薄桜鬼小説
謀りしは他か我か(ALL)08.10.26
ザッザッザッ、と千鶴の掃く竹箒の音が小気味よく京の晴れ空に響く。
新選組にお世話になるようになってから、戦場での自分は力不足の為特に彼等に対して役立てることはなく、そのもどかしさに歯噛みする思いであったが、問題の起こらぬ今日のような日は、掃き掃除ではあるが、自分も一員としてここで何かが出来ると実感出来る事を嬉しく思う。
「千鶴ーっ!!」
本日の晴れ空のような平助の声に呼ばれ、千鶴は声のした方へと視線を送る。
声をあげた平助を先頭に、その後に左之助と新八の仲良しコンビが続く。
この三人が揃っているということは、島原にでも遊びに出かけていたのだろうか?と、ひらひらと手を振る彼等に返しながら千鶴は思う。
「これ、土産っ」
一足先に駆けつけた平助が、小さな包みを千鶴の目の前に差し出した。
早く開けて見てくれ、と平助がキラキラとした目で訴えるので、千鶴は手にした竹箒を脇にかかえ、その白い包みを受け取ると、薄紅色の細紐で結わわれた蝶結びを静かに解く。
「わあっ」
千鶴は目の前に広がった色とりどりの粒に思わず感嘆の溜息を漏らす。
白、黄、薄紅、薄青……土産だと差し出されたそれは、七色に染まる金平糖で、千鶴はその綺麗な粒に自然と頬に笑みが浮かぶ。
「なんだよ平助、手柄総取りかよ」
「そうだぞ平助っ!!それは俺らで買ったもんだろうがよっ」
少し遅れて辿り着いた左之助はそう言って辟易とした顔で空を仰ぎ、新八は口惜しそうに平助に詰め寄った。
「えーっ?いいじゃん別にっ。だって早く千鶴に見せてやりたかったんだよっ」
悪気なく平助がそう言うと、左之助と新八は平助と千鶴の間で視線を往復させると、どちらからでもなく顔を見合わせる。はあ、と左之助が小さく息を吐き視線を伏せると、
「ま、仕方ねえか」
と、新八も頭を掻いて宙を仰いだ。
「皆さん、ありがとうございますっ」
千鶴は手にした金平糖を嬉しそうに見やると、目の前に揃った三人にペコリと頭を下げる。行く先が島原だから仕方がないとは思っても、やはり一緒に出かけることの叶わない自分は彼らの関係を羨ましく思っていたのだ。だから、出先で自分の事を気にかけ土産を買ってきてくれたその心根をとても嬉しく思うのだ。
「おうっ」
「それぐらい気にすんなよ」
「そうだそうだ」
三者三様口々にそう言うと、なんだか皆が満足気で千鶴もなんだか嬉しくなる。
「あ、私お茶淹れてきますっ」
せっかく貰った土産なのだ。皆で食べたいと思い、千鶴は三人に境内で待機してもらうようにお願いして茶の用意を急ぐ。
自分達の数の湯飲みをお盆に並べると、千鶴は静かに茶を注ぐ。よく蒸らされた茶葉からは芳しい香が立ち上り、器に入れ替えた金平糖と共に千鶴の心を弾ませる。
「お待たせしました」
背後から千鶴がそう声を掛けると、境内に座り談笑していた三人が各々振り返り笑顔を向ける。
「どうぞ」
「すまねえな」
千鶴は一人づつお茶を手渡すと、自分も端に座り、器の中の金平糖に手を伸ばす。
「金平糖って、ほんと美味しいですよね」
白い粒を一つ口の中に放り込み、千鶴は幸せそうに目を細める。
「ほんと、美味いよなっ」
平助も、うんうんと頷きながら同意すると、金平糖をひょいと一つ摘み空へ向かって放り投げると、ぱくり、とそれを器用に口で受け止める。
「ほんと、どうして女と子供は甘いもんが好きかねえ」
新八がもう一粒宙へと金平糖を放り投げた平助を見ながら、わからねえなあ、と自分も金平糖を口に入れながら小首を傾げる。
「だーれーが子供だって言うんだよ、新八っつあん!!」
二個目の金平糖を口に入れると、平助は心外だと言わんばかりに左之助越しに新八に食って掛かりそうな勢いだったが、
「だから、そうやってすぐにムキになるのが子供くせえって言うんだよ」
と、左之助の左手で制された。
「なんだか楽しそうだね」
くすくすと笑いながら三人を見守っていた千鶴の後ろから、穏やかな声でそう声をかけられ、その場にいた全員がその声の主の方へと頭をあげる。
「沖田さん!それに斉藤さんもっ」
口を付けようとした湯呑みを下へ置くと、千鶴は二人へも柔らかい笑みを向ける。
「平助君達が金平糖を買ってきてくださったんです。今皆さんの分もお茶淹れますね」
千鶴がそう言って腰をあげようとするのを、総司は右手で制して小さく首を振った。
「僕はいいよ。一君は知らないけど」
やんわりと断って総司は一に話を振ると、振られた本人の一も、
「俺もいい」
と短く告げた。
「そうですか……では、金平糖だけでも」
断られてはしまったものの、それは拒絶の意を含んではおらず、自分を気遣っての遠慮であろうと思った千鶴は、金平糖の入った器を掲げてにこりと微笑む。
「そうだね。じゃあ……けほっ、こほっ」
敵わないなあ、とでも言いた気に目を細めた総司の言葉は、最後まで言い終わらぬ内に咳によって濁された。
「沖田さん!!」
そういえば沖田は風邪気味だったのだと思い出した千鶴は、慌てて駆け寄ろうと腰を浮かせたが、その動きはまたも総司の右手によって制された。
「大丈夫だから」
少し苦しげに告げられた総司の言葉に千鶴は立ち尽くすと、つい心配になり表情が曇る。
と、その時。
重苦しい空気を打破しようとしたのか、はたまた気落ちした千鶴を気遣っての行動か、事の真偽はわからなかったが、千鶴の背後で、
「けほっ、ごほっ、千鶴っ!!俺も苦しいっ!!」
と、平助の芝居じみた声があがり、その場にいた全員が、信じられない物を見るような目で一瞬目を目を瞠ったが、平助の真意を汲み取ったといわんばかりに左之助と新八がニヤリと目配せすると、二人ともいっせいに咳き込んだ。
「千鶴、俺もなんだか熱があるみたいだ」
と大袈裟に額を押さえて項垂れるのは左之助。
「うおおおー、千鶴ちゃん、俺も苦しい〜」
平助よりも更に大袈裟な芝居で胸を押さえてうずくまる新八を見ていたら、なんだかその姿がとてもおかしくて、
「もうっ、からかうのはやめてくださいっ!!」
と千鶴は頬を膨らませたが、皆の三文芝居が面白く、その頬には笑みが浮かぶ。
笑顔になった千鶴を視界の端で確認した三人は気づかれないように視線で合図を送りあうと、ほっとしたように笑い出した。
その直後。
「けほっ、けほっけほっ、ごほっ」
その様子を先ほどの場所から動かずに見守っていた総司が、先だっての咳より更に苦しそうな咳を数回繰り返し、苦しそうに胸を押さえ込み、苦痛に顔を歪めながら、その苦痛に耐えるように上体を折る。
「沖田さんっ!!」
千鶴はまだ口を付けていない自分の湯呑みを手に取ると、慌てて総司に駆け寄った。やはり先ほど大丈夫と言った時も我慢していたのだろう、と考えを巡らせると、自分の不甲斐無さに情けなくなる。
場を和まそうと芝居を打っていた三人の顔も、総司のただならぬ状態に目を瞠ると、ふざけるのはやめて真剣な視線を総司へと向ける。
ただ、総司の傍らに立つ斉藤だけは、湯飲みを手に駆けつけた千鶴を見ると、小さく息を吐いて視線を伏せたのが少し気にはかかったが、それよりも、と千鶴は頭を垂れる総司を覗き込む。
「沖田さんっ、大丈夫ですかっ?!」
総司は答える代わりに、どうにか咳をしないようにとしているのか、苦しそうな視線を一つ千鶴に投げてよこすと、
「ごめん、肩借りてもいいかな?」
と、弱々しげな声で千鶴に尋ねた。
「はいっ。あの、これよかったら……」
肩を貸すくらいお安い御用だ、と千鶴が頷き湯飲みを差し出すと、それを横目に見ていた一が、やれやれ、とでも言いた気な視線を寄越し小さく首を左右に振ると、様子を見守る三人の方へと静かに歩き出す。
「…………くっ」
「沖田さんっ?!」
千鶴の右肩に置かれた総司の大きな手にぐっと力が込められたので、千鶴は容態が急変したのかと慌てて視線を上げる。間近で見つめる総司の瞳が、苦しげではなく、面白そうに歪んだのを見て、千鶴は一瞬見間違いかときょとんとしたが、当の総司の方が、耐え切れないとでも言わんばかりにその肩を小刻みに震わせた。
「……っは、あはははははっ。きみはほんとに騙されやすいね」
「えっ?!沖田、さんっ?!」
目の前で大きな体を震わせながら笑い出した総司を、一体何が起きたのだろう、と状況の掴めぬまま千鶴はぽかんとその場に立ち尽くした。
「あ、総司てめーっ、何千鶴に慣れ慣れしく触ってんだよっ!!」
「千鶴ちゃんを騙すったあどういうことだっ!!」
「総司、やり口が汚ねえんだよてめえは」
卑怯だ、と食ってかからんばかりの平助と新八の声と、呆れた様な左之助の声に千鶴は目の前の総司と彼等を振り向き何度か頭を前後させると、どうやら今の総司の苦しげな病状は芝居であって、自分が騙されていたことにようやく気づく。
「やだなあ。自分達だってさっき芝居してたくせに。でも、これくらい上手くやらなきゃ駄目ですよ」
少しも悪びれず総司はそう言って笑うと、まるで挑発するかのように、千鶴の肩に置いた手に力をこめ千鶴をぐっと抱き寄せた。
「えっ?!」
千鶴は一瞬何事が起きたのか分からなく、頬に感じる総司の胸の感触と熱に千鶴は一瞬思考を止めたが、
「総司てめーっ!!」
と遠くで上がる怒号に意識を取り戻すと、ぐっと両の手に力を込めて総司の体を押しやり、ぐいっと自分の体を離すと、
「お、沖田さんの冗談は悪趣味ですっ!!」
と、千鶴は顔を真っ赤にして涙目で睨みつけた。当の総司はというと、きょとんとした表情で千鶴を見つめ直す。
「千鶴っ、よく言ったっ!!」
「ざまあねえな、総司っ」
「確かにちょいとやりすぎだ」
ぽかんと立ち尽くす総司を置き去りにして千鶴が平助達の方へと歩みを進めると、待ち構えていた三人が口々に揶揄する声をあげる。
(確かに沖田さんはやりすぎだけど、でも)
千鶴は戻ってこいと両手を広げんばかりに待ち受ける三人へも、きっ、と鋭い視線を向けると、
「皆さんも、あんな冗談はよくないです」
とまだ赤い顔のまま千鶴が一瞥すると、三者三様、う、とか、あ、とか小さく声を漏らして黙り込んだ。
「ほんとにもう」
口ではそうはいいつつも、何だかんだと仲がよく気遣い合う彼等が微笑ましくて、千鶴は笑みを浮かべながら、いつの間にか移動していた斉藤の隣に腰掛ける。
(なんだかいいなあ、こういうの)
千鶴を怒らせた原因はどうだこうだと、仲良くいがみ合う三人を面白そうに見やる千鶴の耳元で、けほ、という音が聞こえたような気がして、まさか、と千鶴は振り返る。
「さ、斉藤さんっ?!」
まさか彼までこんな冗談に乗るのか、と千鶴が大きく目を見開き視線で問うと、
「さあ、どうだろう?」
と、一は柔らかく、それでも彼にしては珍しいような悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「おいっ、おまえらっ。勝手に仕事さぼってんじゃねえよっ!!」
「やっべっ」
戸惑い彷徨う千鶴の視線が事の真偽を見つける前に、土方の大きな怒声が響き渡り、鬼の雷を避けんばかりに皆散り散りに姿を消した。
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