薄桜鬼小説
猫の戯れ(沖田×千鶴)08.10.24
 雪村の故郷の水は確実に羅刹の力を抑えるようで、その水を口にするようになってからというもの、自分も総司も血を求め羅刹の姿に変える事はなくなった。
羅刹の姿に変化せぬという事は、総司の体にかかる負担も軽減されるという事で、大変喜ばしい事なのだが、どういうわけか昼間眠くなってしまう体質だけは治りきらぬのか、気を緩めるとつい眠くなり、特に今日のような晴天の日に表に出ると自然と瞼が重くなる。

「……」

ふわっと頬に温かな風を感じたような気がして、千鶴は睡みの中にいる自分をどうにか引き戻そうと試みるが、その柔らかな風が、まだそこに留まっていても良いと言っているような気もして、少し開きかけた瞼はまたすぐにそれを閉じようと重力に従う。

(ああ、でも……)

せっかく総司と二人でいるというのになんだかこのまま眠ってしまうのは勿体無い気がして、千鶴はどうにか起きようと自分の意識を引き戻す。
昼間から一緒に過ごす事が出来るのは何日かぶりで、昨日の夜から楽しみにしていたのだ。おまけに、こんなに天気もいいのだから寝て過ごすには勿体無い。

(……あれ?)

千鶴は目の前の光景に、どうにか開いた目をぱちりと瞬かせる。
未だ眠りの世界との狭間にいる思考を数秒めぐらせた後、そうか、と左腕を枕のようにして眠る目の前の総司を見て、千鶴は自分達の置かれた状況を思い出す。
確か今日は天気がいいから外でのんびりしようと言い出して、なんとなく芝生に寝転んだらなんとなく眠ってしまったのだ。

「……」

思い返してみると、自分達のあまりの計画の無さに情けなくなり、千鶴は、はあと深い溜息を吐く。

(……まあでも、こんな日もあるよね)

天気がいいのだから仕方がない、眠くなるのだから仕方がない、と千鶴は自分達の怠惰に理由を付け、未だ眠りの世界にいる総司の猫っ毛にゆるりと手を伸ばす。
京で出会ったあの頃は、まさかあの沖田総司と、伸ばせば手の届く距離にいるような間柄になるだなど夢にも思っていなかったのに、と指に絡めた鳶色の髪に千鶴は思わず笑みを浮かべる。

「……何か面白い事でもあった?」

「!!」

ふいにかけられた言葉と掴まれた左腕に、千鶴は驚きで目を見開く。

「そ、総司さん!……寝てたんじゃなかったんですか?」

「あのさ、きみが起きた気配に僕が気づかないとでも思ったわけ?」

そんなに鈍っていないハズなんだけどね、と総司は千鶴の左腕を引き寄せながら苦笑する。

「そういう意味じゃなくて……ただ、気持ちよさそうに寝てるなあって思っただけです」

邪魔をしたのだったら悪い事をした、と単純に思っただけだ。決して、穏やかに眠りこけているだなんて思っていなかったんだから、と掴まれた左腕を見ながら千鶴は自分の思慮の足りなさを弁解する。

「ふうん、まあいいや。確かに、千鶴ちゃんの可愛い寝顔を見ながら寝るのは気持ちよかったかな」

「……ありがとうございます」

総司は事も無げにさらっと千鶴を赤面させる台詞を吐くと、自分の方へ引き寄せた千鶴の小さな掌に、ふいに顔を埋めるように鼻面を押し当てる。

「千鶴ちゃんてさ、なんかいい匂いがするよね」

「そ、そうですか?」

理解し難い総司の行動に千鶴は目をぱちくりさせると、確かめるように掌の上を移動する総司の鼻がくすぐったくて、それでも声をあげないように小さく身じろいだ。
どうやら匂いの元が思いつかないのか未だ瞳を閉じ確かめる総司の姿に、自分では気にも留めていなかったのにと、千鶴は自然と視線を自分の左手へと移す。

(何か甘い物でも食べたっけ?)

今朝からの自分の行動を思い返してみたが、別に匂いが移る様な甘い物は食べてはいないはずだった。千鶴は試しに空いている右手をくんと嗅いでみたが、案の定特にこれといった匂いはしない。

(あ)

「着物に焚いた香でしょうか?」

もしかして、と千鶴は昨晩焚いた香の事を思い出す。
いつだったか総司がお土産と称して買ってきてくれた百合の香が気に入って、昨晩久しぶりに焚いたのだ。もしかしたらその匂いが残っているのかもしれない、と思い視線を向けると、総司はゆるりと瞼を上げる。

千鶴は気になり寝転んだ姿勢のまま自分の襟口に鼻を近づけ嗅いでみると、微かではあったが匂いが残っているような気がして、ああきっとこれだ、と一人納得する。

「そうかなあ?」

だが、総司は納得しなさ気な様子で嗅いでいた千鶴の掌から顔を離すと、よいしょ、という声と共に左腕に体重をかけ半身を起こし、掴んだ千鶴の左腕はそのままに距離を詰めて、今度は千鶴の胸元に、くんと鼻を近づけた。

「え?あ、あの、総司さんっ?」

急に接近した距離に、千鶴は焦って上擦った声をあげる。
匂いの元を辿ろうとしているとはわかっていても、自分の胸元に総司の顔があるかと思うと、一瞬にして体中の血液が逆流したような感覚に陥って身体が熱い。

「……なんか、違うんだよね」

焦る千鶴の心を他所に、独り言のようにそう呟くと、総司は千鶴の着物から顔を離し、香の匂いでは無いと言いたげに首を捻る。

「もっとなんか、赤ん坊みたいな」

「……」

言いながらその匂いの元を辿ろうと上ってくる総司の頭を、千鶴は自由の利く右手で押さえつける。

「ちょ、なにっ?千鶴ちゃん」

まさか邪魔が入るとは思っていなかったのか、総司は弾かれるように顔を上げると、ぽかんと口を開けて千鶴を見る。

「赤ん坊って……それは私が子供っぽいって言ってるんですか?」

(確かに大人っぽくはないと思うけど……)

千姫の付き人の君菊に比べれば、確かに自分は赤子のようなものかもしれないが、だとしてもそれは聞き捨てならないと千鶴は少し不機嫌に頬を膨らます。
自分が恋い慕う相手に赤子扱いされているとしたら誰だって不服に思うはずだと、じとりと総司を見やる。

「……あははははっ。ほんと、千鶴ちゃんて面白いよね」

総司は一瞬きょとんとした表情で目を丸くしたが、堪えきれないと言わんばかりに破顔する。

「違うよ。赤ん坊ってさ、なんか甘いいい匂いがするでしょ?そういう匂いがするんだ」

笑いながら総司はそう言うと、肘を付いた左手で千鶴の右手をどけると、邪魔者のいなくなった道筋を辿るように、くんと匂いを探るよう鼻を鳴らすと、千鶴の首元にその鼻面を押し当てる。

「……」

(なんか……)

匂いを探る総司は、まるで子猫がじゃれるように千鶴の肌に自分の鼻を擦り付ける。
総司の頭が動くたびに柔らかな総司の髪が千鶴の肌をくすぐり、身動きの取れぬ千鶴はその度にぞくりと背中を震えさせる。

(く、くすぐったいっ)

我慢できずに体を動かそうと千鶴が思ったその瞬間、今まで伏せていた総司の瞳がちらりと千鶴を見つめ上げた。

「それにさ」

小さく言って言葉を切ると、総司はゆるりと上体を起こす。

「僕がきみの事を子供扱いしてないってこと、きみが一番知ってるはずなんだけどなあ」

(え?)

そう言って面白そうに微笑む総司を、千鶴はきょとんとした瞳で見上げる。

(見上げ、てる?)

「そう思わない?千鶴ちゃん」

「……」

千鶴は自分の上から聞こえる声に目を瞠る。何がどうしていつの間にこうなってしまったのかはわからないが、気がつけば両の手は総司に押さえられ、つい先ほどまで横にあったと思われる総司の身体は自分の上へと移動している。

「!!……あ、あのっ、どうしてこんなことにっ!それにっ、まだ昼間ですしっ……」

その返答が的を得ているかどうかは定かではなかったが、理解するのに数秒を要した言葉を取りあえず口にすると、千鶴は顔を耳まで真っ赤にして総司から視線を逸らすと、足をばたばたとさせて抗議をする。
先ほどまでは赤子の匂いのようだと言われていたはずなのに、どうして今は押し倒されるような格好になっているのだろうかと、頭の中は疑問で尽きない。

「やだなあ、僕がそんな無粋な真似をするとでも思ってるの?」

赤面する千鶴を面白そうに見やると、総司は千鶴の両手を押さえつけたまま、また匂いを嗅ぐように鼻を襟口に押し付けると、器用に千鶴の着物を左右に押しやったので、徐々に千鶴の肌が露わになる。

「!!……な、なにしてるんですかっ?!」

目の前で繰り広げられる出来事が信じられなくて、千鶴は慌てて抵抗しようと試みるが、手の自由は元より奪われている上に、いつのまにやら馬乗りされるような格好で身体も固定されていて、足をも自由に動かすことが出来ない。
おまけに、羞恥と何かの混ざった感情から発せられる熱は、とうに自分の肌を紅く染め上げたのだろうと思うと、恥ずかしくてどこかに隠れてしまいたいほどだ。

「……でも、きみが望むのなら僕は野暮な男になってもかまわないけどね」

「!!」

千鶴の紅く染まる肌に気づいたのだろうか?総司は悪戯っぽい笑みを浮かべて耳元でそう囁くと、どうする?とその視線で千鶴に問う。

「し、知りませんっ!!」

否定の言葉とは裏腹に上擦ってしまった声が千鶴の心を代弁してしまったかのようで、総司はくつくつと笑うと、子猫が親猫にするように、また千鶴の肌にその顔を擦り寄せる。

「……」

(……せめて早く夜になってくれればいいのに)

千鶴は肌から伝わる総司の温もりから目を逸らすように、ただそっと両の瞳を閉じる事しか出来なかった。

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あきゅろす。
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