズラズラと出てきたので、もしやと思い調べたのだ。
もしヨーロッパであればパスタを選んだのも頷ける。


[ユウキ、これはなんだ?]

「あぁ、新しいドラマがやるみたいね」


こうして頻繁にテレビのCMだったり料理だったりを質問してくるのだが、一つ困った事がある。
ゴウセルはドラマを観るとその登場人物の演技を真似するのだ。
真似する率が明らかに女優に偏っているのはゴウセルの趣味なのだろうか。


[次は"げかい"というのを主役にやるらしい]

「そうなの?最近医療ブームだからかなぁ」

["いりょう"?]

「お医者さんが病気や怪我を治療すること。今はその方法なんかも医療って言うのかな」

[そうなのか。…これは美味しいのか?]

「うーん、どうだろう。やってみる?」

[出来るのか?だがこれは"もと"という物が無いと出来ないらしいぞ]

「素はスーパーに行けば買えるよ。丁度今日のオカズも買わなきゃだし、ついでに買ってみようか」

[俺も行く]


医療ドラマのCMの後にやった新しいお手軽一品料理系のCMが気になったようだ。
こんな風に新商品のCMや料理番組で出る度にゴウセルのリクエストでその料理を作ってみたりする。
お陰でここ半年で料理の腕が結構上がったと自負している。
南米やアジア、ヨーロッパ等の比較的私にも馴染みのあるものからゴウセルの希望で見たことも聞いたこともない料理を作っていた。
一体何処にそんな事が載っているのか。
気にはなったが何となく聞けなかった。


スーパーにもうすぐ到着するという所であまり遭遇しないご近所さんに会った。
私の隣にはゴウセルが居たがもう彼の事は噂好きの主婦達に知れ渡ってしまっているので、今更気にすることではない。
軽く挨拶を交わしてまた歩き始めた。
最初に一体どういう関係か聞かれた時はどうしようかと思ったが、ゴウセルが一言一緒に住んでいると言ったら同棲していると勘違いされた。
更にご丁寧に周囲にまでそのことがあっという間に広まった。
ゴウセルの外人顔や世間知らずな所も相俟ってか、私が海外から連れてきたと思われているようだった。
しかし同棲していることは事実であるし詳しい説明をする手間も省けたので否定しないでおいた。
だがゴウセルはこれで良かったのか。
気にしなさそうな感じはするが、一応聞いてみることにした。


「ねぇ、ゴウセル」

[なんだ]

「ゴウセルは私と同棲してるって言われて嫌じゃないの?」

[何故今更それを聞く?それに俺は嫌だと思ったことは無い]

「ちょっと気になったの。…そっかぁ」

[ユウキこそどうなんだ?]

「え、私?そうねぇ、最初は驚いたけど私も嫌じゃないかな」

[そうか。お前は俺が好きか?]

「随分と唐突だね。好きだと思うよ」

[俺には好きと言う感情がどんなものなのか分からない。どうすれば理解できる?]

「好きの反対はね、無関心なの。ゴウセルってさ、興味ない事って疑問に思ってもとことん興味ないでしょ?
だからそんなゴウセルが興味を持ったり没頭できるものが、ゴウセルにとっての好きなんじゃないかな。って私は思うけど」

[俺が、興味を持つ?]

「そう、例えば本とか。きっといつか全てを知りたいって思うような人が見つかるよ」

[ユウキにはすべてを知りたいと思うような人がいるのか?]

「わ、私!?今のところ見つかってないかなぁ。探し中ってことで!」

[なら俺も探し中だ]

「じゃあお互いに見付かると良いね!」

[あぁ]


いつか、かぁ。随分と他人事のように言うものだ。
何の保証もないことをゴウセルに吹き込むのはまるで何も知らない子供に嘘を教えているような気分だ。
確かに途中までは本心だ。
しかしゴウセルには本当に感情が欠落していると感じる時がある。
ニュースで人が刺殺、誘拐、強盗などを放送していて、それを見ている時にゴウセルがこんな言葉を漏らした。

[何故この女は自分が刺されたわけでもないのに怒って泣いている?]

この言葉に私はゴウセルの感情がない、の意味をようやく理解した。
それを恐ろしく感じ、同時に哀しくもなった。
後にゴウセルが元の世界に戻って大切な何かが出来ても、それを守らなければという感情がない。
もしその大切なものを失っても哀しむ心がない。
大切なものを失う哀しさは何度経験しても気分の良いものではないが、それを知っているからこそもう失いたくないと人は必死になるのだ。
それすら理解することも経験することも出来ないであろうゴウセルが私は酷く悲しかった。



スーパーに着くとCMでやっていた素を探し始めるゴウセル。
それを横目に野菜や果物もカートに入れながら献立を考える私。
結局色んなリクエストをされ過ぎて、買うものまで増えてしまってそれをゴウセルが持って帰る。
二人で買い物に行くと毎回こんな感じだ。
この時間がより長く続くよう、そしてゴウセルの為にいつかが早く来るように願うばかりだ。



風呂は私が先で、ゴウセルが後だ。
布団は既に敷いてある私の布団と、買ってからほとんど使っていないゴウセルの布団がある。
棒アイスを食べながらテレビを見てゴウセルが出てくるのを待つ。
同居当初は風呂に入った誰かを待つなんて友人と旅行に行ったときか祖父が居た時以来なので、不思議な感覚があったものだ。
暫くそうしているとドアがガラッと開く音がした。
アイスがなくなるまであと半分。
ぺたぺたと濡れた足が床を歩く音がする。
きっとゴウセルだ。よく足が濡れたまま洗面所から出てくる。
そのたびに私が注意するのを奴は知っている。でもまた同じことをする。

現れたのはスウェットのズボンだけを穿いて上半身裸で首にタオルを掛けたゴウセルだった。
一回素っ裸で出てきたときは流石にはっ倒したが、それは繰り返さないようだ。
髪も足も濡れている。
こちらに来たゴウセルはしゃがんで口をあーんと開けているので、仕方なく持っていた食べかけの棒アイスを口に突っ込んでやった。
そして首に掛けているタオルを取って足と髪を拭いてやる。
もう外に出かけないので髪色は赤紫色に戻っている。
さらさらの髪を拭き終わると、ゴウセルが濡らした床を同じタオルで拭いてしまう。
そしていつもの小言を言う。


「ゴウセル、床が濡れるから足拭いてから出てって言ってるでしょ」

[すまない]

「もう騙されないわ。治す気ないでしょ」

[あぁ。よく分かったな]

「そりゃ毎日懲りずにやられたら気付くよ」


風呂上がりのいつものやり取りを終えると、ゴウセルは持ち主の私よりも早く私の布団に潜り込む。
髪が完全に乾くまではダメだと言っているのに…。
私の枕を取られてしまったので、枕なしで寝る。
実は私は枕なしで寝れちゃう人なのだ。
普段枕を使っているのはあれば寝心地が良いから、その程度だ。必要ではない。
そのことを勿論ゴウセルは知っている。
というか知っていなければただの嫌がらせだ。

ゴウセルは隣の人物が完全に寝たことを確認すると、枕なしですやすやと眠るユウキを自分の方に引き寄せて自らの二の腕に頭を乗せた。
所謂腕枕である。
ゴウセルに背を向けるように寝ているユウキを後ろから抱き込むように再度眠りについた。









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