[携帯モード] [URL送信]
とある木曜日の非日常









「……悪いね、本当…」
「あーあー本当にな…」


気分は最悪。相手の状態も状態で余り強く言えない自分に苛立ちが募る。
一人暮らしをするには広めの一室にあるベッドの中で、望月朧は赤い顔でふふ、と笑みを浮かべた。




普段連絡など一切来ない筈の相手からメールが来たのは昼前のことだったか。
何事だとメールを開けば内容の欄には本人のものと思われる住所と電話番号とたった一言、『すまないがメロンパンを買ってきてくれないか』の言葉。
は?となる。当然だ。ご丁寧に住所と電話番号まで書いてあるということはそこまで持って来いということなのだろう。他人に使うお金など持ち合わせているわけもない俺に頼んでいることが些か不可解だがそんなことよりも問題はこれが果たして使いっパシりに当たる行為であるかどうかだ。

(芸能人だからって何をしても許されると思ってんじゃねーぞ…)

沸き起こる不快感を抑える術を俺は知らない。最悪そういうことはマネージャーに頼めば良いだろうに、出会って間もない(しかも「あんな」稀有な形で知り合ってしまった)相手を使うとは何事だ。あほだ変態だとは思ってはいたがここまで非常識極まりない奴だったなんて。オジキが聞いたらお前が言うなと苦笑しそうな発言だが、俺は自分のお金で生活することが出来ないだけで世間一般でいうところの常識は持ち合わせている、つもりだ。

気がつけば記載されていた番号に電話をかける自分がいた。相手が芸能人だとか、もしかしたら今は仕事中なのかもしれないとか、そもそもただのいたずら紛いのメールだったのかもしれないとか、そういうのは全部無視だ。もし電話に出たら即刻文句の一つでも言ってやる。電話代が俺持ちとなるのが納得のいかない点ではあるが最早相手からの連絡を待ってやる余裕はない。

コール、七回。そろそろ切るべきか、若しくは留守電にメッセージを残すべきか悩んでいたところで耳元でブレること無く響いていた音が、不意に途切れる。
出たのか、留守電に繋がったのか。判断する暇も無く俺は口を開けて、



『ごほっ』


耳に入れた声とも取れない音に、喉のすぐそこまで来ていた筈の文句は敢え無くただの息となって、融けた。











変人にしては意外とまともな部屋だ、というのが扉を潜って最初の印象だ。

あの後――結局文句の一つも言えやしなかった――嗄れ気味な声音に頼まれたことは、要約するとまさしくメールに記された通りの内容だった。

今込み入った用事が無いのであれば、悪いけれど家にメロンパンを届けて欲しい、お金は必ず返すから。

相手の様子から風邪をひいているか喉を痛めているか、仕事中ではなく自らが身動きの取れない状況である以上恐らくは前者なのだろう。聞き取るのもやっとの状態で話す男の頼みを切り捨てられる程俺も非道な男ではない。玄関は開けておくから好きに入ってくれの言葉通りにいとも容易く開いた扉に内心で嘆息する。この男は一応今人気の若手俳優だという意識を持っていないのだろうか。鍵は内側からしっかり閉めておいてやる。

(って、今はそんなことどうでもいいんだっつーの)

それよりも今は生きているかどうかを確認しておかなければ。(万が一何かしらの事件が起きていた場合真っ先に疑われるのは第一発見者である俺だからだ、とまで考えて、先刻までのどうでもいい考えが頭から抜け出ていないことに気が付いた)

「おい、えーと…望月朧ー、生きてっかあ………………おい、」
「ん?…ああ、霧崎」



病人は病人らしくベッドに寝転んでいる筈。そんな世間のテンプレートを丸ごと放り投げるかのようにあいつは何故か洗濯物を取り込んでいた。俺はメロンパン(入りビニール袋)を地面に叩き付けた。

「やあ、来たね」
「来たね、じゃねえよ!病人は寝てろ!」

年上、それも男相手に体調を危惧した言葉を放つ日が来るとは思わなかった。男物の衣服を幾つか抱える腕を掴むとやはり常温よりも熱い。

「霧崎、服が」
掠れた声での呼び掛けに一々振り返ったりはしない。
「後で拾えばいいだろーが」

腕から零れ落ちる服は気に留めずずかずかと足を進める俺に、先程の制止の声以来大人しくついてくる様子を少し意外に感じながらも何も言わずベッドまで運ぶ。ベッドに入るよう促すと「悪いね」なんてちっとも悪びれてないように呟くからこちらも「あーあー本当にな、」とぞんざいに返す。ベッドに入ったのを確認して部屋から出ようとすると君は何処へ、と言うのでわざとらしく溜め息を吐く。

「あのなー、病人でも食べれそうなもんを作んなきゃなんねーだろが。何故か俺が。…それに、さっき落としてった洗濯物も拾わなきゃなんねえし、それ以外にもやることがあるだろうし」
「食べるのはメロンパンじゃ駄目なのか?」
「やっぱわざわざメロンパンを買わせたのはそのためかよ…!あーもうメロンパンは喉が治ってからにしろ、栄養取んなきゃなんねえのにパンしか食わねえとか自殺行為だからな」

言うだけ言い、落とされた洗濯物を順に拾いながらキッチンへと向かう。後で畳めばいいかとシックな造りの椅子の上に適当に重ねてから台所を見やるとその場にそぐわない違和感が一つあることに気付き思わず凝視する。

(………お粥?)

こんな、病気の時でもメロンパンを食べたがるような男の家にお粥?自分で作ったのか?いやまさか、だとしたらわざわざ俺にメロンパンを請う必要が無い。食べた形跡の無いままでまだ仄かに熱が残っている。ますます謎が深まりはしたものの、とにかく今は予め用意されたものは最大限に活用しようという意見に固まる。小鍋の中のお粥(野菜や卵も入っていて身体にも優しそうだ)を適度にあたためてから茶碗に移す。目の前のこれをどうしたかは食べさせる前に本人に聞けばいいのだ。
忘れないように水と体温計、を手に持ち寝室を覗くと寝転んでいた朧がゆっくりと顔を上げる。洗濯物を取り込んでいたところも含めて考えるとどうやらあまり眠気は感じていないようだ。とはいえ治すには寝ることが重要視されるのでその件に関してはこの男が何かを食べてから諫めようとは思うが。


「なあ、このお粥なんだけど」
そう持ち掛けて茶碗を眼前に示すと目を丸くさせながら「君が作ったのかい?」なんて聞いて来るものだから今度は俺が目を丸くする番だ。

「ちげーよ、キッチンに置いてあったんだ。…てか、お前も知らねえってんなら一体誰が……」

不意に人気俳優の自宅に不法侵入した女、という想像が頭を過ぎり背筋を汗が通る。いやいや、そんなまさか、第一こいつは起きていたんだ有り得ない。一方恐ろしい考えなど全くしていないのだろう、宙を見つめ逡巡したのも一瞬のことで朧はああ、と何かを閃かせる。

「なんか心当たりでもあんのかよ」
「うん、多分だけど間違いないと思うよ、うん…それ、松本さんじゃあないかな」
「……マツモトサン」

恐らくは字的には松本さん。或いは松元さんだろう、そんなことはどうでもいいのだけれど。
僕のマネージャーさ、そう言ってのける朧に綯い交ぜた感情を抱く。怒りたいのか泣きたいのか笑いたいのか自分でも分かっちゃあいないが一つだけ言えることがあった。

「…お前さ」
「なんだい?…けほっ」
「マネージャーが来たならそっちに頼めよ、メロンパン!」

そうか。そりゃあそうか。
この男が余りにもらしくないから時々失念してしまうだけであって、普通なら芸能人の仕事に関してはマネージャーたる存在が管理している筈だ。仕事のキャンセルだってあくまで本人ではなく彼女、或いは彼かもしれない、が行ったのだろう。それも何も言わずにお粥を作っていてくれるような人だ、こいつの相手を出来る程度には世話焼きだと分かる。だとしたらコンビニで五分とせずに調達出来るメロンパンの一つや二つ、簡単に用意してくれるだろうに。

「僕が頼む前に松本さんがここまで来てしまったんだよ。病人だからかメロンパンは持って来てくれていなかった…メロンパンならいつだって食べられるのにだ!げほっ」

どうやらそのマネージャーは正常な思考回路の持ち主のようで少し安心する。
こいつのメロンパンに対する異常な愛情は置いといて、今はマネージャーのマツモトサンが作っておいてくれて俺があたためてやったお粥を食べるように促すと存外素直にスプーンを口に運ぶ。お腹が空いていないわけでは無かったようだ。
「…美味しい」「だろ」
だろ、なんて。俺が作ったわけではないのだけれどどうしてか口元が緩んだ。

「腹減ってんなら全部食え。で、その後は水分摂って熱測って寝ろ。あ、薬は飲んだか?」
「松本さんが来た時に…彼女が持って来てくれたものは」
「じゃそれで様子見だな」


一応一段落はついたというところか。ベッドの端に座りようやく一息をつく。そういえばここに来てからはずっとてんやわんやで落ち着く暇も無かったことを思い出す。携帯電話の時計を覗くと此処に来てからまだ三十分も経っていなかった。てっきり当に一時間は経っているかと思っていたため少し驚く。まだそんなものなのか。

「――ん…?」

伸びをしてからふと隣りに目をやると綺麗に視線がかち合う。どうやら先刻から見られていたらしい、なんだ。何かしただろうか、俺。

「…んだよ」思わず訝しむような口振りで問うと朧はお粥を頬張る口をもごもごと動かしながら言葉を紡ぐ。

「いや…まさか本当に来てくれるとは、思ってはいなかったから」
「…はあ?」

文字通りぽかんと口を開く俺に、こいつは笑う。

「君はメールを無視するだろうと思っていたんだ。良くて電話口で怒鳴られるかな、とかね。でもメロンパンを買って来てくれるだけじゃなくて色々してくれて、意外と面倒見がいいんだなって思って」

そこまで言うと一旦飲み込むために言葉を止める。
俺は思考する。そんな、そんなの、本当は怒鳴ってやりたかったさ、ただ俺は流されてしまっただけだ。
そんな俺の心境も知らずに朧は言葉を続ける。

「ありがとう、感謝しているよ。それに…ほら、こういう時に松本さん以外の人が家まで来てくれることなんて無かったからさ。メールとかで心配してくれる人はいたけど、弱ってる時に誰かが側にいてくれることが…こんなに嬉しいこと、だなんて…」
「…眠いなら寝とけって」

話している途中に眠くなったのだろう、瞼が下り始めた朧の手から食器を受け取る。静かに身体を倒してやると熱い手に自分の手を掴まれてしまう。

「頼みがあるんだ」
「なっ、んだよ…」

動揺が隠せていないのが自分でも分かる。
朧は最早途切れ途切れにしか繋がってないであろう意識を、それでも確かに繋ぎ止めて俺に請う。

「僕が寝るまででいいから、…隣りにいて…くれ、ないか…」


そう言うやいなや朧は完全に目を閉じる。本当に寝てしまったのだろう、名を呼んでも返事は無い。

「ったく、自分の言いたいことだけ言いやがって」

溜め息を零して再度ベッドの端に腰かける。手は繋がれたままで、振っても離れる様子は無い。

「病人一人置いて、鍵を開けっ放しにして出ていくなんて出来ねえだろ」


その言葉がここに残る口実だとは思いたくない。繋がれた手の熱さが今ではすっかり同化してしまっていることにも気付きたくない。
もう面倒を見るのは御免だから次に目を覚ます時には治ってろ、なんて呟きながら携帯の液晶を眺める。きっと起きるまではまだ長いのだろう。
本日幾度目かも分からない溜め息をつく。だが不思議なことに、不快感はこれっぽっちも無かったのだ。








end.

-------------
甘……?
朧の変態度が 足りない!

タイトルは、朧が来てくれるとは思っていなかったカブトを呼んだ理由から…なんですけど、某作品をもじったような名前になってしまいました…。
平日のお昼だからドリフト高校生トリオには頼めなかったんですという補足設定。

大変長い間お待たせして申し訳ございませんでした…!
リクエストありがとうございました!




10000hit thanks!!




第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!