薄桜鬼小説
散華(土方×千鶴)※死にネタ注意!!09.02.28
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散華



 それは、いつだって突然やってくる。



羅刹の死の兆候とはどういうものなのだろう、と考えた事があった。


羅刹は病気ではないのだから、血を吐きうずくまることはないだろう、と一案目はあっけなく消えた。
そうなると、内からの痛みに悶え苦しむ事もないだろう、と二案目も早々に消える。
では、憔悴してそのまま息絶えていくのだろうか?と三案目が頭に浮かぶが、所詮は想像の域を超えぬ考えは、気を重くし滅入らせるだけで答えなど出るはずもなく、不健全だとすぐさま思考を止めて頭の片隅に追いやった。

考えたのは一度きり。
考えるだけでもまるで禁忌を犯してしまったような気がして、仏の罰が下らないようにと、考えたという事実さえ自分の中に葬り去り、いつぞやそれを忘れてしまった。
だから、思い出すことさえなかったというのに。


それは、桜の蕾がやっと芽吹くかと言う頃だった。


千鶴は、羅刹の死の兆候がどういうものなのかという事を知る。



※※※


それは、まるで立ちくらみのようなものだった。

「土方さんっ!!」

くらり、と体のバランスを崩したかのように床に片膝をついた土方に、千鶴は手にしたお膳をその場に置くと慌てて駆け寄った。

(どうしよう)

千鶴は、本能のようなもので瞬時にそれが何かを感じ取った。
見た目はただの眩暈のようで、昨日寝るのが遅かったせいか、と普段なら簡単に思えたかもしれなかったが、なぜかその時はそれがただの立ちくらみだとは思わなかったのだ。
現に、自分の体は反射的にそれを悟り、たわいもない事に切羽詰った声をあげ、ただの立ちくらみのような動作に血相を変えて駆け寄った。

(どうしよう)

人知れず、千鶴の額に汗が滲む。歯の根ががたがた震えてしまいそうで、そうなる前に奥歯に力を入れぐっと噛み締める。

(どうしよう)

覚悟なんて、出来ているはずがなかった。
清らかな水は羅刹の力を浄化したのではなかったのだろうか?水を飲み始めてから、土方が苦しむ姿など一度も見た事がなかったというのに。

「……お布団に行きましょう、土方さん」

千鶴はどうにかして口角を上げることに成功すると、無理矢理笑顔を作り土方へと向ける。
当の本人は、どうしてこんなところで転ぶような真似をと思ったのかどうかは知らないが、釈然としない顔をし、千鶴の言葉に耳を傾けると若干表情を穏やかに緩めたが、しかし、否定を示すべく静かに首を横に振った。

「いや、それより縁側で茶でも飲むか」

「え?でも……」

大丈夫だ、と手を貸そうとする千鶴を制すると、土方は訳もない造作で立ち上がり、戸惑う千鶴を尻目に縁側の方へと歩みを進める。

「土方さんっ」

そんな体で、と付け加えるべきかどうか悩んだ際に生じた迷いは、千鶴の体の反応を鈍らせた。歩く土方の後姿は、普段となんら変わらない凛としたもので、土方を制止しようと伸ばした手は機会を逸し宙を掴み、追い求める相手は既に伸ばした指先より遥か遠い位置へと移動していた。

(どうしよう)

お布団へ、ともう一度口にしようとした言葉を千鶴は無意識に飲み込んだ。
羅刹は病気ではないのだ。布団に寝ていたところでどうにかなるものでもあるまいが、処置方法の知識不足の為、それしか頭に浮かんでこない。
だが土方の性格を考えると素直に寝所へとは足を運んでくれはなさそうで、かといって、茶の仕度の為にこの場を離れるのもどうにか避けたいところだ。

(どうしよう)

次の動作が決まらず千鶴が行き場を無くして立ち尽くしていると、土方はそんな事にはお構いなく、既に縁側に自分の身の置き場を見つけたようで、一番日の当たる場所へと腰を下ろしたところだった。

「あ」

縁側へと辿り着いた土方に降り注ぐ光が眩しくて、千鶴は一度大きく目を見開くと、そちらに向けた視線を無意識に下へと落とす。
今朝は本当に天気がよくてこのまま桜が咲きそうですね。そう声を掛けられない自分がもどかしく、だが自分の思考とは関係なく口は次の言葉を綴る。

「あの、私、お茶淹れてきます……」

千鶴は、縁側の土方にどうにか聞こえるくらいの声音をやっとの事で搾り出した。
つい先ほどはこの場を離れたくないと駄々をこねていた両足が、意志とは関係なく今にも台所へ走り出してしまいそうだ。
この場に留まるべきだということは分かっている、だがどうしてもこの場にはいられない、相反する二つの思いがぶつかり合って、困り果てた脳は、お茶を淹れに行くという素晴らしい言い訳を見つけ出したのだ。

「茶なんか飯の時のでいい。それより早くこっちへ来い、千鶴」

(!!)

凛とした土方の声が晴れ空に響き、千鶴は全ての行動を停止してその声に耳を傾けた。

「……はい、わかりました」

そして、渋々ではなく、心からの返事を土方へと返す。

千鶴、と。
彼に名を呼ばれて、どうして振り向かぬことができようか?
土方は眩い光に包まれながら、こちらを振り向くことなく手だけ上げて、まるで手招きするかのような仕草をしてみせる。

いつからか、それは、ここへ来いという合図になっていた。

彼の左腕が描く円の半径内は、自分の場所だ。
それは新選組時代、彼の背中で守られている時は常に土方の左腕が自分を守り、ここで暮らすようになってからは、あの腕の中に納まる時こそ至福の時であった。

千鶴はちゃぶ台の上から茶器一式を手にすると、声に誘われるまま土方のそばへと向かうべく一歩足を進める。

(ああ今日はほんとに日の光が眩しいですね)

と、口にする代わりに千鶴は胸中で語りかける。

(だからなんでしょうか?土方さんの髪の色が、なんだかいつもより明るく見えます)

そう言って、きっと笑顔を作らなければならないことは千鶴は頭では理解していた。
だが、そうしなければと思えば思うほど、千鶴の両の眼からは一滴、また一滴、と熱い涙が滴り落ち、とても言葉を口に出来るような状態では無くなっていく。
自分の意志ではもう止められないような小刻みな震えが身体を走り、茶器がカタカタと小さな音を立てる。

(おかしいですよね?)

一歩、また一歩と歩みを進める度に、千鶴の頬を熱い涙が伝う。
嗚咽が声となり外に漏れてしまいそうになり、千鶴は慌てて一度大きく息を吸い込んだ。
ついに土方の背中まで辿り着くと、その髪が、まるで全ての光りを吸収してしまったかのように真っ白に染め上げられているのを目の当たりにして、千鶴は足元から崩れるように土方の隣に腰を降ろした。
手にした茶器一式をどうにか脇に追いやり、土方の胸ににしなだれかかるように体を預けると、自然と土方の左手が千鶴の頭を撫でる。

「ったく、なに転んでんだよおまえは」

土方が本当にそう思ったかどうかはわからなかったが、土方はまるで何事もないように明るく言うと、頭を撫でていた手でそっと千鶴を抱き寄せる。

「い、いつまでたっても、そそっかしくて、困ります、よねっ」

お茶、零れなくてよかったです、とどうにか笑顔を繕ってみても、震える声は泣いている事の証でしかなく、流れる涙は止まる気配すらない。
おまけに、今は顔を上げて笑顔を見せるべき場面であるのに、黒髪の土方を忘れたくないと身体が言っているかのように頑なに首を上げようとしない。

「て、おい、おまえこんなことで泣いてんのか?」

驚いたような土方の声が聞こえ、頭の上に視線を感じる。
ああ今こそ顔を上げるべきだと覚悟を決める千鶴の視界に、肌色の何かが一瞬横切って、千鶴は思わずそちらに視線を奪われる。

「!!」

「おまえは、本当によく泣くからな」

土方の、優しく叱るような声音はいつもと変わらなかった。
ただ、違ったのは。

「っ……」

いつもならすぐに自分の頬から涙を拭い去ってくれる土方の指が、その向かう方向を見失ったかのように宙を彷徨い、未だその到着点を探しているという事だ。

(ああっ……)

千鶴は見ていられなくて慌てて土方の右手に手を伸ばすと、探し物を見つけたように大事にそれを両手で包み、涙に濡れる自分の頬へとそっとあてがう。

「そ、そうですよ。土方さんに、拭いていただかないと……」

ゆっくりと、視線を土方へと向ける。

「な、泣き虫なんですから……」

(っ……)

無理矢理作ってみた笑顔は、また失敗して醜く歪んでしまっただろうか。
いつもと何かが違って見えるのは、自分の目が涙で霞んでしまっているからだろうか。

土方の、紅く光る瞳が切なそうに弧を描き、しょうがねえな、と優しく告げているのは、瞳の色を除けばいつも通りであった。
だが、自分へと向けられた視線は定まらず、まるで目の前にいる千鶴をそれでもまだなお探し続けているように、困惑気に彷徨っている。

「おまえはほんと、しょうがねえな」

言葉とは裏腹に優しく自分を心配する声音の不変な響きは、千鶴の瞳に更なる涙を溢れさせる。

(土方さん)

彼の瞳には、今何が映っているのだろうか?

(土方さんっ)

もし、彼の瞳に止まらぬ涙を流す今の自分の姿が映っていないのだとしたら。
どうか今まで彼の横で幸せに笑っていられた自分の笑顔が映っていますように、と。千鶴は祈りにも似た気持ちを込めて、土方の右手に重ねるように置いた自分の手にぎゅっと力を込める。

「!!」

逸らす事が出来なくなっていた視界の先で、土方の定まらぬ視線が一瞬揺らいだ事だけがなぜだか分かっり、千鶴は涙で濡れた瞳を大きく見開いた。

心臓を、ぎゅっと鷲掴みにされたような気がして息が止まる。

(あ)

頬に添えられた土方の手を、重力に攫われてしまわないように千鶴は一層の力を込めて握り返す。ほんの僅かだが、先ほどより自分の手に掛かった重みが増したような気がして、千鶴は気づかぬ振りで自分の頬を押し当てる。

「……もうすぐ、桜が、花咲きそうですね」

先ほど音に出来なかった言葉が、不思議とすらすら口に上った。
土方の首元に顔を埋めるように擦り寄った千鶴の頬に、土方の長めの前髪がさらりと落ちた。

(ああ)

そうだな、と返事をする代わりに、土方の口許がうっすらと微笑んだような気がして、千鶴は微かに震える自分の口角を無理矢理押し上げる。
開いた唇の隙間から自分の涙が入り込み、そのしょっぱさがこれが現実だという事を自分に告げているようで、先ほど一生懸命食いしばった歯茎が、また小刻みに揺れカタカタと小さな音を立てる。

「来年も、再来年も、その次も……また、ここで、桜を、見ましょうね」

嗚咽と歯の震えを押さえながら吐き出した言葉は切れ切れとし、まるで一言一言自分の望みを噛み締めているようで、千鶴はまたも溢れ来る涙に、堪えきれずぎゅっと両の眼を瞑った。
瞳から押し出された涙がまた口に入り、しょっぱいですね、と小さく呟いた千鶴の言葉は相槌を聞くことなくそのまま空へと消えた。

(土方さん)

願わくば。
どうか彼の閉じた瞼の裏にも満開の桜が舞っていますように、と。千鶴は閉じた自分の瞼に映る満開の桜を見ながらそう祈った。

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あきゅろす。
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