薄桜鬼小説
深緑(斎藤×千鶴)【アンケ2位作品】
 きっかけは、ひらりと舞った一片の葉。
 その時気づいた感情は、無視をすることに決めた。


深緑


あ。と呟いた彼女の微笑みに、彼は気づいていなかった。


 何も葉が散るのは秋に限った事ではない。
 久しぶりに訪れた平穏な午後に、深緑に芽吹いた葉がふわりと舞って一の髪に着陸した。
全く気づかぬ本人を他所に、それを目ざとく見つけたのは一の正面に位置していた総司と、一瞬大きく目を見開いた後破顔した千鶴のみだ。
何やら真面目な話に花を咲かせている当の本人と、それを真剣に相手している土方はそんな千鶴の満面の笑みさえ見逃したが、次の瞬間、何かを思い出したかのように一を見上げた千鶴の視線に気づく事もなかったのは、運がいいなあ、と総司は思った。

 たかが一枚の葉をなぜそんなにも愛おしそうに見るのだろう、と疑問に思ったその瞬間から、総司の耳には二人の武芸についての話など全く届こことはなく、ただ全神経を集中させて千鶴の動きに目を瞠った。
一の話の邪魔をしないようにという気遣いか、千鶴は左手で小袖の袂を押さえるとそっと右手を伸ばしかけ、指先が一の髪に触れるかという所で、少し躊躇ったようにその指先は一度宙を掴んだ。普段であればその仕草に気づきそうな一も、昼の屯所の中だと気を抜いているのか、はたまた土方との話がそんなに夢中にさせるものなのか定かではなかったが、千鶴のその所作に気づく事もなく、また、視界に入っていそうな土方も特に気にかける事もなく話を続けているものだから、千鶴は一度体勢を立て直す為かすぐにその右手を引っ込めた。
おまけに、気づかれないように視線を巡らせていることは確かだったが、千鶴も自分を見つめる総司の視線になど気づくことはなく、意識がそこから逸れることもなかった。

(たかが葉っぱ一枚)

何がそんなに気になるのか。
総司の視線の先で、葉を取る方法を思案しているのか、じっと葉を見つめる千鶴の視線は微動だにすることはない。その行為自体は、多少不思議だなとは思うがさして気にする事ではなかったが、引っかかるのは、なぜかその千鶴の視線が妙に優しいことだった。

(まさか落ち葉にまで情が移るのかな)

変わっている千鶴のことだからありえなくもない、と総司がくだらない考えを巡らせていると、さすがにその視線に気づいたのか、

「どうかしたのか」

と、話を中断し、一が千鶴の方へと向き直った。

「え、ええっと、あの……」

話を止めた一に釣られて土方も視線を千鶴に移すと、千鶴は恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべながら、

「あの、斉藤さんの髪に葉っぱがついていたので、それをお取りしようかと……」

と、小さな声で言って一の頭を指差した。

「そうか」

見えるわけではないが、一は一度視線を上へと上げると、一にはらしからぬ仕草で、葉を落とそうと試みるように軽く一度頭を振った。

「あ!」

乗っかっていただけの葉は主に居場所を追いやられると、逃げるようにあっさりと宙へとその身を投げた。そのひらりと宙を舞った緑色を、千鶴の視線が真っ直ぐに捉えると、男三人がその行動を見守る中で、千鶴は舞い落ちる葉にだけ意識を集中させ、そっと自分の両手でそれを優しく包み込むと、また先ほどと同じ柔らかい笑みを浮かべて一に向き直る。

「斉藤さん、あの、これいただいてもいいですか?」

「?!」

意図の読めぬ千鶴の言葉に固まった三人を他所に、千鶴は一の許可を心待ちにしているように曇りのない瞳で見上げている。

「……」

君は落ち葉集めが趣味なの?
総司がそう言いかけて口を開いたその時、視界の端で一が何かを思い出したかのようにほんの僅か目を見開いたのを目ざとく見つけ、総司は言いかけた言葉を喉の奥へと飲み込んだ。

「別にかまわない。だが、まさかそれも取っておくのか」

ふっと一が口許に笑みを浮かべると、千鶴は嬉しそうに顔を綻ばせた。

「……」

普段それほど笑顔を見せることのない一の微笑みが気になった、というのが口を開こうとした直接の原因だ、と総司は自分を納得させると、先ほど仕舞い込んだ言葉がするりと口に上ったのだから何だか不思議なものだ。

「千鶴ちゃん、葉っぱを集めるのが趣味なの?」

本当に変わっているね、と皮肉めいて告げた総司の言葉になぜだか赤く染まった千鶴の頬は、光の加減の見間違いだと思った。

「……以前、斉藤さんが屯所を離れられた時に、斉藤さんの掌に落ちた桜の花びらをいただいたんです。だからこれは、斉藤さんが戻っていらした記念に」

伊東の名前を出さなかったのは、この場の雰囲気を彼女なりに気遣った厚意だろうか。
だが、もし気を回せるのならばそんなことよりも、光の加減ではなく染まったその頬の赤みをもう少しどうにかした方が空気が読めると言うものだよ、と総司は出かかった言葉をぐっとこらえてまた飲み込んだ。

「へえ……そんなことがあったんだ。一君も、粋なことをするもんだね」

代わりに総司はからかうような視線を一に投げたが、予想していたのか一は視線を合わせようともせず、涼しげな顔で明後日の方を向いたまま、初夏の風に髪をなびかせ話を聞いていない振りを決め込んだ。

(ふーん。話したくないってこと)

じゃあ、と総司がもう一人の渦中の人物に視線を戻すと、一の態度に何か自分が悪い事をしたのかと心配げな千鶴の姿が目に入り、その姿になぜだかどくりと心臓が跳ねたような気がして、総司は思わず右手で自分の胸を押さえた。

「?!」

(……ああ、そういえば)

「やだなあ。こんなことだと、また風流人が一人増えちゃいそうですね。ね、土方さん」

総司は土方の方へ視線を流してクスクス笑うと、懐に手を入れ、忍ばせておいた書物の端をちらりと覗かせた。

「なっ?!総司っ、てめえっ!!!」

それが何を意味するかに気づいた土方が上げた怒声より一瞬早く、総司は土を蹴ってその場から走り出した。

(初めて武芸書が役に立った気がするよ)

想像通り上手くいった作戦に、総司は気をよくして口許を緩ませる。
懐に潜ませておいた武芸書は、土方が勘違いした俳句帳などではない。それが分かった時にまた土方に怒鳴られるだろうが、この場を抜け出すきっかけの対価には悪くはなかったなと風を切りながら総司は思う。

(……別に普段と変わらない)

総司は走りながら自分の心臓を押さえてみたが、先ほど感じたような異変は特に感じられなかった。少し心拍数が上がっているようではあったが、それは鬼の副長に追われているせいだ。

(なんだ。やっぱり気のせいか)

病気の事に気を奪われずぎたかな、総司はそう苦笑すると、追い来る土方から逃れるのに集中する事にして、胸の痛みは忘れてしまった。

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