続き物
aspirin4
※ほのぼの、やや残酷、シリアス、裏表現有









私がオーダンにやって来てから一年と半年。
もはや掃除婦としての腕はプロ並だろう。
アーマンドとは一応恋人ということになっているので、たまに一緒に出掛けることがある。
殆どは村長さんが休みをくれたりなど周りの気遣いからだ。
出掛け先は大体適当な町に行ったり景色を見たり、そんなところだ。
手を繋いだりだとか頭を撫でられたりだとか腕を組んだり等の恋人らしい事をされたりした記憶はない。
更に体の関係を持ってから一度もキスもしたことがない。
本当にただ体を繋ぐだけで心が繋がったことなんて一度としてない。
ゴウセルは人間ではないから元から心なんて無いのかもしれないが。
そう思って納得するしかなかった。


悲しいかな最初は好きでも無い、むしろ憎んでさえいた相手でも体を重ね続ければ愛せてしまえるようだ。
人を好きになるのは初めてではない。
前の仕事の時に唯一優しく抱いてくれる客がいた。
他の客からはあまり優しくされなかったからか、その客が段々と私にとって特別になっていった。
しかしその客は一月もせずに同じ娼館の別の女の所へ通っていた。
多分、その時私は失恋をしたんだろう。
悲しかったような記憶がある。
そんな時に慰めてくれたのが娼館の姉様だ。
名前は覚えていない。確か花の名前を名乗っていた気がする。
姉様はそのあと三ヶ月程後に梅毒が悪化して亡くなった。ずっと患っていたらしい。
客と姉様以外は娼館での記憶を殆ど覚えていない。
休日何をしていたのか、他の娘の顔とか話した事とか。何もかも。


色んな人の色んな過去を昔から視てきた。
壮絶な過去、幸せな過去、凄惨な過去、悲しい過去、辛い過去、時には未来。
様々なそれを視るうちに私自身の記憶が薄れていった。
嫌で嫌で仕方無くて飛び出した村人の顔も悪口も村の景色も、それが本当に私の記憶のそれなのかは分からない。
それが酷く悲しくて、啜り泣く日もあった。
きっとこれからもそんな日は来るのだろう。
いつか姉様との記憶を忘れてしまうその日が来たら、命を絶つつもりだ。
ゴウセルには勝手なことをするなと言われるだろうが、これが私なりのケジメなので引き下がる気はない。
どこかでそう線引きしないと増えていく他人の記憶と消えていく私の記憶に頭がおかしくなりそうだった。


「ユウキ、起きてる?」

「うん。おはようロアンナさん」

「おはよう。朝ご飯作るの手伝ってくれる?」

「勿論。何を作るの?」

「そうねぇ……」

朝はロアンナさんと二人で朝食作り。
それを一緒に食べて、私は村長さんの家に向かう。
道中何故か必ずアーマンドに遭遇する。私を監視する為らしい。
確かに仕事中にもペリオ坊っちゃんを連れてちょくちょくやって来る。
坊っちゃんにも私達が付き合っている事は知られている。
それをネタによくからかってくるのだが私の反応はドライで詰まらないらしく、その対象はもっぱらアーマンドだ。
本当に奴の役者振りには感心を超えて恐怖を覚える。


[今日は夜空けておけ]

「分かったわ」

朝の会話終了。
二人きりの時は昼でも夜でもこの口調。
何でかなんてわざわざ聞かないが、私的にもこちらの方が落ち着くので何も言わない。
逆にアーマンドの時のあの話し方は笑ってしまいそうになるので、やはりこちらの方が良いと思う。

その後は殆ど無言で屋敷に行き、アーマンドはペリオ坊っちゃんを起こしに、私は屋敷内の掃除に繰り出した。
他の使用人も数人いるが、分担で掃除洗濯買い出し食事の用意をやっているので細かい所まで手が回らないらしい。
私が屋敷の掃除全般をするようになってからは庭の木の手入れまで手が回るようになったと言っていた。
数時間して仕事が一段落したので昼休憩にして良いと先輩使用人に声を掛けられた。
今日は天気が良いので外で食べようと思い、ロアンナさんが用意したお弁当の入った籠を持って庭へ出た。
屋敷からはそう遠くはないので一度家に帰れるが、昼食を準備していると食べたらすぐ仕事になってしまい食休み出来ない。
なのでいつも昼は自前で用意している。


今日は何となく森の方まで足をのばした。
果たしてそれがいけなかったのかは、この時の私には知りようの無いことだ。

森に入って少し歩くと、子供特有の甲高い声が聞こえてきた。
こんな場所に入って遊んでるなんてペリオ坊っちゃん達位だろうと当たりをつけて、声のする所へ向かった。
その場所に近付くにつれ、その声がいつも聞いている明るい声では無いことに気が付いた。


「くそぉ!!トーマスを離せぇ!!」

「なんだぁ?このガキ、俺に指図してんじゃねぇよ!!」

「ぺリオ!うわあぁん!!いやだぁ〜おうちに帰りたいよぉ〜」

「黙れガキども!!おい、見付かっちまったからにはこいつ等殺すか?」

「いや、それよりも売った方が金になる。一先ずここから離れねぇとガキどもの声で誰か来ちまう」

「そうだな。おい!!殴られたくなきゃさっさと歩け!!」

「ひっく、誰かぁ〜おかあさぁん、おとうさぁん〜」

「モタモタすんな!!!」


そこにいたのは予想通りぺリオ坊ちゃんとそのお友達。
しかしいつもそばにいるはずのアーマンドの姿はなく、そしてメラとエリックの姿もない。
代わりにいるのは如何にもな格好をしたガラの悪そうな連中だった。
見た目は薄汚れていて分かり辛いが三十から四十と言ったところか。
人数は三人。一人はトーマスを捕まえていて、一人はぺリオ坊ちゃんを蹴り飛ばし、一人はカッツとタントに剣を向けている。
全員が剣を持っているが軽装なのを見ると、恐らく盗賊や夜盗の類だろう。
どちらにしろこの村を襲う気のようだ。

何とか助けられないかと思案するが方法が一つしか思い浮かばない。
武器も体術も持たない戦闘力皆無な私が出来ることは少ない。
それにモタモタしていたら子供たちは連れて行かれてしまう。
しかしそれをすればこの一年半を捨てるのと同義、そしてゴウセルとの(一方的な)約束を破ることになる。
それでも子供たちには未来がある。私なんかより明るい未来が。
とうとう思い付いたそれを実行すべく彼らを追って歩き出した。


「待って、貴方達盗賊?その子たちをどうするつもり?」

「あ、ユウキ!!来ちゃだめだよ!!」

「女か、しかも上玉だ。こっちに来いよ。可愛がってやる」

「良いわよ。でも子供は邪魔。置いて行って」

「へへっ、最近ご無沙汰だったからなぁ。良いぜ、ガキどもは置いてくぞ」

「そうだな!久しぶりの若い女だ!!」

「お姉ちゃん…俺…」

「ユウキ、なんで来たんだよ!」

「怖かったよぉ〜!!!」

「もう大丈夫よ。…アーマンドにさようならって言っておいてくれる?」

「おい女、行くぞ!!」

私が奴らに着いて行くとき、子供たちの足音が遠ざかるのを聞いた。
そのまま運良くアーマンドの所に行っていれば坊ちゃんをすぐ手当てするだろう。
きっと、彼は私を助けには来ない。
希少な能力を持っているからだとか何だかんだ言って、そんなに気に掛けるほど私は大事なものではない。
壊れたら仕方ないという程度の存在。
こんな宛てもない期待をするくらいなら、好きにならなければ良かった。
そうしたら何も考えずに人形になれたのに。


そのあとは思い出したくない。
暫く山道を歩かされ、一時間ほど歩いたところで最初に私がゴウセルに助けられた洞窟まで来た。
あの時以来近寄らなかったがこんな所にあったのか。
そう考えているうちに洞窟の中に入れられ、いきなり服を脱がされた。
有無を言わさないそれに少し腹が立ったが、ここで反抗しては元も子もないので大人しくされるがままだった。

久しぶりと言っていたのは本当のようで、三人全員が息を荒げて私に群がってきた。
後ろから右胸を揉みながら項を舐める者、左胸を舐めながら自身を擦る者、秘部に指を入れてくる者。
いつものゴウセルの触り方は私の性感帯をピンポイントで攻めてくるので正直彼らの触り方では物足りない。
だがおかげで冷静に周囲を見ることが出来た。
まずは男達の性的嗜好を視る。
それに沿わせて満足させるよう実行していく。

「ん、ぁ、そこもっとぉ」

「この女マジの淫乱だな!!おら!これはどうだ!!?」

こいつは言葉で攻めたいタイプ。

「ゃん、それすごぉい」

「っ分かってるじゃねぇか!」

こいつは自身を褒められたいタイプ。

「もっと優しくして…ひゃんっ」

「おい、こんなんでへばんなよ。まだまだこれからだぜ!!」

こいつは乱暴に扱うタイプ。
このタイプは性交中暴力が混じることも少なくない。

「あんま乱暴に扱うなよ〜?今回はせっかくの上玉なんだ。前回みたいに壊すなよ?」

「分かってるよ。でも抑えがきかなくてよぉ」

「確かに滅多にいないもんな!良い拾いもんしたぜ!!でもガキは惜しかったな」

「なぁに今夜にでもまた盗りに行けばいいさ」


聞き捨てならない言葉が耳に入った。
なんとか引き止めないとマズい。
これでは私が来た意味がなくなってしまう。

「ちょっと!どういうこと!?」

「あぁ?村を見過ごすとは言ってなかったからな。それに俺らは盗賊だ。盗んで何が悪い!!ぎゃはははは!」

「そうだぜ!?勿論アンタは末永く可愛がってやるから安心しな!!」

「そんなのゴメンよ!!離して!!」

「うるせぇ!!今更悪足掻きしてんじゃねぇよ!もうテメェは俺らのもんなんだ!!大人しくしてろ!!!」


そう男が言った瞬間、左顎周辺に激痛が走った。
どうやら殴られたようだ。
顎を殴られたせいで頭がグラグラして体を動かすことも喋ることも出来なかった。
大人しくなった私に気を良くした男たちは貪る様に私の体を弄んだ。
口の中に血の味が広がる。奴らの一人がキスをしてきた。
もう何も見たくなかったから目を閉じた。
顎の痛みが引く気配はなく、むしろ強くなっていくばかりだった。
骨が折れているのかもしれない。
どんどん酷くなる痛みに耐えきれなくなった私は奴らとの行為の最中に意識を手放した。




今日もぺリオのお守りの為後を着いて行くアーマンド。
しかし森へ行く途中でメラが足を滑らせて挫いてしまった。
幸いなことにエリックに怪我はない。
子供たちにここで待つように言ってメラとエリックを村医者の所へ連れて行った。
医者によれば骨に異常はないようなのでそのまま二人を家まで送ることになった。
母親は今日買い物に出かけているようで留守だった。
するとメラがエリックにご飯をあげないとと言いだしたので仕方なくそれを手伝う。

今日一日は安静にするよう言って、アーマンドは家を出て森へ向かった。
しかし森へ着く前に酷く慌てた様子の子供たちが走ってきた。
ぺリオ以外は泣き出しているのと、ぺリオの汚れた服と怪我を見てアーマンドは慌てて問うた。


「ぼ、坊ちゃん!!どうしたんですかその怪我は!!?」

「そんなことよりユウキが…」

「……坊っちゃん達は屋敷へお戻りください。私が行ってきますので大丈夫です」


唯一やせ我慢で落ち着いていたぺリオから事情を聴き、家へ帰るよう促した。
ぺリオが不安そうに振り返ったが、笑って手を振り有無を言わせず帰らせた。
子供たちが居なくなったのを見届けた瞬間、アーマンドは地にその足跡がクッキリとつく程の力で走り出した。
ユウキは魔力を持たないので魔力で行先を辿るのは無理だ。
時間を食ってしまうが虱潰しに山狩りをしていくほかない。

子供達が山を下りてアーマンドに会うまでに四十五分、アーマンドが居場所を突き止めるまでに二十分掛った。
場所は以前ユウキを寝かせていた洞窟だった。
どうやら盗賊はここを根城にしていたようだ。
洞窟に踏み込むと中から鼻を覆いたくなるような臭気と三人の薄汚れた男たち、そして肌色の何かが倒れていた。ユウキだ。
男達はアーマンドに気付くとすぐに剣を取り臨戦態勢に入った。

「なんだ兄ちゃん?俺たちぁ今お楽しみ中なんだ。邪魔するなら叩っ切るぞ?」

[それから離れろ]

「あぁ!?誰にモノ言ってんのか分かってんのかテメェ!!?」

[何度も言わない。それから離れろ。俺のだ]

「そりゃぁ残念だったなぁ!!もう俺等が食っちまったから残りカスで良いならやるよ!!」


アーマンドの雰囲気が変わったことに気が付かない三人は口々に好き放題言った。
その内の一人が気絶しているユウキの腕を掴みアーマンドの前に放り投げた。
投げられたユウキの体にはそこらじゅうに歯形やらキスマークやらが点在しており、殴られたのか左顎から頬の下が腫れ上がって紫色になっている。
下半身は男たちの出した精液やら体液でベタベタだった。
それを無表情で見下ろすアーマンドを男たちは放心していると勘違いして笑った。


「ひゃひゃひゃひゃ、放心しちまってるよコイツ!!」

「兄ちゃんこの女の恋人かぁ?もしかしてゴウセルってやつ?」

「気絶してるときたまに呟いてたから彼氏かと思ったけど、そーなのかぁ!!?なら悪いことしちまったなぁぎゃははは!!」

[死よりも辛い苦しみを知っているか?

知らないなら教えてやろう。特別だ]


アーマンドの姿から元に戻り一人に悪夢語り(ナイトメア・テラー)をかける。
体術においてまず聖騎士でもない人間など足元にも及ばないようなステータスを持つゴウセルにとって、気付かれずに触れることなど簡単だった。
男に自分の魔力を侵入させ一番思い出したくない記憶を掘り起こし見せ続ける。
これを魔力も精神力も特別な能力も持たない人間が防ぐ術はない。
完全に意識を閉じ込められた男が目を開けたまま倒れていく。
一見すると死んでいるようにも見えるが胸が上下しているのでまだ生きてはいる。
呆然とそれを見ていた一人がゴウセルの脇を通って逃げ出した。
そう遠くない所から聞こえた洞穴を通る風音の様な轟音を聞いたゴウセルはそれを追わなかった。
腰が抜けて動けない最後の一人を気絶させ、サーチライトで先程の一部始終を視る。

そして裸で倒れているユウキの服を見るが、ズタズタにされてしまっていた。
仕方無くそのまま抱き抱えて以前行ったあの川へ行き、丁寧にヨゴレを落とした。
時間を掛けて綺麗にし、自身の服を上一枚脱いで着せた。


ボオオォォォオオオォォォォ!!!!

ドゴォン!!!

洞窟へ向かう途中、普段村の者が山神と呼ぶ何かの叫び声のような轟音を聞いた。その音は近い。
轟音の直後ゴウセルは地面を抉るような音と振動を感知した。

その後ズルズルと何かを引き摺りながらソレは姿を現した。
見た目は鎧を纏った巨人だが、喋る言葉は人の言語ではなかった。
巨人が引き摺っていたソレは人であったが、もう原型を留めていない。
頭が割れて脳実質は飛び出しており、血液と脊髄液がまだダラダラと滴っている。
頚は折れて変な方向に曲がっていて四肢はだらりと垂れ下がっていた。
体全体が潰されているが服を見る限り先程逃げた男だ。
どうやら自分の代わりに手を下してくれたようだ、とズレた考えを導き出したゴウセルは鎧巨人にお礼を言った。

[ありがとう。だが後は俺がやる。ソレを置いて行ってくれないか?]

「ボォ?…」

言葉が通じているように鎧巨人はゴウセルに持っていたソレを投げて森の奥へ去って行った。
ゴウセルは投げられたソレを引き摺って洞窟へ入り、倒れている二人の傍に置いた。


洞窟へ入り、前の様に扱ってはまた熱を出すと思い、火を起こしてその傍にユウキを寝かせる。
そして無表情のまま倒れた男達を見下ろした。
能力を使った男の方の意識はもう戻っては来ないのでそのままにしておく。
気絶させた方をどうするか少し考えたが、結果能力を使うことにした。
死よりも辛い苦しみを与えるために。
一人はすぐに殺されてしまったからそれは叶わなかったので、その分を二人に背負ってもらおう。
そう考えたゴウセルは気絶している男にも遠慮なく悪夢語りを使った。


三人の盗賊の後始末を終え、改めてユウキを診る。
蒼白い顔には生気が無いが、呼吸はしている。
白い肌には男達に付けられた歯形と鬱血痕が生々しく残っている。
ゴウセルはユウキを抱く時キスはしないし鬱血痕も付けない。
なので何もない肌に付けられたソレは酷く目立った。
一頻り観察したゴウセルは肌に付けられたソレ全てに上から新たに鬱血痕を残した。
勿論もともと鬱血しているので大して変わりはしないが、それをすると何故か胸が軽くなった。
最後に色を無くした冷たい唇に触れるだけのキスをした。
抱く時にキスをしないゴウセルだが、行為の最中にユウキが気絶してしまった時はその唇にキスをしていた。
なのでキスをしたことが無いわけではない。
しかし気絶しているユウキがそれを知るはずが無い。


空が少し赤みを帯びてきた。
そろそろだろうとアーマンドの姿になり、ユウキの体が暖まったのを確認して全速力で山を下りた。

村に着くとすぐに村長の屋敷に行き、村医者に診てもらう。
すでにペリオが診察と治療を屋敷で受けていたため医者に診せるのは容易だった。
屋敷でユウキの顔を見た村長は顔を歪ませ、子供達には会わせないように部屋を貸した。
医者は一通り診察すると、顎の骨にヒビが入っている可能性があると言い、それ以外の外傷は大したことはないと診断した。
とにかく顎の腫れが酷いので、まずは冷やして腫れを引かさなければならない。
アーマンドは自ら申し出て看病をすると言った。
村長も医者も二人が恋人だと思っているので、心配しながらもそれを了承した。
二人きりになった部屋で、アーマンはユウキの腫れていない方の頬に手を当てもう一度口付けた。



そこは真っ暗だった。
何も見えない、何も聞こえない。
ここはどこだろう…と思っていたら、急に声が聞こえた。
娼館の主の声だ。

「今日から客をとってもらう。お前は気立てが良いから期待しているぞ」

「はい。頑張ります」

私が初めて客をとった時の記憶だ。
この客が暴力を振るってきた。
謝りながら何度も何度も私の体中を殴っては涙して、また謝りそして殴った。
私が痛みに泣けば泣くほど殴ってきた。
この時まだ処女だったが、暴力の痛みで喪失の痛みを感じるどころではなかった。
この日あまりに酷い怪我でこの客しかとれずに私は部屋に下がった。
体の痛みと喪失感で涙が止まらなかった。
幸い怪我の療養ということで数日の休みをもらえた。
この時に出会ったのが姉様だ。
姉様はもう十五年娼婦をやっていたベテランだった。
周りから何も教えてもらったことが無い私に常識や教養を授けてくれた優しい人だ。

怪我が完治してまた客をとれるとなった時、今度は行為の最中に罵って来る客がやってきた。
まだ村を出て間もなかった私はそれが村人たちの罵声に聞こえて気分が悪かった。
次の客は自身を褒めてもらいたい人だった。
ここでやっと私は自分のチカラの使い道を知った。
それからはただひたすら男に媚びるためにチカラを使い続けてきた。

ある日また暴力を振るう男がやってきて言った。
「お前を忘れられない。もう殴らないから抱かせてくれ」
幼い私は愚かにもその言葉を信じて抱かれた。
確かに暴力は振るわれなかった。
とても優しかった。恋をしたことのなかった単純な私はすぐにそれを恋だと思った。
しかしそれから一月もせずに男は別の姉娼婦の所に通いだした。
その時ばかりは姉様にこっ酷く叱られた。
「客とは恋仲にはなってはいけないし、好かれていないのに恋をしてはいけない。お前が辛い思いをするだけよ」
初めて見る泣きそうな顔でそう言った姉様の言葉が当時の私の胸に深く突き刺さった。
それから程なくして姉様は亡くなった。
長い間患っていた梅毒が悪化したらしい。

まるでいつかの回想のようにグルグルと巡る記憶。
だが今回のそれは誰かに見られているような感覚はなく、観客は私一人のようだ。
少し違和感があるのは、こんなにも鮮明に客の事を覚えていたことだ。最近は忘れていたのに。
どうして、急に思い出したんだっけ。

そう考えた瞬間、気絶する前に起きたそれを思い出した。
私は殴られて意識を失ったんだ。
あの時の生温いキスの感覚が離れない気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
ただ己の欲を満たすためだけの性交。
私に快楽なんて感じさせる必要はないと言わんばかりの身勝手な律動。
全てが気持ち悪い、不快、嫌、どんな言葉を並べても言い表せない不快感と嫌悪感に、やっとあの言葉の意味が分かった。
ゴウセルが言っていた意味不明なあの言葉はそういうことだったのか。
どす黒い何かに飲み込まれそうだった私の意識は、そう納得すると少しずつ奥へ吸い込まれるように沈んでいった。
その時に唇に生暖かい何かが触れたが、それに嫌悪は感じなかった。








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あきゅろす。
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