続き物
naloxone3
※ほのぼの、やや裏表現有








脇の窓から射し込む光に目が覚めると真っ先に木の天井が見えた。
何処かの家のベッドで寝ているようだ。
室内で目覚めたのは久しぶりだったので、とても気分が良くなった。
だが気を失う直前の出来事を思い出し、気分は一気に急降下した。
それにしてもここは一体何処なのだろう。
体を起こそうとしたが急な目眩と頭痛、そして腰から秘部に走った激痛によりまたベッドに逆戻りした。
丁度そこへタイミング良く部屋にある唯一の扉が開いた。
そこには初老の女性が器の複数乗った盆を持って立っていた。


「あら、目が覚めたのね。良かった」

「あの…ここは?私一体…」

「ここはオーダン。一昨日の夜アーマンドがね、貴女を抱えて飛び込んできたのよ」

「あー、まんど?」

「ボサボサ髪の眼鏡掛けたひょろっこい子だよ。覚えてる?」

「あ、はい…何とか」


覚えてるも何も、こんな状況になった原因なので忘れられる筈がない。
しかしアーマンドという名前に聞き覚えが無く、最初は誰の事を言っているのか分からなかった。
思えば気を失う前にオーダンという村や、アーマンドという偽名の事を言っていたような気もする。


「夜中にいきなり来たときはビックリしたわ。貴女凄い熱出してたから」

「すみません、ありがとうございます」

「良いのよ。それより体の具合はどう?」

「…まだ、少し頭が痛いです」

「この家には私しかいないから、ゆっくりして行きなさいね」

視た所嘘は吐いていないし、感情も穏やかだった。
私を心配してくれているのが分かって少し胸が暖かくなった。
この感じはあの時以来で、とても懐かしく思う。
感傷に浸っていると、女性が持っていた盆をベッド横のミニテーブルに置いて器の蓋を開けた。


「これ、ミルクリゾットに蜂蜜とレモンを入れた紅茶よ。少しでも良いから体に何か入れないと。細過ぎるわ」

「はい。あの…」

「私はロアンナ。貴女は?」

「ユウキです。すみません…ご迷惑おかけして…」

「気にしないで。アーマンドのお願いだし、それに独り身だから誰かとお話ししたかったの。だから気にせず居て良いからね」

そう笑ってロアンナさんは部屋を出て行った。
それを見送った私は今度は目眩を起こさないようにゆっくり起き上がり、その分痛む腰には何とか耐えた。
どうにか上体を起こして紅茶の入ったティーカップを取り、熱を冷ましながら少しずつ飲む。

「…美味しい」

ほう、と溜め息と共に言葉を呟く。
盆に一緒に乗っていたスプーンでミルクリゾットを掬い、これも冷ましながら食べる。美味しい。
何とか半分は食べられたが、これ以上は入りそうにない。
暖かい人と部屋に布団そして食事に頭がボーッとしてきた。
熱が振り返したのだろうか。
食べ終わった食器を元に戻して再度布団に潜ろうとした所でまた扉が開いた。
ロアンナさんかと思ったが、どうやら違うようだ。
ボサボサの髪に眼鏡、間違いない。
しかし今この村ではゴウセルとは呼べない。


[具合はどうだ?]

「お陰様で最悪よ。どっかの誰かさんが裸のまま川でヤらかしてくれたからね」

[その様子だと元気そうだな。この家に住むロアンナという老婆は家族を欲している。ここで暮らせ]

「どういうこと!!?なんでアンタにそんな事言われなきゃ…痛っ」

[腰が痛むのか?]

「アンタのせいでしょ!!ホント空気読めないわね!」

[空気?とにかくお前には選択の余地はない]


なんなんだコイツ。人にあんな事をしておいてノックもせずに入って来るし、その上腰が痛むのか?って…当然だろ!と思わず怒りを露わにした。
冷静に対処するつもりがあまりの理不尽さにそんなことも忘れて怒鳴ってしまった。
更に怒りに火を点けたのはそれだけではない。
ロアンナさんの心や感情を視た時、確かに寂しさや同情はあったがそれ以上の心配やここにいて欲しいと思ってくれていることが分かったのだ。
なのにまるでその寂しさや優しさに付け込むように、それが当然であるかのように奴は言ったので気分が悪かった。
私には何の権利もないのは既に言われているし実際他に行き場もないので分かっているが、完全に服従するつもりはない。


「…とにかく今は休みたいの。一人にして。話なら後で聞くわ」

[分かった。俺を呼ぶときはアーマンドと呼べ。良いな]

「分かったわよ」


早く出てけ。口には出さなかったが投げやりな言い方と態度で示した。
本当に様子を見に来ただけのようで、案外あっさりと出て行った。
やっと休めると思い布団に身を沈めると窓の外が随分明るかった。
日の高さから午前中くらいか。
少しずつ暖かくなる気温と怠い体のせいか睡魔に襲われ、それに抗うことなく私は眠りについた。


気が付くと明るかった空が真っ赤に染まっていた。
体は大分良くなり、立ち上がれそうだった。
試しに立ち上がってみたが、立ち眩みが少ししただけで後は大丈夫そうだった。
熱は測らないと分からないが、もうそんなに無いと思う。
丁度立ち上がったのでついでに部屋の中を見て回った。
今朝食器を置いていたベッド横の木のテーブルには蝋燭立てがあり、引き出しの中に予備の蝋燭が入っている。
家具はそれらと横長の棚が一つあるだけだ。
棚にはランタンやマッチ、予備のシーツなどが入れられているので、ここは普段物置として使われているようだ。
ひとしきり観察を終え、ベッド脇の窓から外の景色を見た。
もう日が暮れかけて暗いが風車が所々にあり大きい畑が沢山ある豊かな村のようだ。


「入るわね。調子はどう?あ、これ夕食よ」

「お陰様で大分良くなりました。今朝のミルクリゾット美味しかったです。ありがとうございます」

「私の中で風邪にはブランデーとミルクリゾットが一番効くのよ。
あ、そうそう。アーマンドから貴女の事を聞いたわ。家を失って森で生き倒れていたんでしょう?良かったらここに住まない?」

「え、でも…私…怪しいのに…」

「アーマンドだってペリオ坊っちゃんに拾われたのよ。それに独りより誰かいてくれた方が嬉しいわ」

「っ、お世話になります…」

「辛かったわね。ゆっくり休みなさい」


最初は奴の言う通りに居候することになったのは癪だった。
しかし久しぶりの優しい感情と言葉に涙が目に薄く膜を張り、そして溢れて頬を流れていった。
ポロポロと声も無く涙を流す私をロアンナさんはそっと抱き締めてくれた。
暫くそうして落ち着いた頃、ロアンナさんは持ってきた夕食を置いて部屋を出ていった。


気持ちが落ち着いて夕食を食べていると、不意に窓を叩く音がした。
何かと思い窓を見ると、あの飄々とした眼鏡が手をヒラヒラと振っていた。
開けるのをかなり躊躇ったがここで無視すると後で何をされるか分からないので、潔く開けることにした。


「何の用?」

[ここだとロアンナに聞こえる可能性がある。場所を変えるぞ]

「私今ご飯食べてたんだけど」

[後にしろ。今後の事を話す必要がある]

食事中にいきなりやって来て病み上がりの人間に外に出ろとは一体どういう了見だ。
しかし今行動しないと後々煩いので仕方無く靴を履こうとしたが、肝心の靴が見つからない。

「靴が無いわ。行くのは無理ね」

[なら無理にでも連れて行く]

「え、嫌!離して!」

[静かにしろ]

靴が無いからこれで行かなくて済む、と思ったのも束の間。
なんと奴は私を抱えて(所謂俵担ぎ)開いた窓から飛び出した。
ここで姫抱きなんて乙女チックな事はされない。完全に荷物扱いだ。

そのまま森へ走り、岩の上に私を置いた。
そこからは長くなるので省略する。
要約すると村長の息子ペリオに助けられアーマンドとして生活していること。
立場は使用人だがペリオ(坊っちゃん)の世話全般を任されていること。
村人に対してゴウセルとしての話し方はしていないこと。
むこう数年は隠し通すので他言無用であること。
大体こんな所である。
あと、私はもうゴウセルのものらしいので勝手なことをするのは駄目だそうだ。
これは意味が良く分からないが、つまり許可無く逃げようとしたり死のうとするのはアウトということのようだ。
まぁここまでは命の恩人だし、良くはないが許容しよう。
だが最後のには納得いかなかった。

[最後に定期的に性交をするから断るな。あと俺に嘘を吐くな]

「嫌。これに嘘は吐いてないわ」

[だからお前に「断る権利はない、でしょう」そうだ]

「ヤるのは構わないわ。でもそれは夜でなきゃ絶対嫌。あとその姿とするのも嫌」

[分かった。なら夜はもとの姿にしよう]


我ながら意味の分からない会話だが、これは私にとっては重要だ。
今まで夜型の生活を送ってきた。
それは仕事の性質上仕方のないことだったが、望んでやっていたわけではない。
年端もいかぬ女子が一人で身を守りながら暮らすにはそれしかなかったのだ。
だが今は違う。
もう村を出てすぐの何も知らない私ではない。


[これで話は終わりだ。質問はあるか?]

「一つだけ。なんで私を監視する必要があるの?殺して眼だけ奪うなりどこかに繋いで生かしておけば良いじゃない。わざわざ村に住まわせる必要性を感じないわ」

[自分のことなのに随分と客観的だな。俺はその能力を搭載していない。だからお前を俺のモノにする]

「…どういうこと?もう貴方のでしょ?自分でそう言っていたじゃない」

[それはあくまで表面上の話だ。どうせ内心ではそうは思っていないのだろう?それも含めてという意味だ]

「だから私とヤるなんて言い出したのね」

[人間は快楽に従順で欲にすぐ負ける。一見表面は強いが内面は脆く壊れ易い]

「随分と手厳しいのね。内面が脆いなんて…人間なら思い出したくないことの一つや二つあるでしょう?」

[俺は人間ではない。だからその感情は理解できない]

「そう。質問は以上よ。部屋に戻して頂戴」

[分かった。三日後からお前は村長の家の掃除婦として働くことになっている]

「早く言いなさいよ!そんなこと聞いてないわ!」

[今言ったからな]

「部屋に帰るって時に…ほんっとう空気の読めない奴!」

その後ロアンナさんに気付かれることなく部屋に戻り就寝した。


三日後アーマンドの言う通り村長の家に掃除婦として働きに出ることになった。
娼館で掃除や洗濯などの下働きもやっていたのでこれに関しては苦ではない。

そういえば村でのアーマンドとしてのキャラを知らず、いざぺリオ坊ちゃんといる時の奴を見た時は思わず掃除用のバケツを落としてしまった。
人はあんなに別人になれるのか…まるで役者だ。
あ、確か奴は人間じゃないと言っていたっけ。
この際人間かどうかは問題ではない。
普段(特に夜)あの遠慮のない機械的な抑揚のない棒読みで話し掛けられているというのに、あのオロオロは無いだろう。
同一人物には到底見えない。むしろ笑えるレベルだ。
そう思って昼はわざと皆の前で絡んで憂さ晴らしすることもあった。
その分夜は仕返しとばかりに気絶する位激しくされる。
一体どこにそんな体力があるのか謎である。
流石に毎日は付き合いきれないので、三日から五日に一回のぺースになっている。それでも私の負担は大きい。


昼に私が仕返しついでに絡んでいるからか、それとも向こうが仕事の合間に会いに来るからか。
恐らく両方が原因だろうが、村人の中で私とアーマンドはデキているらしい。
恋人ではないにしろ体は重ねているので否定はしなかった。
どうやらアーマンドも否定しなかったようで(照れていた。気持ち悪い)気付けば公認になっていた。


一年もすれば少しずつここの生活にも慣れ、ロアンナさんだけでなく他の村人や村長さん、村の子供たちとも名前を言い合える仲になった。
アーマンドとは相変わらず、昼も夜も付き合いがある。
ゴウセルの存在を除けば、とても優しく理想的で美しい生活だった。
しかし数日に一度、夜やって来る奴の影がそれは一時の夢なのだと告げているように私には感じられた。
この生活があとどれくらい続くのか、その先には何があるのか、ゴウセルには分かっているのだろうか。
こういう時に限って、私の眼は未来を映してはくれない。








naloxone(ナロキソン):麻薬拮抗薬。特に麻薬性鎮痛薬の副作用に対して使用される。
.

[*前へ][次へ#]

あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!