薄桜鬼小説
夜光(山南×千鶴)【アンケ8位作品】
 夜の見回りも京の秩序を守る新選組にとっては大事な任務の一つだが、昼のそれとは少しだけ意味合いが違い、いくら幹部であろうとも気を抜いては取り掛かれない任務の一つであった。
だからこそ今までどの幹部も夜に千鶴を連れて出歩こうなどと言い出す事もなく、また、千鶴も仕方がないと異議も申し立てず諦めてきたのだが、何の風の吹き回しか、一番反対するであろうと思われた山南が千鶴を連れて出てもいいと申し出て、渋る副長を説き伏せたものだから、現在に至るのである。

「これで少しは役に立てそうですね」

隣を歩く山南の凛とした声が冷たい夜の空気に響く。
少しでも、というあたりに多少の棘を感じないこともないが、それでも例の事件の後こんなにも心安らいだ山南を見るのは久しぶりで、千鶴はその事実だけに嬉しそうに笑みを湛えて頷いた。
自分は武士ではないので武士が刀を振れなくなるという心境を本当に理解する事は出来ないが、その事実がどれだけ山南を苦しめたかという姿は目の当たりにしてきたのだ。少しでも山南の気が晴れているのだとしたら、なんだか自分の事のように嬉しくなった。

「何を笑っているんですか?」

千鶴の笑顔を不思議に思ったのか、山南は訝しげに眉根を寄せる。

「え、えっと……あ、山南さんとゆっくりお話するの初めてですね」

まさか機嫌のよい山南を見て嬉しくなっただなど口が裂けても言えるものではなく、千鶴は咄嗟に思いついた言い訳を口にしたのだが、その場を読まぬ発言が更に山南の気に触ったのか、眉間の皺はみるみる深くなっていく。

「……君は本当に緊張感がないですね。遊びに来ているわけではないんですよ」

はあ、と吐いた山南の溜息が、冷えた空気に白く曇ってふわりと消えた。
またもこの場にそぐわぬと思いはしたが、千鶴はそれを綺麗だなと見つめながら、ふと頭に浮かんだ疑問を口にした。

「あの、どうして山南さんは私を連れていってくださろうと思ったんですか?」

それは、昼間からずっと思っていた疑問だ。
羅刹の出歩く夜は、昼の巡察よりもリスクが高く、正直足手まといになる自分を連れ出したい幹部などいるはずがないと思っていたのだ。案の定、山南が提案した時その場に居合わせた幹部連中はどの顔も決まって曇り、自分の前だからこそ言葉を濁してはいたものの、何かあった時の責任を取りたくないという空気は薄々と感じ取れたほどだ。

「どうして……?」

怪訝そうにしかめた眉間は依然そのままで、また地雷を踏んでしまったのかと内心反省し始めた千鶴の眼前で、山南の視線が次の言葉を捜すように彷徨い、次の瞬間、その表情が少し困ったように歪んだ事に千鶴は視線を止める。

「では、君は夜の巡察に付いていきたいと思ったことはないんですか?」

「!!」

逆に質問で返されて、予期せぬことに千鶴は思わず言葉に詰まった。

「それは……」

思わず本心を突かれたそれに、千鶴は大きな瞳を更に大きく見開いた。

ないと言えば嘘になる。
父親を探す手がかりを掴む為には、一人でも多くの情報屋に出会っておきたかった。
夜にしか現れない情報屋というのももちろん存在し、彼らに会いたくなかったかと言えばそれは嘘になる。だが、羅刹蔓延る夜の街に自分を連れて出てくれだなど、ただでさえ世話になっている身でこれ以上の我儘など言えたものではなく、諦めていたのだ。

「……」

返す言葉を捜しあぐねて千鶴は視線を落とすと、纏まらない考えをどうしたものかと人差し指で唇をなぞる。
山南は黙ってしまった千鶴に小さく息を吐くと、

「夜にしか現れない情報屋に有力な情報が多い事は誰もが知る事実です。本当は君が彼らに会いたがっているという事は、皆が知っていた事です」

と、それが別に特別な事ではない、と言うようにさらりと言った。

「え?!」

山南の言葉に千鶴は弾かれたように顔を上げると、先ほどと同じ表情の山南と正面から視線がぶつかった。次の瞬間山南はその小難しそうな視線をふっと解くと、それは以前常に山南の頬に湛えられていたような穏やかな笑顔に変わる。

「これで少しは役に立てそうですね」

山南は最初に吐いた台詞と同じ台詞を繰り返し、千鶴は、あ。と一度瞬きをする。

(そうか)

先ほどそれを聞いた時は、羅刹へと身を落とした山南が自身を皮肉って、夜に力を増す羅刹の身なら夜の巡回に適任だと、新選組の仕事の一端を担えると、そういう意味で言ったのだと思っていたのだがもしかして。
もちろんその意味が大半ではあるが、それでもほんの少しだけは。

(父様探しに協力してくれるのかもしれない)

きっと聞いても山南は本当の事を言葉で告げてはくれないだろう。
いつものように優しい笑顔に少し意地悪な言葉を混ぜて、真正面から答えを聞いてもきっとはぐらかされるだろう。

(でも)

「……今日は、ありがとうございます」

千鶴はなんだか山南の優しさに触れたような気がして、心が暖かくなった様な気がした。感謝の言葉が口に上ると、釣られて自然と頬が緩む。

「何で礼なんか。別に何もしていませんよ」

案の定、山南の言葉は普段と変わらず特別優しいわけでもなくそっけない。
だが、その言葉が益々千鶴を笑顔にさせる。

「山南さんとお話出来て、嬉しいです」

照れた様に頬を赤くしながら千鶴がそう告げると、山南はまた怪訝そうに眉を顰めた。

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