薄桜鬼小説
百花繚乱(土方×千鶴)08.10.25
天気がいいからという理由で土方は縁側に向かう障子を開けると、机を部屋の縁まで持って行き一度眩しそうに空を仰ぎ、そよそよと柔らかく吹く風に当たりながら、気持ち良さそうに筆を走らせる。
そんな土方の様子を見て、ああ京の都が平和だという事なんだな、と千鶴は珍しく書斎で書き物をする土方を手伝いながらその背中にぽつりと思う。
新選組が京の都を駆け回らずに、副長である土方が書類仕事に打ち込めると言う事は、少なくとも今現在は特に問題が起こっていないという事だ。
千鶴は土方の少し後ろに席を作り、千枚通しで紙縒りを通す為の穴を開けながら、そんな日常のささやかな幸せに知らずと頬に笑みを浮かべる。
「?」
一通りの書類に穴を開け終わり、さあ今からこれを紙縒りで括ろうかと紙の端をトントンと整えていた千鶴の背中で、小さな音を聞いたような気がして千鶴はゆっくりと顔をそちらの方へと向ける。
「!!」
突如現れた人影に驚いて、思わず声を上げそうになった千鶴に、音を立てぬよう慎重に襖を開けた侵入者二人は、焦る表情と共に人差し指を各々の口に立て声を上げぬよう千鶴に指示をすると、千鶴は承諾を示すように自分の口を両手で塞ぐと、こくこくと二度ほど首を縦に振る。
「ありがとなっ」
口ぱくでそう言っているのだろうと推測された、侵入者の一人である平助は千鶴に向け一度微笑むと、相棒の左之助と共に抜き足で千鶴の横を通り抜け、静かに土方の背後に一歩、また一歩と慎重に歩みを進める。
(何してるんだろう?)
元々悪戯好きの二人ではあるが、今日はなんだか手が込んでいるような気がして、千鶴はどうにか二人の邪魔をせぬようにと、自分も余計な音を立てないように気を張りながら、二人の行動を静かに見守る。
(あ)
先ほど二人が部屋を入って来た時には気づかなかった薄紅色が千鶴の視界に飛び込んできて、思わず目を瞠る。
(綺麗)
思わず口にしてしまいそうで、千鶴は口を押さえていた手により力を込めてその言葉を押し込める。
よく目を凝らすと、平助と左之助の耳の上には、薄紅色の桜の花が簪のように挿し込まれていて、その美しさに思わず目を奪われる。
「……?」
(あ、もしかして)
千鶴は頭の中に一つの妙案が閃いて、すでに土方の背中まで辿り着いた平助の手元に視線を合わせると、案の定桜の花を一房携えていて、やっぱりな、と千鶴の頬が緩む。
「土方さんっ、覚悟っ!!」
「やれっ、平助っ!!」
ちらりと二人は一度目配せをすると、平助がそう叫ぶのを合図に、絶妙な連携プレーで左之助が土方の肩を固定する。
「なっ!てめえ、平助っ、何しやがったっ!!」
「おっと」
鬼の形相で振り向こうとする土方を、左之助が上からもう一度ぐっと押さえつけると、立ち上がることの叶わぬ土方は苦虫を噛み潰したような表情で二人を睨みつける。
「……ただで済むと思うなよ?」
地獄の底から響くような声でそう言うと、次の瞬間土方は机についた手に体重をかけ勢いをつけて立ち上がると、さすがの左之助もぐらりとそのバランスを崩す。
「千鶴っ、おまえの分は後でやるからなっ!!」
左之助が作った隙を見逃さずに一足先に千鶴の前を駆け抜けた平助は、左耳に挿した桜を煌かせながら笑顔でそう言うと、開けっ放しだった襖の向こうへ吸い込まれるように姿を消した。
「似合ってるだろ?あれ」
土方が繰り出した手刀をなんとか逃れると、左之助はそう言って土方の左耳を指差すとニヤリと笑って千鶴の前を平助に続けとばかりに駆け抜ける。
「てめえっ、平助っ!左之っ!!待ちやがれっっ!!!」
まさに鬼の形相で土方が二人を追いかけようと千鶴の前を大股で走り去ろうとした時、ふふふ、と千鶴が小さな笑みを零したので、土方がその足をぴたりと止めその視線を千鶴に合わせる。
「何だ。何がおかしい?」
眉間に物凄く深い皺を刻み、千鶴を睨みつけるように土方は低い声で唸ったが、千鶴は物ともせずにころころとその頬に笑みを湛え土方を見上げる。
「いえ、原田さんがおっしゃったように、お似合いだなと思いまして」
「……」
千鶴がおずおずと土方の左耳を指差すと、土方は一度大きく目を見開いたかと思うと、何かを言いた気な様子で暫くの間千鶴を見つめていたが、はあっとこれ以上ないくらい深い溜息を吐き、おもむろに自分の髪から桜を抜き取った。
「取っちゃうんですか?」
綺麗なのに勿体無い、と無意識に零れた千鶴の台詞に土方はもう一度溜息を吐くと、
「男が髪に花挿して喜んでどうするっ。こういうのは昔っから女のもんだって決まってんだよっ」
と、手にした桜をそっと千鶴の右耳上に挿し込んだ。
「……ほらな。やっぱりおまえの方が似合ってるよ」
「!!」
土方は少し頭を後ろに引いて千鶴を見やると、そう言って、ふっと満足そうに笑みを浮かべる。
「ったく。おまえに免じてあいつ等は許してやるか」
気が削がれた、と土方はもう一度息を吐き大きく肩を回すと、縁側の机の方へとゆるりと踵を返す。
(……似合ってるだなんて、そんな……)
千鶴は今更ながら土方の言葉を噛み締めるように思い出すと、体中が熱くなる様な感覚に襲われ、慌てて立ち上がる。
「あ、あのっ、私、お茶淹れてきますねっ!!」
「ん?ああ、頼む」
自分の背中で千鶴が耳まで真っ赤にしている事など知りもしない土方の声を確認すると、居ても立ってもいられなくなり、千鶴もまた、開いたままの襖の向こうへ逃げるように飛び出した。
オマケ
「あれ?千鶴ちゃん、似合ってるね」
給仕場まで急ぐ千鶴と廊下で擦れ違った、自らも髪に桜を挿した総司がそう言って微笑んだが、
(お、沖田さんの方が似合ってます!)
と、どうして新選組の幹部達は男の癖に桜が似合うのだろうと千鶴が思ったのは、また別の話。
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