薄桜鬼小説
とらとらとら(土方×千鶴)【アンケ3位作品】
紅一点とはよく言ったものだ。


とらとらとら


酒は二人で飲んでも楽しい。
大勢で飲めば尚更だ。


 元々がお上品な性分でないせいもあるのかもしれないが、暇が出来ると酒を飲みに花街へ繰り出す事がまるで日課のようになっている隊士もいる中、ちょっとした節目に全員で酒を飲むことは、昔からなんとなく暗黙の了解のような感じで決まっていた。
もちろん男所帯が大勢で酒を飲むとなれば行き着く先は一つなのだが、今日に限ってはいつもと少し趣向が違う。
幹部連中のみを集めて屯所で飲もうと言い出したのは花街通いが常になっている内の一人で、最初は驚いた顔をしていた者もすぐにその真意を汲み取ったのか、異論を唱える者は誰もいなかった。
普段であれば、屯所で飲むなど色気も味気もない、とぐだぐだと文句を言いそうな輩が揃って緩んだ顔をしているのを見やり、土方は思わず苦笑してお猪口の酒を一口煽った。

「やっぱ千鶴に注いでもらう酒が一番うまいっ!!」

注がれたばかりのお猪口をくいっと一気に飲み干し、平助が満面の笑みでもう一杯と千鶴に向けてずいと腕を出すと、両脇に座る年長組も同意を示すように笑顔で頷く。

「そんな事ないよ、平助君っ」

千鶴は平助の言葉を受けると、徳利を持たない手を顔の前で慌てて振って恥ずかしそうに否定してみせる。

「そんな事あるよな、新八。千鶴がいるだけでこのむさ苦しい場所が華やかになる」

俺にもくれるか、と左之助がお猪口を差し出すと、千鶴は、そうだそうだと頷く新八と左之助を交互に見やると少し顔を赤くして

「……ありがとうございます」

と照れた様に俯きながら左之助に酒を注いだ。

「おい、てめえらあんまり飲みすぎんなよっ。それに千鶴っ、商売女じゃないんだからおまえはそんな真似しなくていいんだぞ」

千鶴の背中越しに土方が溜息混じりに声を掛けると、千鶴がびくりと肩を反応させた。
人の相手ばかりせず自分も宴会を楽しめ、と言いたかったのだが、商売女という言葉が気に触ったのか、あ、すいません、と小声で言うと、千鶴は小さな身体を更に小さく縮こまらせた。

「っ……」

慌てて言い直そうとするも咄嗟に上手い言葉が見つからず土方が言葉に詰まったその視線の先で、左之助が千鶴の変化に目ざとく気づき助け舟を出さんとばかりに口を開く。

「千鶴。土方さんは俺らがおまえを独占してるから妬いてんだよ。おまえがここを離れるのは寂しいが、可哀想な副長に一杯注いでやってくんねえか?」

俯いた千鶴の顔を覗き込むように左之助が笑顔でそう言うと、千鶴は弾かれるように視線を上げた。

「え、でも……」

「いいからいいから。男の嫉妬は見苦しいぜ、なっ副長っ」

躊躇する千鶴を、いつの間にか回りこんでいた新八が立ち上がらせると、そのまま引きずるように土方の前へ連れて行き、ちょこんと座らせる。

「誰が何だって?」

「お、俺は何も言ってねえってっ」

土方がドスの利いた声でじろりと睨みつけると、新八は逃げるように自分の席へと戻って行った。

「……」

「……」

騒がしい宴会の中、土方と千鶴の間にだけ妙な沈黙が訪れた。
先ほどの誤解も含め、何か声をかけねばと思うのだが上手い言葉が見つからず口火を切りあぐねている土方を他所に、先にこの沈黙を破ったのは意外にも千鶴だった。

「……あの、よかったら、いかがですか?」

千鶴は遠慮がちに両手で徳利を持ち上げると、土方の表情を伺うように視線を上げた。先ほどその件で嫌な思いをしたはずなのだが、取りあえず左之助から言われた任務を遂行しようと思ったのだろうか、千鶴は土方の返事を促すように小首を傾げた。

「ん……ああ」

土方はその状況に少し困惑したように視線を泳がせたが、先ほどの事もあり不安げな視線で自分を見る千鶴の立場を考えお猪口を差し出すと、千鶴は嬉しそうに目を瞬かせた。

とくとくとく、と注がれた酒を所在無く一気に飲み干すと、何かを期待したような顔で待ち受ける千鶴と目が合う。

「あの、美味しい、ですか?」

恐る恐る聞く千鶴にどう答えたものかと土方は迷ったが、

「ああ、美味い」

と、当たり障りのない答えを選んで返事をすると、

「よかった」

と、千鶴がほっと胸を撫で下ろすかのように安堵の笑みを零した。

「!!」

(……なるほどな)

土方は先ほど平助が言った言葉を思い出し一人胸中で納得する。
出された酒自体は別に普段となんら変わらない普通の酒だが、隊士達のこの妙に浮かれた態度は千鶴の存在が成せる業か。

(紅一点、か)

その言葉が指す通り、千鶴の笑顔が添えられるだけでこうも酒が美味いと感じるのかと、土方は感心にもにた苦笑を浮かべる。

「そりゃそうですよ、土方さん。千鶴ちゃん、この酒にはね、千鶴ちゃんに注いでもらうと美味しくなるまじないがかけてあるんだよ」

だから僕にもくれるかな?と総司が横から自分のお猪口を差し出すと、

「もう、沖田さんはっ!」

と千鶴は諌めるような言葉とは裏腹に嬉しそうな笑みを浮かべて、総司の方へと膝を進めた。

「それにね、この酒にはもう一つまじないがかけてあるんだよ」

はいどうぞ、と総司は自分のお猪口を千鶴に持たせると、代わりに徳利を取り上げ、空いたお猪口になみなみと酒を注ぐ。

「まじない、ですか?」

千鶴は不思議そうな視線を総司と注がれた酒の間で何回か往復させると、総司の言葉を噛み締めるように反芻して酒に視線を落としてそこで止める。

「そうそう。その酒を一気に飲み干すと、弘道さんが見つかるんだって」

「なっ?!」

千鶴と総司の遣り取りを隣で傍聴していたはずの土方は、総司が言い出した突拍子もない話に思わず飲んでいた酒を噴出しそうになったが、どうにかそれをごくりと喉の奥へ追いやることに成功すると、慌てて視線を二人のほうへと向ける。
まさかこんな馬鹿げた話を信じるわけはないだろうと思いつつも、言い出した相手が総司かと思うと何か裏があるのではないかと気が気ではなく、思わず千鶴の次の反応を待つ。

「もうっ、沖田さんっ!!」

土方の心配を汲み取ったわけではないだろうが、千鶴にしては珍しく少し怒り気味の口調で総司の事を睨みつけたのを見て、土方は安堵で小さく息を吐いた。

(そりゃそうだ)

「ったく」

さすがの千鶴もそんな馬鹿な話は信じるわけねえか、と、馬鹿げた心配をしてしまった自分に苦笑し、土方がその馬鹿げた考えを振り払うように一度頭を振り、止まっていた手をまた口へと運んだちょうどその瞬間。

「そんな大事な事は早く言ってくださいっ!!」

と。聞き間違いであってくれと祈りたくなるような千鶴の台詞が聞こえ土方が視線を戻した時には時すでに遅し。
何事かとその場にいる全員の視線が集中した中で、千鶴はなみなみと注がれた酒を一気に煽ったのだ。

「!!」

まるで時が止まったかのような静寂の中、総司を除く誰もが固唾を呑んで見守っていると、千鶴は勢い良く後ろに倒した頭を戻すと、コトン、と静かにお猪口を総司のお膳の上に置いた。

「これで父様は見つかるんですね?」

「うん。そういうことになるね」

へらへらと総司が笑いながら告げ、千鶴が心底嬉しそうに微笑んだ次の瞬間。

「?!」

千鶴はその場にいた全員に見守られながら、バタンっ、と勢い良くそのまま後ろに倒れこんだ。

「千鶴っ?!」

倒れた千鶴の目の前でにこにこと笑っている総司を除く誰もが瞬時に駆けつけようと立ち上がりかけた、その内の誰よりも一瞬早く。土方は千鶴の元へ駆けつけると、千鶴を抱き起こしそのままの姿勢で総司を睨みつける。

「てめえ、気づいてたな?」

「嫌だなあ、何にですか?」

いつも通り喰えない笑顔を貼り付けた総司に土方は苦虫を潰したような顔をすると、これ以上相手にしても仕方がないと千鶴を抱きかかえて立ち上がる。

「てめえらも大概にしとけよっ」

吐き捨てるようにそう言うと、背中から聞こえてくる、ずるいだの役得だだの煩い声は無視して、土方は千鶴を寝所に運ぶべく廊下へと出た。

「ったく」

(紅一点とはよく言ったもんだな)

それは男の中に女が一人混じっているという意味だけでなく。

(最初から酔っ払ってたのかよ)

あの頬の赤みは照れや恥じらいで染まっていたのではなく、酒を飲んでも顔色の変わらぬ連中の中でただ一人だけ、酒に酔って紅く染まっていたのだ。

「総司の奴、気づいててわざと……」

自分すら見落としていた事実に一人気づき、あんな馬鹿げた事を信じ込ませ酒を飲ませたのかと、土方は先ほどの総司の笑顔を思い出して知らず顔をしかめる。

「……」

なんだか出し抜かれたような感じと、自分の落ち度への反省からくる複雑な気持ちに小さく息を吐くと、土方は腕の中で気持ち良さそうに寝息を立てている千鶴に視線を落とす。
自分が騙されて酒を飲まされ酔っ払って寝てしまっている事にすら気づいていなさそうな本人は、楽しい夢でも見ているのかうっすらと笑みを浮かべまるで起きる気配もない。

「おまえも。あんまり男信用しすぎるんじゃねえぞ……って、聞こえてねえか」

自分の心配など知るわけもない腕の中の酔っ払いに土方はそう言って苦笑した。

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あきゅろす。
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