薄桜鬼小説
言の葉遊び(斉藤,沖田,土方)08.11.27
 日課となる稽古の為道場を訪れると、普段では耳にしない素振りの音を聞き、一は不思議に思い戸を引く手を一瞬止める。
稽古に集中出来る様にと他の隊士が使わない時間を好んで使用していた為、今まで誰にも出会う事が無かった道場に聞こえる素振りの音は、自分の耳に違和感しか生まず、一は無意識に眉を顰める。

(一体誰が)

何故だか自分の空間を害されたような気がして知らずに眉根に寄った皺は、道場の戸を引くとあっさりと崩れることとなるのだが、一は今度は逆に驚きでその目を丸く形どる。
不思議に思うのも、このような時間に稽古しているのも無理はないな、と一は眼前にて己の存在に気づき手を止めた人物に小さく息を吐いた。
常に稽古などしない人物が稽古しているのだ、その時間など予測できるわけがない。

「総司。おまえが稽古とは珍しいな」

一が後ろ手に戸を閉めながらそう声をかけると、総司はいつも通りの喰えない笑顔を顔に貼り付け、ああ、と一の入室を歓迎するかのように、ゆらりとその視線を向ける。

「なんだかちょっと懐かしくなってね」

言いながら総司が右手に持つ竹刀を一振りすると、びゅう、と風を切る音が道場の静かな空気に響く。

(懐かしい……?)

遠くを見るような視線と共に紡がれた総司の言葉に一は目を瞠った。
懐かしいという言葉が指すのは稽古の事なんかではなく、竹刀を振り回していた時代の事だろうと容易に想像が付き、なぜ今そのような事を口にしたのか?と、珍しく興味が沸き一は先を促すように言葉を続ける。

「懐かしいとは、弘道館時代のことか」

あえて疑問符を付けぬ口ぶりに総司は片眉をぴくりと反応させると、あはは、と声にして笑ってみせる。

「ほんと、一君は凄いよね。どうしてそこに結びつくのかなあ」

ちらりと向けられた視線が笑っていない事に気づき一が目を瞠ると、すぐに総司はまたいつもの笑みを浮かべ、敵わないなあ、と心にもない事を口にしながら肩をすくめてみせた。

「あの頃は良かったなあ、とか一君は思う事はない?」

「……」

総司の問いかけの真意を問おうとあえて無言を決め込むと、総司は特にそれを気にした様子も無く立てた竹刀の柄に両手を乗せ、床の一点を見つめながら続きを口にする。

「あの頃は確かに何もなかったけど、剣を振って、近藤さんがいて、なんだかまあ、楽しかったよね」

はは、とまた総司は薄い笑いを挟む。

「……僕はね一君、ほんとは新選組なんてどうでもいいんだけど、でもまあ近藤さんがここにいるから、僕はここに在るんだけど……でも、あの人はどうなのかな?」

一の名を口にしながらも、総司はまるで自問するように淡々とした口調で語り続けた。
最後の言葉を口にした時に、一点を見つめ続ける総司の視線が一瞬だけ揺れたような気がし、一は目を瞠ったが、すぐまた元に戻された為そこから何かを判断することは出来なかった。

(あの人、か)

名を伏せて話す総司の口ぶりから、一の脳裏に一つの疑問が浮かび上がる。
常に人を喰ったような物言いをする総司の口調からは本心を捉え難く、本心を探るのに神経を使わされることがざらであったが、なぜだか今日の総司の語り口調は分かり易すぎてかえってそれが不自然に聞こえる。

「土方さんと、何かあったのか」

本当はこんな性分ではないのだがな、と自分に言い訳しながら告げた名に、総司はぴくりと肩を揺らして反応を見せる。
普段の総司を考えるとこの反応すら偽っているのではないのだろうか?と勘ぐる事も出来るのだが、今日の総司は量り難いというのが事実だ。
名を伏せようと関係性からすぐに浮かび上がる人物に、こうも分かり易く反応するだろうか?と疑問が残るが、固まった表情を見る限り、やはり何か思う所があるというのもまた事実か。

(今更袂を分かつ事もなかろうに)

土方と総司の印象は何だと問われれば、常に総司が土方に対して食って掛かって行っているという事が一番に浮かぶだろうが、互いの原点は一緒のはずだ。
常に二人の間には近藤局長という存在があり、両翼欠けることなく支えあうという姿勢が最良だと、総司すら享受しているものだと思っていたのだが、この口ぶりからすると、土方には総司の気に入らない何かがあるらしい、と結論付けるしかなさそうだ。

「やだなあ一君。別に僕は何もないよ。僕は何も変わっていないからね」

くるりと視線を床から一に移すと、総司はまた喰えない微笑を湛えて一に向き直る。

「でも最近のあの人はどうなのかな?近藤さんより、新選組の方が大切そうだ」

肩を竦めて語られた言葉が、真実の言葉というところか。

(やはり)

双方の、というよりは、土方の近藤局長と新選組に対する姿勢の在り方に総司が疑問を持ったというところか。

「さあ。俺には別に土方さんが変わってしまったようには見えないが」

実際の所は、新選組以前を知らないのだから土方の変化など自分には測る事が出来ないというのが事実だが、総司は一の返答を別の意に取ったようで、その瞳が面白そうに半月に歪んだ。

「そうだよね。一君はいつも土方さんの意見に従うだけだから、土方さんが変わろうが変わらまいが知ったこっちゃないよね。ねえ、一君はさ、土方さんが死ねって言ったら、死ぬの?」

あはは、とまるで無邪気な子供のような笑い声で告げた言葉とは裏腹に、総司の瞳の奥に灯る何かを見つけ、一は本来なら馬鹿らしいと一蹴すべき問いかけに答えるべく、小さく息を吐いた。

「剣を振るう事しか出来ぬ俺に居場所を与えてくれたのは土方さんだ。そして俺は副長の考えに賛同したから共に行動をしている」

一は一旦そこで言葉を切ると、仕方なく先ほどの質問に答えるためにもう一度小さく息を吐いた。

「副長がそんなくだらない命令をするとは思えないが、厳しい局面でもしかしたら死ぬかもしれないという戦局にあたり、俺が出向くのが最適と副長が判断したのなら、例え死ぬと分かっていても俺はそこへ行くだろう」

総司の視線を真正面から捉えて告げた一の言葉に、総司は一瞬言葉を失くして目を丸くしたが、すぐにまたその頬に笑みを湛える。

「へえ。やっぱりすごいね一君は。そんなにあの人の事を信じてるんだ」

総司の揺れる心中が笑顔で隠しきれず、湛えられた笑みが不自然に歪む。
己が信じられなくなった物を他人がこうもあっさりと肯定してみた事が響いたのか、それとも、自分の方が信じていると思っていた気持ちが他人より劣ると感じた事に対する畏怖の念か、視線を合わせ対峙したまま、総司はまるで言葉を失ったかのように無言になった。

「……そんなに土方さんが信用できないと言うのなら、おまえが副長になればいい」

一見この場にそぐわない進言に、総司が訝しげに眉根を寄せる。

「何言ってるの?いつ僕がそんなものになりたいって言った?」

言葉の真意を測りあぐね、総司は少し声を荒げる。

「土方さんの中の近藤さんを守りたいという気持ちを疑うというのなら、おまえが同じ立場にたってみてからもう一度考えてみればいいと言っただけだ」

一が静かにそう次げると、ああそう言うこと、と少し苛立ちの混じった総司の視線が元に戻り、納得したように小さく息を吐いた。

「嫌だよ。そんな物になったらすぐに近藤さんの所に飛んでいけやしない。副長なんて物は土方さんがやってればいいんだ。副長なんてのは、苦労好きで面倒くさがりのくせに面倒見がいい、土方さんみたいな人がやってればいいんだよ」

僕はごめんだね、と総司は心底嫌そうな顔をすると、手にした竹刀を担いで戸の方へ向かうべく歩みを進めようとした時、勢いよくその戸がガラリと引き開けられ、総司はその足を止める。

「おまえら、こんなとこに居たのか。会議始めるからさっさと集まれっ」

飛び込んできた大声に一も振り返ると、視線の端で総司が面白そうに口許を歪めたのが見えた。

「土方さん、いつからそこにいたんです?」

「はあっ?今来たばっかだよっ」

総司の口調にむっとしたように土方が答えると、へえ、と総司が面白そうに相槌を打つ。

「まあ別に、土方さんがいつからいようがいまいが、僕の意見は変わりませんけどね」

けらけらと笑いながらそう告げると、総司は動きを取り戻し、大股で外へと向かい歩みを進める。
戸口に立つ土方の横を通り過ぎた総司の背中に土方は、

「総司っ。おまえサボんじゃねーぞっ」

と怒鳴りつけると、

「斉藤、おまえも早く来いよっ」

と中に残る一にもそう言葉を残し、忙しなく稽古場を後にした。

(やはり総司は総司だったか)

分かり難い言葉に隠された分かり易い感情と、分かり易い言葉に隠された分かり難い感情、どちらも一見測り難いが、そこに共通して通づるものは。

「やはり副長は土方さんにしか出来る物ではないな」

あんな扱い辛いものを長年扱ってきたとは、と更なる敬服を込めて息をを吐くと、稽古にならなかった稽古を終えて、会議に参加すべく一も稽古場を後にした。


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あきゅろす。
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