Dream
俯瞰風景X
日もすっかり落ちてきた頃だ。私は暇を持て余して,街をただ何をするのでもなく散歩をしていた。不意に革ジャンのポケットに手を入れる。持っていろと幹也と和に半ば押し付けられた携帯を何となく取り出してみた,待ち受けをみれば,新着メールの通知。
送信者は,和だ。
そのメールによればあいつは,今伽藍の堂にいるとのこと。一緒に帰ろうという内容だったが,まぁそんなの建て前で私に迎えに来いということだろう。
「まったくあいつは…」
私はそう愚痴をこぼしながらも足は確実に事務所に向かっていた。
******
「なんだ。式じゃないか」
私が事務所に着いてみれば和の姿はなく,そこにいたのは橙子と眠っている幹也だけだった。
「和はいないのか?」
私は事務所を見回しながら橙子に尋ねた。
「和か?いや,私が用事から帰ってきた時にはもういなかったが…」
きていたのか?と反対に橙子に尋ねられた。
どういうことだ?ーーー。 そう思って私は再度携帯のメールを確認した。
しかし,特に読み間違った点はない。電話もかけてみたが案の定でなかった。
「あの子…,黒桐が眠ってから毎日の様にここを訪ねてきていたからね。私達がはっきりとした原因を言わなかったが,和は無意識に何かを感じとっていたのだろう」
まぁ,実際あの子がこの事件に関わっているかは別だがな。そう付け足して橙子は何処からか煙草を取り出し,火を付けた。橙子がそれを吸い,息を吐き出せば,忽ち頭上は灰色の煙霧が立ちこめた。
「何かを感じとったってあいつは………,ーーーーっ!!」
私はそこでずっと頭の片隅で眠っていたある記憶が走馬灯の様に蘇った。
そう,数日前。自宅で和からある夢を此処最近見続けるという相談。
ーーーーー巫条ビルで浮遊する女に出逢うという…。
これで点と点が繋がった。
「あの馬鹿ッ!!」
私はそう一言残し,事務所の扉を勢いよく開け,外へと飛び出した。後ろで橙子が何かを言っていたが,今は無視。
今は只,自分のこの感が当たっていないことを切に願うばかりだった。
おまえまで連れて行かれるなよ―――――。
*******
巫条ビルに来てみたのはいいが……,どうすればいいのだろう。
まぁ,とりあえず夢で来た時のように屋上に行こう。
そうすればきっと…彼女はいるはず。
私はエレベーターに向かった。
ガコンっ。
私を乗せたエレベーターは鈍い音を響かせ,最上階で止まった。
エレベーターを出れば,夢でみた通り…そこは漆黒の闇に包まれた夜空が視界いっぱいに広がっていた。
――――そう。
このあと確か私は後ろを振り返りそして,……… !!
いた―――。
夢でいたそこに…,彼女……,巫条霧絵はいたのだ。私が立っている屋上から数メートル離れた空中に……浮いていた。
しかし此処からではよく彼女の表情は読み取れなかった。
「やっと…。やっと会えた」
どの位時間が経ったのだろう。不意に,彼女が口を開いた。
「きり…え。巫条霧絵…」
呟くように彼女の名前を言うと,彼女…霧絵は,
「和!。わたしのこと思い出し「ごめんなさい」
「…え…?」
私は霧絵の言葉を遮るように頭を下げ謝った。
霧絵は私が何故謝ったのか,不思議な顔していた。
「私…。正直言って,あなたのこと覚えてないんだ…,というか何処かで…会ってる,のかな?」
「―――っ?!。でも,でもさっき名前ッッ!」
「名前だけは…,名前だけはあの病院の夢を見たあとに,何故か自然と頭に浮かんできたんだ」
あらためて,頭を上げ彼女を見あげれば,ありえない。ありえない。ありえない。そう譫言の様に何度も繰り返していた。
「それじゃあ,何?あなた…わたしと別れてすぐに忘れたと言うこと?そんなッッ,ありえないわ!!なら…あの時の約束も…」
霧絵は突然そう叫び,そしてネジが切れたかのようにピタリと静止し,力なく俯いてしまった。
「…きり,ッッ――!!」
霧絵,と呼びかけようとしたその矢先。苦しい…呼吸がうまく…。気が付けば霧絵の顔がすぐ目の前に迫っていて,首を絞められていた。
「うっ…ぐ…っっ」
容赦のない絞めつけ。
それを物語るかのように,首からはギシギシと悲痛な音がしている。
「本当に,覚えて…ないの?」
私の首を締めつけながら霧絵は再度尋ねた。
「う゛…っん。ほん…どっ…だよ…」
出せる限りの声を発した。
頬に温かいものが一筋,つたう。やばい…目が,霞む。
一瞬,首を絞めていた霧絵の手が緩んだきがした…――――その時。
「そいつから離れろっ!!」
屋上に聞き慣れたアルトボイスが響く。
その瞬間首から手を離し,霧絵は再び空中に浮かび上がった。
「ごほごほっごほっ!」
圧迫感から解放され,私は勢い良く空気を吸い込んでしまった。
咳き込みながらも,ゆっくりと先ほどの声の主を視界に映せば…其処にいたのは。
「し…き…」
ドサッ。
そこで私の意識は途絶えた。
************
昏睡状態の式を幹也と一緒にお見舞いに行った時だった。その日,不注意で部屋を間違ってしまった。そこで私は初めて霧絵と出逢った。木漏れ日が差す温かい病室で。
【わたし,巫条霧絵。あなたは?】
【私は佑月和。よろしく!】
あぁ,なんて温かい…。
忘れていた彼女との記憶だろう,私の頭の中にどんどん流れ込んでくる。
【私がお見舞いに来てた子,今日で退院なんだ】
【それはよかったわ。おめでとう】
彼女は柔らかく微笑む。
【ねぇ,また来ても…いい?】
【もちろんよ,嬉しいわ!】
【ありがと。それじゃ,指切り!】
【…え?】
【私が霧絵に会いに来ることを忘れないように】
小指と小指が絡まる…。
私達は約束をした。
【あ!ごめん。私そろそろ行くね。それじゃまた!】
【えぇ。また】
―――これが私達の最後に交わしたコトバ。
それが…私が最後にみた霧絵の笑顔。
【残念だが…巫条霧絵との記憶は消させもらう…】
【え?。――――ッッ!】
突然だった,頭に激痛が走った。
そこで私の記憶は途切れた。
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