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スカイ







最後の記憶は焼かれた喉の痛みと煙たい空気、そして圧倒的な絶望感。
あれ程死ぬことに恐怖を覚えていたにもかかわらず、いざ間際に直面すると嗚呼俺死ぬのか、なんて何処か他人事のように考えていた。

それなのに―――目を覚ますと全てが終わっていたんだ。



空は変わらず澱んだまま、街も見るも無残な姿で時折建造物の残骸と思しきものが窺えるだけ。
そんな絶望の二文字を突き付けられるような未来の中、唯一無二と言っても過言ではない希望がそこに在った。


「では、アゲハさんたちの目的である公衆電話を捜します。出発は十五分後。各自準備をお願いします」

そう指示を出したのは確かマリーという名の美少女。アゲハ曰く彼女がエルモア・ウッドの子供たちの中でもリーダー格らしい。彼女はアゲハに惚れているようで(見ていれば分かるくらいあからさまだ)アゲハもアゲハで満更ではない様子だった。鼻の下が伸びていたことは後で突っ込んだ方が良いのだろうか。
さて、十五分、どうしよう。

(…アゲハは…、姿が見えねえな。何処にいんだ?)

こんな時にも真っ先に思い付くのが可愛い可愛い女の子でなく可愛らしい要素など一つも無い野郎だというのだから俺も相当末期だ。

(ま…適当に歩けば会えっか)

考えてみれば俺はこの根と呼ばれる場所のことをよく知らない。だから散策がてらアゲハを捜してみることにした。












てっきりアゲハは人々の輪の中にいると思っていたので、一人でいるのには正直少し驚いた。

「……、カブト」
「よ。隣り邪魔すっぞ」

空を見上げるアゲハの横に腰掛ける。同じように上を見るが特に面白いものでもない、広がるのは変わらない澱んだ空だ。俺たちの世界のものとは違う空。いずれこうなる果てのもの。

「何だよ。お前ならマリーやフーの所に行くと思ったぜ」
「俺も、お前が一人でいるとは思ってなかったけどな」
「んー、まあな…そりゃそうか」

煮え切らない返事に訝しげな視線を送る。アゲハらしくもない。高校生らしからぬ決断力と行動力を持つのがこいつの性質なのに(この世界に関わった目的が金ではなく雨宮ちゃんを助けるためだと聞いた時には耳を疑った)。

不意に空に向いていた瞳がこちらに視線を移す。お前さ、呟くように言葉を紡ぐ様子はやはりらしいとは言えない。

「なんだよ」
「いや。…怪我はもう大丈夫なのか?」


怪我。
と、いうと恐らくは大爆発をまともに受けた時のものを指しているのだろう。確かにあの時の焼けるような痛みは尋常ではなかった。嗚呼こりゃあ俺死ぬな、とも思った。だがそれも意識を失う少し前までの話だ。

「見りゃあ分かるだろ、もうヘーキヘーキ。キュア使い様様ってやつだな」

絶望的な状況を覆した少年少女を思い起こす。確か金髪碧眼の少年が俺たちの怪我を治したキュア使いだ。俺の火傷だけでは無く喪われたアゲハの足を再生させたのだと聞いた時は驚いた。一概にキュアと言っても朧のものとは違う再生能力。
傷は完治してしまっているのだから痛いところなどあるわけが無い。アゲハも治して貰った側の人間なら分かっているだろうに尚も瞳は揺れたままだ。

「確かにヴァンのキュアは凄いけどさ、万が一少しでも違和感があったりしたら直ぐにヴァンに言えよ。現代に戻ってから何処かおかしくなっても、治せるかわかんねえんだからな」
「あ?あー、うん。…つか、なんかお前変じゃ………、」

言いかけて、逡巡する。確信は持てないが一つの可能性に思い至る。
いや俺相手にそんな、まさかでも、アゲハなら有り得ないことも無いと言えてしまうのが怖い。
知らず喉が潤いを欲した。これで違うと言われたら俺はただの恥ずかしい勘違い野郎だ。


「お前……まさか心配とかしちゃってんの?俺のこと」


指をさして問い掛けるとアゲハの動きが止まる。動きだけではない、何も喋らない。イエスかノーで答えてくれればいいのに信じられないものを見るかのような瞳で俺の方を見つめてくる。
嗚呼、沈黙が痛い。違うなら一思いに違うと言ってくれ。自覚はしているのだ、自分がとんだ自意識過剰な発言をしているということを。

俺のことを心配してくれる“他人”なんて今までいなかったのだから。



「っあだ!」

ぺし。音にするとその程度の力で頭をはたかれる。勿論隣りの男の仕業だ。何故か憮然とした表情でこちらを睨みつけてくるのに少し怯んでしまう。


「い、いきなりなにすんだよ…!」

睨みたいのはこっちだっつの!そんな気持ちを込めて視線を投げ掛けるとアゲハはもう睨み返してはこなかったが代わりに呆れた様子で深い溜め息をつかれる。さっきから何なんだ、俺が一体何をした。
そして、戸惑ってばかりの俺にアゲハは更に爆弾を投下するのだ。

「なあ、ちょっと手貸せ」
「は?…ってちょ、おい!」

言うが早いか俺が返答をするより先に片手をさらっていく。俺の骨張ったものとは違う手からは温かく、心地良い子供体温が伝わってくる。所々にかさぶたや傷跡が窺えるそれは実際よりも大きく感じられ、守る側の人間のものだ、などとぼんやり考えさせられる。本来一高校生の持つ手だとは思わないが、持ち主がアゲハとなると妙に納得してしまう自分がいた。


(…じゃねーだろ、俺っ!!)

自分自身に叱咤する。無自覚とはいえ現実逃避も甚だしい。捕らわれたままの手を引こうとするが存外強い力で掴まれているようで解放してくれない。

「は、離せって……っ」
「…やっぱ火傷とか傷とか全部元通りになってるんだな」
「は………、ん、なの」

そんなことは自身の足を見れば分かることではないか。その足こそ焼失した状態から再生した産物だ。
言いたいことが口から吐き出せなかったのは俺が何か言う前にアゲハが言葉を紡いだから、そして―――



「良かった……生きてる」



―――悔しいけれど、アゲハの言葉に言いたいことも何もかも吹き飛んだからだ。

「心配、な。するに決まってんだろばあか。俺を庇って目の前で死にかけられたこっちの身にもなれって、お前全然起きねーしさ」
「………!」

アゲハの話だと確か俺は九日間眠りっぱなしだったと言う。その内六日をサバイバルゲームの元凶でもある女を救い、逃げられてしまうまでに費やしたとしても三日の間、二人はただ俺が起きるのを待つそれだけのために此処に居続けたことになる。そしてアゲハは俺が目を覚ました時には既にベッドの側にいた。

(…待ってたってのか?俺が起きるのを隣りで……ずっと)

じわり、拡がる名前の分からぬ感情には気が付かないふりをする。知らない内に手に汗をかいてしまっているから早く振りほどきたいのに願いは叶わない。

「……でも、ありがとな」
「なっ、」
「礼、まだ言ってなかったから。お前が助けてくれてなきゃ俺死んでたからな。怖かったろ、死の脅威が視えるとこに突っ込むなんて」
「…怖くは…無かったけど」


怖くは無かった。
そう言えば強がりかと思われるかもしれないがあの瞬間、確かに俺の頭の中から恐怖の二文字は消えていた。直前までアゲハなら大丈夫だとかきっと勝てるだとか、散々言い訳をしては逃げ出そうとしていたのに。あの時、一瞬だけ視界に映った景色に恐怖も言い訳も何もかもが単なる戯言へと化した。

――アゲハ、足が――

“カブト”
“もし生きているのなら”
何故か頭にフラッシュバックしたのは未来で見つけたオジキからの最期の伝言。片足が義足のオジキがもう一方の足の自由までも奪われながら、世界の崩壊を見届けたのちいまわの際に遺した生きているかさえも分からない俺へのメッセージ。
そこから先は、アゲハには言わないけれど…正直無我夢中だったとしか言えない。冷静になってみると恥ずかしい、それでも正真正銘俺が本心のままに行動した結果だ。後悔もしてはいない。

「けど、何だよ」

催促に思考を中断させる。考えていた内容が内容だったので上手く対応出来たか分からない。

「お、おう…今考えるとすっげえ凄惨な目に遭ってたんだなって。寧ろ今思い出す方が怖いかもしんね……………あ、」
「!どっか痛いのか?」

小さく声を漏らした俺に身を乗り出して問い質す、どうやら思っていた以上に二人(雨宮ちゃんも、いい子だからきっと)は心配してくれたみたいだ。変にくすぐったい気持ちになりながらアゲハの問いをやんわりと否定し言葉を続ける。

「そうじゃなくてさ、えと」
「はっきり言えって。問題があったらどうすんだよ」
「や、だからそうじゃなくてさ、あー…」

言い辛いから言い淀んでいるんだって、そんな言葉こいつには届かないと思うから言うしかない。

「…笑うなよ?」
「は?笑わねえよ」

至極真剣に返してくれるアゲハに少しだけ申し訳なくなる。決してそんな顔してもらうような用件じゃあ無いんだ。



「あ……あのー、さ……腰抜けた…」

「………………」

沈黙、再び。
しかし、今度のそれは短いものだった。


「……………ぶふっ」
「あ!笑うなって言ったろ!!」
「や、だってお前、今!今かよ!おせえー!」
「だあああっ!これだから言いたくなかったんだ!!」

自分でも遅すぎる反応だと分かっている。だから治るまで黙っておこうと思ったのにこいつがとことん食い付いてくるんだ。俺は悪くない。
先刻までの真摯な姿は何処へ行ったのか、一転ゲラゲラと笑い転げるアゲハを睨み付ける。真剣に心配してくれたお前に感動したり、ドキドキしたりした俺が馬鹿みたいだ。みたいではない、ただの馬鹿だ。

「お、お前なんて嫌いだ…!」

俺が震える声で吐き出すと、唇は弧を描いたままに目尻に浮かぶ涙を拭いながら(笑い過ぎだろ!)謝罪の言葉を述べられる。わりわり、という実に軽い謝罪ではあったが。

「んじゃ、お前が歩けるようになったらみんなの所に戻るか。そろそろ出発の時間だろうし」
「…その言い方ちょっと嫌味っぽいぞ。つか先に戻ってろよ」

俺としては善意から言ってやった言葉なのにアゲハは曖昧に笑いながら「俺ももう少しここにいる」と言う。物好きな奴め。おまけにほっとけない病。

動けるわけでも無し、アゲハも隣りから動く気配が無いため再び空を見上げる。やはり、相変わらずの澱んだ空だ。

「…この空が」

俺がこの場所に来た時と同じ眼でアゲハも上を見る。真っ直ぐな瞳に頭上の空はどのように映っているのだろうか。

「この世界の空が、青い日が来ると良いって思うんだ。たとえあいつらから世界崩壊の過去が消えなくても…、それでもあいつらにとって今の空はここにしかない」
「!…アゲハ、」
(嗚呼、そうか)

世界は繋がっている。
俺たちの世界の空とこの空は――違ってなどいなかったのだ。ちゃんと繋がっていたのだ。
真上から視線を外さずに脳裏に現代の空を思い浮かべる。腹は括った、アゲハを庇ったあの時に。

「なあ、俺」

現代を世界崩壊から救うためだけではない、そう分かったのはつい先程のこと。いまいち決まらないがこれが今の俺の精一杯だ。


「俺…、今度は逃げない」

声は震えていた。きっとアゲハも気が付いたに違いない。

「別に今回は逃げてないだろ、俺のこと助けてくれたし。…でも、うん、そうだな。俺、カブトのこと信じてるぜ」


それでも俺の目を見て笑いながら信じていると言ってくれた男に内心で感謝して、俺も笑う。
俺たちの上に拡がる空が少しだけ晴れた気がした。








end.

―――――――――
最近×と+の境目が分からなくなっております。あ、あれ…
この作品のリクエスト内容がカブト受けということで、当初は途中分岐有りで三種類程のカプに分かれる(ただし一つずつの話は短い)筋書きだったのですがアゲハの時点で長いな…となってしまいまして、結局アゲカブへと落ち着いてしまいました。若し総受け風味のものを想像していらしたら申し訳ないです…。


リクエストありがとうございました!長い時間お待たせして申し訳ありません…!




10000hit thanks!!




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