薄桜鬼小説
名前(風間×千姫)【アンケ9位作品】
 一生のうち一番長く付き合うであろう自分の名に-それが誰から賜った物であったとしても-こだわるのは馬鹿げているのだろうか?


 一連の大騒動が終わり、風間が京に滞在して数日が立つ。
自分の故郷へ戻ると言った風間がなぜ京に留まっているのだろうかと疑問に思うところではあるが、少し前に交した婚儀の約束を忠実に守ろうとしているのだとしたら、自分を待っているのだろうと納得する事も出来る。
だが、そうだとしたら尚更、やはり気になる事がある為まだ京を動きたくないと言うのもまた素直な気持ちだ。

「風間っ。あなた自分の国に帰るんじゃなかったの?」

まるで当たり前のように自邸に滞在する風間を廊下で捕まえると、千姫は両手を腰に当て、喧嘩を吹っ掛ける勢いで突っかかる。
声をかけられた方である風間はその出所を探るように振り向くと、すぐにそれを付きとめたが、自分の視線の高さに相手が居ない事を察すると、相手に合わせてそれを下げる。

「……おまえの支度が済んだのならいつでもいいのだが。別に、身一つで来たとして何一つ不自由させるつもりも無いが、女はそれだけでもなかろう?」

まだ起きたばかりで眠いのか、はたまた聞いた質問をくだらぬと思ったのか、くあと一つ欠伸をすると、風間はそのまだ眠そうな眼で千姫にちらりと視線を送る。

「……おまえは確かに面白い女だとは思うが、それにしても。朝から風間風間と捲くし立てて、全く色気の無い女だ。伴侶となる者の名も呼べぬか」

まあ仕方がない、と言外で告げるような風間の溜息に、千姫は羞恥で顔を赤くすると、上目遣いに風間を睨みつける。

「今はそんな話をしていたんじゃないわっ!あなたいつまでここにいるつもりっ?!」

ぴっと千姫が風間に向かって人差し指を突きつけると、風間は呆れたように目を丸くしてまた小さく息を吐いた。

「おまえは人の話を聞いていたのか。おまえが出て行く支度ができたのなら、今すぐにでもここを出て行ってやると言っただろう」

別に京にさほど興味はない、と風間は静かに告げると、腕組みをし目を伏せた。

(ああ、また!!)

「ねえ、だったらどうしてっ……」

「姫様っ、どうかなされましたかっ!!」

どうして態度を改めないのか、と千姫が常々感じる疑問をぶつけようとした瞬間、先ほどの千姫の大声を聞きつけて廊下の奥から君菊が姿を現した。
立場をわきまえているゆえ風間に食って掛かる事はなかったが、その眼光は鋭く、風間はそれに目ざとく気づき、面倒臭そうに溜息を吐いた。

「君菊。別におまえの仕事ぶりに水を差すつもりはないが、そうも過保護に駆けつけては、この女は自分の言いたい事も言えなくなるぞ」

(?!)

千姫の遮られた言葉の先を気遣ったような風間の態度に、君菊は弾かれたように視線を千姫へと向けたが、当の千姫はそれには構わず、まるで信じられない物を見たとでも言わんばかりに大きな瞳を更に見開いて、真っ直ぐに風間を見つめ返した。

「どうして、君菊には……」

(名前を呼ぶの?)

あまりにも子供じみた最後の言葉は、己の自尊心のせいか音にすることが出来ず、千姫はただ呆然と立ち尽くした。
嫁ぐ覚悟などとっくの昔に出来ているのだ。すぐにと望まれるのであれば、自分の気に入りの調度品を捨て置いても、風間の故郷に出向いてもいいとさえ思っているのに。
言葉では嫁入りを望むような事を言っておきながら、一度も自分の名を口にしない風間に対して、自分がただ意地になっているのはわかっている。

(でも)

それでも、自分の従者の名すら呼ぶというのに伴侶となる自分の名を呼ばぬとは、風間の気持ちを疑う自分に否はないのだ、と千姫は感情にまかせて結論付ける。

「……なんだ。そんな事で拗ねていたのか」

風間は千姫の様子から事の成り行きを察すると、伏せていた目を一度瞬かせ、くつくつと面白そうに笑い出した。

「だから俺の名も呼ばぬというのか。京の鬼姫も、案外可愛いものだな」

独り言のように風間が面白そうにそう呟くと、

「また姫様にそのような口をっ!!」

と耳ざとく聞きつけた君菊が反論したが、風間はそんなものには耳も傾けず、千姫の前へと一歩歩みを進めると、

「千。では早く支度するがいい」

と一言告げ、くるりと踵を返し、二人を廊下に置き去りにしたままさっさと立ち去った。

「……わかってるわよっ!!」

千姫は風間の背中に向けてありったけの大声で叫ぶと、耳まで熱くなった自分を大層悔しそうに唇を噛んだ。

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