薄桜鬼小説
黒種草(沖田×千鶴)08.10.23
「美味しそうだね、千鶴ちゃん」

一通りの稽古を終えた後、そういえば自分の監視当番の時間がもうすぐ回ってくるな、と思い出した総司は、本心は少し面倒くさいな、と思いながらも新選組の機密を守る為だと思い返し、足早に千鶴の部屋へと急ぐ。

捕縛していた当初は千鶴本人も恐怖に怯え、自分達も機密を知られてしまった人物にどう対処したものかと緊張した空気を纏っていたが、千鶴の正体が我々もその行方を捜している雪村綱道の娘と解ってからは、護衛も兼ね新選組幹部が付く様になり、その結果深められた親交により今では千鶴も随分とこの環境に馴染んだようだ。
京の都でも人斬り集団と恐れられる自分達をこうもあっさり信じ馴染んでしまうのは、素直と言うか世間知らずなんだろうなあ、と今も縁側に腰掛けて平和そうに饅頭に噛り付く千鶴に総司は思い、冒頭の台詞へと続く。

「あ。沖田さん」

座る彼女を上から覗き込むと、千鶴は能天気な声と共に顔を上げ、自分の登場を喜ぶかのようににっこりと笑ってみせたので、総司はなんだか拍子抜けしてしまって、一つ小さく息を吐く。

「あ、これ、さっき原田さんに貰ったんです。皆さんで出かけた時のお土産だそうです」

「ふうん」

総司は興味の無さそうな返事をすると、千鶴の隣へと静かに腰を下ろした。

(お土産、ねえ)

皆というのは、左之介、新八、平助の三人の事だろうと容易に想像がつく。大方また昼間に島原にでも遊びに行ったのだろうが、ああも堂々と行っておきながらそれでもまだ”お忍び”で通えていると信じているのはすごいなあ、と総司は常々感心していた事を思い出す。

(……)

ふいに。
何故だか理由はわからなかったが、貰った土産を嬉しそうに口元に運ぼうとする千鶴を見ていたら、ちょっとした好奇心とでも言うのだろうか、言うなれば小さな悪戯心のようなものが総司の心の中に芽生え、まるで玩具を見つけた子供のように、総司は嬉しそうに眼を細める。

「……ねえ、それ僕にくれないかな?」

総司の登場で食べ損ねた饅頭にもう一度噛り付こうとしていた千鶴の手が止まり、え?と視線だけ総司に送る。
別に饅頭などさほど好きでもなかったが、彼等の土産と聞いたら、なんだか少し意地悪をしてやりたくなったのだ。
案の定千鶴は、えーっと、と少し困ったような表情で饅頭と総司を交互に見比べている。

「でもこれ、食べかけですよ?」

嫌ですよ、そんな短い返事を期待した自分の気まぐれな要求に真剣に返す千鶴がなんだかとても可笑しくて、総司は目を丸くして困り顔の千鶴を見返す。

(食べかけじゃなかったら、迷わずくれたの?)

心に浮かんだ疑問を口にするのは止め、本当におかしな子だよね、と総司は面白そうに千鶴を見やると、更なる閃きにまた悪戯っぽい笑みをその頬に湛える。

「構わないよ。じゃあ、それを僕にくれるか切腹か、千鶴ちゃんに選ばせてあげるよ」

饅頭と切腹を天秤にかけるなど、自分でも随分馬鹿げた話だなとは思ったが、真面目に返す千鶴を見ていたらなんだかつい、もっと困らせてみたくなり自然と言葉が口に上った。

「えっ?!」

突然紡がれた切腹という物騒な言葉に千鶴が心底驚いた声を上げたものだから、総司は益々面白くなり、くつくつと笑いながらこう続ける。

「新選組が規律に厳しいって事は、千鶴ちゃんも知ってるよね?」

こんな事を大真面目に言っている自分に吹きだしてしまいそうだったが、総司はそれ以上に面白い千鶴の反応を見逃さない為、なんとか笑いを噛み殺して、どうするの?と視線で千鶴に問いかける。

「え……でも、お饅頭と、せ、切腹なんて……」

比べる事自体馬鹿らしい、とさすがの千鶴も思っているようだが、気を使ってかはたまた新選組という名の前にか、その先を言いあぐねて口篭る。
ちらりと、少し苦しげにも見える視線を総司に送ると、千鶴はそれを伏せ、決意したように続きを口にする。

「それに……沖田さん、前に、私は新選組の一員じゃないって、言ったじゃないですか……」

途切れ途切れの言葉は、この一文を言うかどうか躊躇っていた為か、と沖田は盗み見た千鶴の沈んだ表情から察する。その言葉の発端が、お互いに思い出したくない過去の事件であった事と、口にした内容から千鶴がよほど気にしていたのだろうという事を悟り、総司は調子に乗りすぎた事を反省しつつ、わざと明るい声をあげた。

「あれ?僕そんな事言ったかな……それで、饅頭か切腹か、決心出来た?千鶴ちゃん」

確かに今だって千鶴は新選組の一員であるはずはなかったが、だからといって別に今二度目の引導を渡してやる必要もない。
あえてそれには触れずに振り出しに戻した会話に、千鶴は弾かれるように視線をあげると、えーっと、とまた悩みだした。

「……じゃあ、どうぞ」

しばし考えた後(それでも考えた後というのが千鶴らしいとは思うが)千鶴は名残惜しそうな視線と共に、ずい、と饅頭を総司の方へと差し出した。
その姿がなんだかとても可愛く見えて、総司は思わず顔を綻ばせ、

「ごちそうさま」

と笑いながら告げると、一口で饅頭を飲み込んだ。

饅頭が総司の喉元を通り過ぎるのをがっかりした表情で見つめていた千鶴を見ていたら、別にこれ以上苛めるつもりもなかったのだが、総司の更なる嗜虐心がくすぐられたてまた悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「ねえ、千鶴ちゃん」

優しい声音で名前を呼ぶと、捨てられた子犬のような目で千鶴は振り向く。

「なんですか?」

「僕なんだか疲れたみたいなんだよね。肩揉んでくれないかな」

今の一件ですっかり用心深くなってしまったのか、疑わしげな視線をよこす千鶴に、総司はにっこりと笑ってそう告げると、千鶴の表情が、え?と歪んだのが総司は大層気に入った。

「じゃあ、肩揉みか切腹か……」

「……わかりましたっ!」

総司が全てを言い終わらない内に千鶴はぴしゃりとそう言うと、すくっと立ち上がり総司の背中へと回る。最後まで聞かなくてもその先を察したのだろうが、もうっ、と頬を膨らませながらも律儀に肩揉みをする千鶴に、総司は堪らなくなり破顔する。

「僕、頭のいい子は嫌いじゃないよ」

「ありがとうございますっ」

せめてもの仕返しのつもりか力を込めたであろう千鶴の反撃も、さして総司には利いてもいなかった。正直千鶴の肩揉みは力が足らず、ただつまんでいるだけで効果はなかったが、自分のくだらない要求にも真面目に答える千鶴の姿だけで、その何倍も得た物があったなと総司は胸中で満足する。

「ありがとう、もういいよ」

元から冗談のつもりだったので総司はすぐにそう言って千鶴を制すと、

「別に肩なんかこってないじゃないですか」

と千鶴は呆れたように溜息をついてまた総司の横にちょこんと腰を下ろした。

「……」

拗ねたように少し口を尖らせてはいるが、自分の隣に先ほどまでと同じように座る千鶴に、総司は無言で目を瞠る。
どうせ愛想を尽かしてこの場を後にすると思っていたのだが、これはなんだか嬉しい誤算で、総司は丸くさせた目を何度か瞬かせると、嬉しそうに、

「じゃあ次は……」

「まだあるんですか?!」

空を見つめながら次は何にしようかと考えを巡らした総司に、千鶴は目を丸くして振り向いた。総司はその表情を視界の端に捉えると、ふと閃いた悪知恵ににこりと笑うと、千鶴と見詰め合うような形で視線を交える。

「じゃあ、僕に口づけしてくれる?千鶴ちゃん」

饅頭くれる?と同じトーンで言われた台詞に、千鶴は、え、と短く声を発して固まった。まさかそんな要求をされるとは思っていなかったとでも言うように口はぽかんと開けられ、頭の中では様々な思惑が飛び交っているのか、瞬きをしないまま視線が宙を彷徨っている。

「選んでいいよ。口づけか、切腹か」

「!!」

総司の言葉に千鶴は我を取り戻すと、次の瞬間、顔を耳まで真っ赤にさせて、またその台詞ですか!と咎めるような視線を沖田に送る。

「か、からかわないでくださいっ!!」

総司がにこにこ笑いながら千鶴に視線を合わせると、千鶴は真っ赤な顔でそう言うとついと向こうへ視線をそらす。

「僕はいいよ、どっちでも」

困る千鶴が面白くて、総司は急かすように、どうするの?と小首を傾げて千鶴の顔を覗き込むと、一度だけ潤んだ目で総司を睨むように見ると、千鶴はまたついと視線を逸らす。
本当のところ、当たり前だがどちらも本気でなど言ってはいない。あまりにも自分の言動に真面目に答える千鶴の姿が可愛くて、一度で終える筈の悪戯は、もう一度、もう一度、と自分の欲をかきたてた。
目の前で真っ赤になりながら、それでも総司にきちんと答えようと熱を持つ頬を押さえながら考え込む千鶴に、総司は小さく息を吐いてその表情を緩める。

(さすがに、苛めすぎちゃったかな)

真面目に困る千鶴の姿が可愛くて、ついエスカレートしてしまった自分の悪戯に、総司は、未だ返答を決めあぐねている千鶴を一瞥すると、申し訳無さそうに宙を仰いだ。

「ごめ……」

「き、決めましたっ」

総司が反省を込めて口を開いたと同時に、一大決心しました、とでも言わんばかりの千鶴の大声に沖田は驚いて目を丸くする。目の前の千鶴は、目の端に涙を溜めて耳まで真っ赤にしてこちらを真っ直ぐに見つめていて、総司も思わず居住まいを正す。

口づけも切腹も、まさか誰も本気で言っていない事くらいわかっているだろうと思っていたのだが、この様子だと千鶴は至極真面目に捉えていたようだ。
総司は千鶴の真面目さに敬意にも似た感情を抱きもう一度宙を仰ぐと、もうこれくらいにしてあげなきゃね、と視線を伏せる。

「ああ、切腹するなら介錯……」

してあげるよ、千鶴の退路の確保を最後の冗談混じりにそう言いかけた総司の言葉が終わらない内に、その右頬に柔らかい感触を感じ、総司は釣られる様に視線を千鶴の方へと向ける。

「こ、これで最後ですからねっ」

一瞬何が起こったのか、聡明な総司の頭脳を持ってしても理解しがたく、口をぽかんと開けたまま千鶴を見つめる。目の前でこれ以上はないというくらいに顔を赤くして涙目でそう訴える千鶴に、ああ本当に可愛いなあ、と総司は未だ残る右頬の感触と合わせ思わず破顔する。

「真面目だなあ、千鶴ちゃん」

他に上手い言葉が見つからず総司がそう言うと、

「!!」

自分がからかわれていた事にやっと気づいた千鶴は、大きな目を更に大きく見開いてこれ以上ないくらいに赤面する。何かを言いた気に口をぱくぱくさせるその姿が、総司の目にはあまりにも可愛く映り、いけないと思いつつも口が勝手に動く。

「でもね、一つ教えてあげるよ。口づけっていうのはね……」

そこで一旦言葉を切った総司に、千鶴は、え?と思わず視線を合わせる。

その、次の瞬間。

総司は、ふわりと微笑んだかと思うと、そっと微かに触れるだけの口付けを千鶴の唇に落とした。

「こうやってするんだよ」

静かにそう告げて微笑んだ言葉が千鶴の耳に届いたかどうかは、目の前で茹蛸のように全身を赤くして固まってしまった千鶴からは分かる芳も無かった。

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あきゅろす。
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