□リクエスト小説@
2P
すっと開けられた障子の中を覗いて、俺も親父もまた声がでなかった。
とにかく何畳あるかわからないぐらい広い畳の部屋に、これまた何人いるのかわからないぐらいの人間がひしめきあっていた。
「この人数ですからこれを」
初老の男は、俺にナンバープレートを渡す。
「げっ1859番!ってことは、最低でも1859人は面接に来てるってことか。
こりゃ無理だぞ親父」
「何を今から弱気になってるんだ。
結果が出たわけじゃない」
そう言いながらも、親父もこの人数に圧倒されているようだった。
◇
そして2週間後、俺は信じられない場所にいた。
「おめでとう君に決めたよ」
差し出された手を俺は握る。
女のように白く指が長く繊細な手。
そう人間国宝といわれる人形師の手を。
初めてあの面接会場(屋敷の一部屋)で見たときも思ったが、芸術を極めた人間はこうも人間離れしているか。
俺の目の前にいる人形師は、もうすぐ50歳になるというらしいが、どう見ても俺とさほど歳が変わらないように見えた。
黒く長い髪を後ろに一つに束ね、長めの前髪を中心で分けており、隙間から覗く目は理知をたたえ、整った顔はその辺、いや女優やモデルでさえも嫉妬するであろうほどの美貌の持ち主だった。
「あっありがとうございます。
でも一つ聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
人形師はにこやかに笑う。
「えっと、なんで俺を選んだんですか?」
「おっおい秀そんなこと今聞くことじゃないだろ」
隣に座っている親父が、慌てて俺の腰をつついた。
せっかくモデルに決まったのに水をさしたくなかったのだろう。
「私が求めていたモデルは、良いことは良い、悪いことは悪い楽しい、嬉しい、悲しいときちんと判断し表現できる人間なので」
人形師のはっきりとした口調に、俺は妙に納得した。
「納得されたようなので、ではとりあえずモデル料の半分を前金でお渡し致します。
後藤、小切手を」
後藤と呼ばれたのは、俺たちを部屋まで案内してくれた初老の男だった。
「はい、それではこれをお納め下さい」
俺は親父が受け取った小切手をチラリと見てギョっとした。
いちじゅうひゃく…ごっ五千万円!マジかよ。
前金で半分。
ということは全額だと一億!
俺は面接の時の異様な雰囲気に、今更ながら納得した。
他の奴らが目の色変えてたのも頷ける。
「では、明日から2ヶ月間、君は私の新作の人形のモデルとしてこの屋敷に住み込んでもらいますので宜しくお願いします」
こうして俺はこの屋敷に住み込むことになった。
これが俺の悪夢への第一歩だとはわからずに…
◇
「私のことは好きに呼んでもらってかまわないよ」
人間国宝の人形師は俺に向かって微笑む。
人形師 紫藤院 清華(しどういん せいが)。
これが本名らしいが、そういわれても俺としてはどう呼ぶか困った。
「じゃあ、紫藤院さんとでも」
「…んっ君がそれでいいなら、その呼び方でかまわないよ。
では君の部屋へ案内しよう」
俺が案内された部屋は、20畳もある和室で、置かれた調度品もなにやら細かい細工が施してある高級そうな家具ばかりだ。
現代っ子の俺としては、少々落ち着かない部屋だ。
「君にはちょっと居心地が悪いかもしれないね。
何か入用なものがあれば用意するから、遠慮なく言ってくださいね」
「はっはい」
「それから、ここではこれを着てもらえるかな?」
紫藤院さんが箪笥を開け中から着物を取り出す。
「えっと俺、着かたがわからないんですけど、旅館とかで着る浴衣みたいな感じでいいですか?」
「ああ、かまわないよ。
だけど下着はつけないで欲しいんだよ」
「ええっちょっマジですか?」
「いつでもモデルになってもらえるようにね。
いちいち脱いだり着たりなんて面倒だろ」
「はぁ…でもなんだか心許ないなぁ」
「大丈夫ここには女性はいないから」
俺は苦笑いした。
(こんな慣れない場所で慣れない着物きて、思ったより大変そうだな。
だけど一億貰うからには従わないとまずいよな)
「わかりました」
俺は大きくうなずいた。
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