薄桜鬼小説
正義の味方(沖田×千鶴)08.11.3
 久々に町に下りてくると、人々の活気が新鮮で面白い。
江戸や京に住んでいた頃は日常の風景であった物が、雪村の里に住居を移してからはなんだか珍しい物になってしまったなあ、と千鶴はきょろきょろと辺りへ視線を巡らせる。

(それに……)

千鶴は自分の着物に視線を落とすと、ふふ、と自然と頬が緩む。
新選組の隊士らと共に生活していた時は、諸々の利便性の為男装を続けていたので常に袴姿であったが、ここではその必要がない為従来通り女性の格好を出来る事を嬉しく思う。
もちろん、京の芸子さんのような煌びやかな着物を着る事は出来なかったが、薄い桃色に桜模様のなんとも女子が好みそうな柄は、千鶴の心を躍らせる。

それにしても、と千鶴はもう一度くるりと周囲へ視線を巡らせると小さく首を傾げる。

「遅いなあ」

ちょっと待ってて、と総司が言い残して千鶴の元を去ってから、四半刻は経っているのではないだろうかと、未だ姿を現さぬ総司に千鶴は少し不安を覚える。
ここから里へ戻る道は覚えているので一人で帰る分には問題は無かったが、どこかで総司が倒れてはいないかと、そればかりが頭に浮かぶ。

「ねえ……」

「総司さんっ?!」

千鶴が不安に表情を曇らせたと同時に、ぽんと後ろから肩を叩かれ、千鶴はそれが総司だと疑いもせずに満面の笑みで振り返る。

「……あれ?」

が。視線の先に映る見ず知らずの男に、千鶴は状況を掴めずに一人目をぱちくりとさせた。

「えーと……」

(誰だろう?)

この地に知り合いなどいただろうか?と千鶴は考えを巡らすが、総司と二人身を寄せるように辿り着いた土地に、千鶴の脳裏には誰も目ぼしい者の姿は浮かびあがってこなかった。

「おっ、やっぱり前から見てもべっぴんさんだっ。なあ姉ちゃん、こっちに来てちょいと酌でもしてくれねえか?男ばっかで華がねえんだ」

頼むよ、と一見懇願するような台詞ではあったが、千鶴の肩に置かれた男の手には先ほどより力が込められ、逃がすものか、と言っているようで内心焦る。

「えっ、あの、ちょっと、離してくださいっ!!」

男装姿が長すぎたせいか、慣れぬ扱いを受けしばし呆けていた千鶴は我に変えると、両の手を添え肩から男の手を外そうと試みる。しかし所詮女の力が男に敵うはずもなく、努力空しくその行為は男の下卑た笑いを誘うだけだった。

「おいおい、別に無理にとは言ってねえんだぜ?」

なあ、と男は少し離れた所にいる仲間に同意を求めるように言葉を投げると、そうだそうだ、と彼等も下品な笑いを浮かべる。

(ど、どうしようっ?!)

昔のように小太刀も持ち歩いていないが故、男達に対抗する術も無い。自分達の周りに出来つつある人垣に、助けを求めるような視線を送るが、交わればそれは気まずそうに逸らされるのみだ。

「なあ、いいだろう?」

男の腕に一段と力が入った瞬間、千鶴は、もう駄目だと両の眼をきゅっと瞑った。

(総司さんっ!!)

「なんなら、僕が相手してあげようか?」

(あ)

千鶴は聞き慣れた声に弾かれるように顔を上げると、すぐ後ろに立つ総司と目が合う。

「待たせてごめんね」

総司は小さな声で本当に申し訳無さそうな顔で詫びを入れると、すぐさま冷徹な視線を男に向け、いとも簡単に千鶴の肩に置かれたその男の手を外す。
そして、男の手と入れ替えるかのように優しく千鶴の肩をその手で包むと、上体を屈め千鶴と同じ目線の高さから男を睨みつける。

「……なっ、なんだよてめえはっ。いきなり現れて正義の味方のつもりかっ?」

総司の刺すような視線に男は一瞬怯んだが、数で勝てると踏んだのか、少し引きつった笑いで後ろに加勢を求めるように同意を促すと、

「兄ちゃんかっこいいなあ!!」

と、男達の一人から、からかうような声があがる。

「正義の味方?悪くない響きだね。じゃあ君達も成敗される前に立ち去ったら?」

男の言葉を、ふうん、と面白そうに噛み締めると、総司はいつもと変わらぬ笑みを湛えてにこにこと男達を見やる。

(ああ、この人達もう引いた方がいいのに)

笑顔が笑顔の意をなさない人だって世の中にはいるのに、と千鶴は眼前で粋がる男達にそっと胸中で溜息を吐く。
総司の一見優男風の外見に、誤って勝機を見つけてしまったのか、向こうに座っていたはずの男達も加勢に付くと言わんばかりに男の後ろにニヤニヤと並ぶ。

「先に声をかけたのは俺達だぜ?順番は守ってもらわないとな」

「そうそう。横取りは良くないぜー?」

だよな、と他の男達からも同意の声と笑いが起こる。

「へえ」

短い呟きと共に、ふっと、千鶴の顔の横にあった総司の気配が消えた。千鶴が盗み見るように上を仰ぐと、顔に浮かべる笑顔の見た目は先ほどと変わらないが、その眼光が若干鋭くなっているような気がして、千鶴は、はあと息を吐き視線を落とした。

(ああだから早く引いた方がよかったのに)

千鶴の深い溜息は、もちろん引き際を完全に間違えた哀れな男達に対してだ。

「確かに、横取りはよくないね」

千鶴の肩に手を置いたまま総司が笑顔でそう言うと、

「なんだ兄ちゃん、話がわかるじゃねえか」

と、総司が体勢を変えた事をなぜだか好意的に受け取った男が、千鶴を引き取ろうとこちらの方に手を伸ばす。

「でも、人のものに手を出そうとするのは、もっとよくないんじゃないかな?」

「ひっ!!」

総司は千鶴に伸びた男の手首を掴むと、頬に湛えた笑みを引っ込め、その視線に殺気を宿らせる。いくら戦の場から離れた所に暮らす男達といえども、新選組現役時代と同等の殺気にあてられれば、それが何かとわからずとも、ただならぬものを感じたのか、つい今しがたまでニヤニヤとした笑みを浮かべた顔は引きつり、言葉もなくじりじりと後ずさる。

「そうだよね?」

総司は手を掴んだ男に笑顔でそう告げたが、その笑顔が逆に恐ろしかったのか、はたまた手に込められた力から総司の力量を推し量ったのか、男は余裕の笑みを恐怖に歪めてどうにかその手を振り払うと、

「お、覚えてろよっ」

と、いかにも悪者風の安っぽい台詞を残して、先に逃げ出した男たちを追うように人ごみをかき分けて走り去った。

「ごめんね、遅くなって」

総司がまるで何事もなかったかのように遅れた事への侘びを千鶴に入れると、今まで事の顛末を見守っていた人垣も、蜂の子を散らすようにまばらになった。

「いえ。それより、総司さんこそどこか具合が悪くなったんじゃないんですか?」

千鶴は今しがたの男達の件などすっかり忘れたかのように、先ほどからの心配事を口にする。自分に心配をかけないようにとどこかで休んでいたのであれば心配でもあるし、それよりもその姿を隠された事が悲しい。

「ああ、違うよ。これを買いに行ってたら、ちょっと時間がかかっちゃって」

ありがとう、と総司は千鶴の心根に目を細めると、手にした徳利を掲げてみせる。

「お酒、ですか?」

きょとんとした千鶴に総司は小さく頷く。

「水が綺麗だと酒が美味しいって言うから、一緒に飲もうかと思ってね」

有名な店だったから買うのに時間がかかっちゃって、と総司はその時の苦労を思い出したのか肩をすくめてみせる。

「あ、じゃあ、私帰ったら何かつまみになるもの作りますねっ」

一緒に飲もうと誘われたのが嬉しくて、千鶴は両手を胸の前で合わせて笑顔になると、総司も嬉しそうに更に目を細めた。

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あきゅろす。
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