薄桜鬼小説
【随想録・学パロ】学園天国(沖田×千鶴)09.09.09
いつだってこの人には驚かされる。


 それは、学年の違う彼が昼休みに教室に現れるようになった事を周囲が受け入れ始めた、ある日の昼休み。


(一体先輩はいつご飯食べてるんだろう)

千鶴ちゃん、と笑顔でひらひらと右手を振りながら、千鶴に胸中でそんな疑問を持たれているとは知りもしないであろう総司が、学年が違うという事を全く気にした様子もなく、教室内を横断して一番奥に位置する千鶴の席へと迷わず歩いてくると、机の上に弁当を広げていた千鶴の、ちょうど空いていた前席の椅子をまたぎ、背もたれに腕をおいて逆向きに腰掛ける。

「沖田先輩、こんにちは」

弁当を忘れた、と昼休みに入った後で気づいた平助は、食べ損ねるのを恐れて激戦の購買へと向かった後だった。待っていると言った千鶴の言葉を、とても申し訳無さそうな顔をしながら先に食べていてくれと断ったので、先に箸をつけていた玉子焼きを飲み込むと、千鶴は笑顔で総司を迎え入れた。

「こんにちは、千鶴ちゃん。今日は煩いのがいないんだね」

いつもこうだといいんだけどなあ、と総司は独り言のように呟いて、千鶴の弁当箱から玉子焼きを摘むと、ひょいと口の中に放り込む。

(煩いのって、やっぱり平助君と薫のことかなあ)

弁当箱の中で箸でハンバーグを一口サイズに切ると、千鶴はそれを口に運びながらちらりと目の前の総司を盗み見る。
なぜだかわからないが、総司は自分の兄や幼馴染とあまり仲が良くなく、顔を合わせればいがみあいばかりしていたので、購買で戦っている平助には悪いが、今のところ今日は平和に過ごせそうでよかったなあ、と千鶴はほっと胸を撫で下ろした。

「ところでさあ千鶴ちゃん」

「?」

もぐもぐと口を動かしながら千鶴は、いつのまにか玉子焼きを平らげていた総司に不思議そうに視線を合わせると、相槌代わりに首を少し傾けて話の続きを促した。

「一体きみはいつになったら僕のものになってくれるの?」

「?!」

総司が突然投下した爆弾は、彼の存在に慣れかけていた教室中の空気を一瞬にして凍りつかせた。なんだかんだ言っても下級生の下へ通う上級生というのは注目の的で、気にしていない振りをしながらも、クラス中が耳はそばだてていたという事実に、千鶴は今更ながら羞恥でどこかに隠れてしまいたくなったが、それよりも目の前の男が放った言葉の方がより強烈で、完全に音の消えた教室の中で、千鶴がハンバーグを飲み込んだ音だけがゴクリと響いた。

(え?え?)

「そんな事には一生ならないんだよっ。相変わらず馬鹿だな、沖田」

総司の言った言葉の意味が千鶴の理解の限界を超え、頭の中で言われた言葉と?マークがぐるぐると回る中、まだ声変わりも終わらない中それでも一番低くドスを聞かせた声で、兄である薫が物凄い形相で千鶴と総司の間に割って入った。

「……僕は千鶴ちゃんと話してるんだ。邪魔しないでくれる?」

薫の登場に総司はあからさまに不機嫌そうな顔をすると、いつもの喰えないような笑顔を貼り付けたまま視線を上げて薫を見た。もし遠目から見たとしたら、お互いにこやかに微笑んでいる和やかな雰囲気に見えたかもしれないが、千鶴の距離からしてみれば、口許には笑みを浮かべているのに両者とも目が笑っていないこの状況は、許されるのであれば今すぐにでも立ち去りたいほどだ。

「邪魔、だと?おまえなんかこの場所にいる権利すらないくせに、俺の聞き間違いか?」

微笑んだ表情はそのままに、薫が見下すように言うと、へえ、と総司も面白そうに更に口角を上げる。

「じゃあ薫だって一緒だよね。学年は一緒でもクラスの違うきみがここにいるのも、おかしいって事になるよね」

「俺はいいんだよ」

「じゃあ僕も別にいいよね」

だって風紀委員のきみがいいって言うんだし、と薫の発言に間髪いれずにそう言って総司が一蹴すると、薫は一瞬虚を突かれたような顔をし、言葉に詰まってしまった事に対して悔しそうに唇を噛み締めた。

(ああ、なんだか更に雰囲気が悪くなった気が)

もはや弁当を食べているような気にもなれず、千鶴はそっと箸を置いた。戦いの勝者は目の前でにこにこと笑い、敗者は顔をあげるのも躊躇われるほどの禍々しいオーラを出しながら殺意すら混じってそうな視線をその勝者へと注いでいる。

「それでさっきの話に戻るけど、ねえ千鶴ちゃん、いつになったらきみは僕のものになってくれるの?」

「!!」

(そ、そうだった……!!)

あまりの険悪なムードにすっかり忘れかけていたが、全ての事の始まりは総司のその一言からだった、と思い出して、千鶴は心臓を鷲掴みにされたようにぴんと背筋を伸ばす。

「僕は今すぐ答えがほしいんだけどな」

てめえっ、と掴み掛ろうとする薫を左手で押さえると、総司はもう片方の手を机の上に無防備に置かれた千鶴の手にそっと重ねる。
自分の手をすっぽりと隠してしまうほどの総司の手の大きさに千鶴は思わず目を瞠ると、先ほどの言葉との相乗効果で、その頬を瞬時に赤く染め上げた。

(こ、こ、答えって!!)

跳ねる心臓と共に上げた視線が自分を真っ直ぐに見つめる総司のそれとぶつかって、千鶴は自分の心臓が更にもう一段高い場所へ跳ねる音を聞く。

「あ、あのっ……」

「あーっ!!!!総司何やってんだよっ!!そこ俺の席だっつーのっ!!」

(へ、平助くんっ?!)

このままでは自分の心臓の音に殺されかねない状況で聞こえた平助の声に、千鶴は天の助けを得たと言わんばかりにそちらの方へと振り返る。両手に大量の戦利品を抱えた平助は、千鶴の姿を見た途端笑顔になったが、次の瞬間、げ、という低く呻く様な声と共に顔を歪めたので、不思議に思った千鶴は平助の視線を辿ったが、それよりも先に平助が声を上げた。

「ちょっ、総司っっ。テメー何千鶴に触ってんだよっ!!!千鶴から離れろっ!!」

「え?……あっ!」

味方とばかり思っていた平助の鬼の形相の視線の先を辿ると、総司に握られたままの自分の手に辿り着き、千鶴は一瞬忘れていた自分の状況を思い出し、更に顔を赤くする。

(そ、そうだったっ)

何時にも増しての騒がしさに忘れがちだったが、自分は総司が投げた爆弾の被爆地のど真ん中にいるのだった。

「何って、愛の告白の途中で邪魔しないでよ、平助」

「!!!」

総司はまた笑顔を湛えたまま、人をも殺せそうな鋭い視線を平助に投げる。
その気迫に気圧され、というよりも、総司の発言の意味を掴みあぐねて黙り込む平助とは相反して、今まで沈黙のまま成り行きを見守っていた外野が、おおおっと、総司の発言に一気にざわつき始める。

「どうしても死にたいらしいな、沖田」

「ちょっ、はあっ?おまっ」

突然の事態に言葉に詰まってしまった平助に代わり、総司の左手の制止を振り切って、今度はこれまた呪いでもかけれそうな視線を総司に向けながら薫が低く呻く。

「あれ?きみまだいたんだ?」

ダンっという音と共に、総司と千鶴の間を割るように机の上に投げ出された薫の腕に、総司は一度不敵な笑みを浮かべると、二度も邪魔された事が癪に触ったのか、ついには笑顔をも引っ込めて、敵意のみを込めた視線で薫を睨みつける。

(ああ、もうどうしたらいいのっ)

「あ、あのっ……」

場の空気に耐えられなくなった千鶴は、勢いに任せて立ち上がった。ガタン、という少し乱暴な椅子の音が三つ巴とも言える均衡した空気を打ち破り、無言のまま牽制しあっていた三人の視線が千鶴へと集中する。

「私っ、お茶買いに行ってきますっ」

誰に告げるでもなく千鶴はそう言うと、総司に握られていた手を振り切ってスタスタとドアへと向かう。こんな時に限ってどうして自分の席はあんな教室の隅なんだろうか、とまたもやざわつきの治まった教室内の視線が自分に集中している事に千鶴は恥ずかしさとその他色々が混ざり合って、つい胸中で恨み言を零す。

「千鶴っ!!」

「待ってよ、千鶴ちゃんっ」

それぞれに千鶴を呼ぶ声の中、一歩先んじた総司が慌てて千鶴の後を追うと、それまで沈黙を守っていた観衆の中から、

「沖田先輩頑張って〜」

という女生徒らの声があがり、

「ありがとね」

と、気まぐれに返した総司の笑顔に、教室内の女子に先ほどとはまた違うどよめきが起こった。

(ど、どうすればいいんだろう)

教室から逃げ出しても、自分の心臓の音が治まる事はなく、一人になれた分余計に先ほどの総司の言葉を意識してしまい、体温の上昇と共に上がる心拍数が更に千鶴を悩ませる。

「千鶴ちゃん、待ってよっ」

「!!」

少し後ろから聞こえる総司の声に、千鶴は振り向く事はせずに歩く速度を上げる。

(こ、答えって……!!)

追いつかれたら今度こそ伝えなくてはならないのだ。

(なんかもう今更だと思うんだけど……)

全身が心臓になってしまったような感覚と耳まで熱くなった今の自分の状況が、もうとっくに答えになってしまっているというのに。


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