続き物
暗雲
※やや原作に絡む表現有。





ゴウセル様と敬語、敬称無しで話すことになって数日。

敬語無しはディアンヌで結構慣れてきたが、どうしてもゴウセル様を呼び捨てに出来ないのが最近の悩みである。
しかもゴウセル様のことを考えるとあの時の謎の胸キュンを思い出す。
しかしゴウセル様はそれがお気に召さないらしく様付けで呼ぶ度に様は余計だ、と言われてしまう。

きっと様は外せないだろう…と思いつつ井戸の傍にある洗い場で洗濯をしていると、同室の使用人であるメリザ(災難→僥倖参照)がやって来た。
いつもならこの塔には同室と言えど他の使用人は近寄らないのに珍しい。
彼女がわざわざやって来るという事はよほどの用があるに違いない。
やりかけの洗濯を一区切りまで終わらせ、洗ったものとそうでないものを分けた籠に持っていく。
やはりディアンヌの服は先に洗濯した方が後が楽だな!と終わってはいないが少しの達成感を感じていた。
いつの間にか近くに来ていたメリザが神妙な面持ちで話し掛けてきた。


「ねぇユウキ、ちょっと時間良いかしら?」

「うん。良いけど…どうしたの?」

「あのね、私使用人を辞めようと思うの」

「え、そんな、急に?どうして?」

「実はその事でユウキに言っておいた方が良いかもと思って…でも人のいない所が良いわ」

「分かった。すぐ片付けるね。何処に行けば良いの?」

「それが終わったら部屋に来て。すぐによ?」

「…うん」

普段とは違い真剣な雰囲気を纏う彼女の言葉に少し気後れしてしまった。
そんなに大事な話なら早く行くべきだろう。
そう思っていつもより手早く済ませていく。
だが一体何の話をする気なのか、メリザのあの言い方は凄く気になる。

洗濯を終わらせ直ぐに干す。
これから干す作業に入るのだがこれが一番時間が掛かる。
干す方法は中庭にあるディアンヌが突き刺してくれた二本の棒の間に服を通した別の棒を乗せたり、ロープに通して吊るしたりと色々だ。
それも済ませ、空になった籠を持って小走りで部屋へ向かった。


物置に籠を戻して使用人部屋に行くと、既にメリザがいた。
他の二人の同室の使用人はいない。
私が入ったのを確認すると、メリザは直ぐにやって来てドアを閉めた。
そして私を自分のベッド(入って左の二段目)に誘導すると、話を始めた。


「急に呼び出してごめんなさい。どうしても話したい事があったの…さっき使用人を辞めると言ったでしょう?」

「大丈夫。うん、それで?」

「辞めるのは前から決めていた事なんだけど、実はその話をするために使用人長を捜していたら、偶然聞いてしまったの」

「…なにを?」

「近々七つの大罪を罠に嵌める、みたいな内容だったわ」

「え!?それどういうこと!?」

「シーっ!怖くてそんなに長居しなかったから私も詳しくは分からない。でも七つの大罪に何かするつもりなら、ユウキが危ないんじゃないかと思って…」

「そっか…ありがとうメリザ、話してくれて」

「でもね、それだけじゃないの。
その話をしてたのがね、ドレファス様とヘンドリクセン様だったのよ」

「え?お二人が七つの大罪を…何故?」

「分からないわ。けど聖騎士が必ずしも信用出来る訳じゃないみたい。もしも危ないと思ったら逃げるのよ?」

「うん。分かった」

「なにか嫌な予感がするし、お話ししていたのがあの地位のあるお二人でしょ?余計心配で…」

「確かに冗談とは思えないね。メリザはなんで使用人を辞めるの?」

「私の実家が商家なのは知っているでしょう?年頃だから婿をとって家を継げって手紙が来たの」

「え…結婚相手はもう決まってるの?」

「帰れって事はそうでしょうね。私のことは大丈夫よ。それよりも私はユウキとゴウセル様が上手くいくか心配だわ」


さっきまでのシリアスな話から一転、何故か私とゴウセル様の話に変わってしまった。
そんなことを言われても私にはどうしようもない。
だがメリザが言うには、使用人達が私とゴウセル様は色恋の関係だと思っているらしい。
それを聞いて恥ずかしいやら驚きやらで何も言えずに呆然としてしまった。

メリザはクスクスと笑いながらバレバレよ、と言った。
少なくとも私の働く塔の周辺で働く使用人は全員知っているという。
使用人は噂好きな者が多いので、基本的にはすぐに噂は使用人の間に広がる。
更にメリザ曰く噂が立ったのは結構前なので、今じゃ城の殆どの使用人が知っているんじゃない?と冗談めかして言ってくるが、全く冗談に聞こえない。


「わ、私とゴウセル様は皆が思っているような関係じゃないってば」

「クスクス、今はそうかもしれないけど、これから分からないわよ?」

「何でそう思うの?」

「七つの大罪に仕えてからユウキは変わったと思うわ。前より楽しそうに仕事をするようになったし、綺麗になった」

「綺麗?」

「えぇ。最初は何故かしらって思ったけど、すぐに理由が分かったわ。だってゴウセル様と居る時のユウキは可愛かったから」


メリザはそう言うと私が何か言う間もなく仕事の邪魔してごめんなさいね、彼等には気をつけて。と言って部屋を出て行った。
彼等と言うのはドレファス様とヘンドリクセン様の事だろう。
まだ聞きたいことはあったが、私ももう仕事に戻らなければ。
食事は手早く済ませて掃除に向かうことにした。


掃除は毎日場所を変えてローテーションして行っている。
内容はカーペットの手入れだったり部屋の掃除だったり。
今回は久しぶりに書庫の掃除をしようと思う。
蔵書の手入れはよく他の騎士や使用人がしているが、部屋の掃除は手を抜きがちだ。
なので積りに積もった埃を落としていこうと思う。
そう意気込んで入った書庫の窓際の机には、今私にとって一番合うと気まずい人が座っていた。ゴウセル様だ。
誰もいないと思って音を立てて扉を開けたので、それに気付かれたゴウセル様と見事に視線(鎧で見えない)がかち合ってしまった。


[珍しいな。掃除か?]

「うん。埃っぽくなるけどごめんね」

[構わない。…呼び捨ては慣れないか?]

「そう、だね。今まで様付けで呼んでたし。急には無理かも」

[ならそれはしなくていい。敬語が無くなっただけで十分だ]

「ゴウセル様…?」

[いつか呼んでくれればいい]


そのいつかが私が考えていたよりもずっと遠退いてしまうことをこの時の私は知る由もなかった。
メリザの言葉が真実かどうか分かる頃にはもう、手遅れだった。
もし仮に未来を知っていたとしても、防ぐ手立てなどない。
そんなこともまだ知らない私は、ゴウセル様に分かりました、と微笑んで言った。
幸福で、眩しくて、満たされていた日常に暗雲が差したのはそれからそう遠くない未来だった。









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