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海とバレーボールと

※鉢+久々と5年、高校生



俺の住む町は海が近い。県内でも比較的有名な場所でこの時期になれば相応の人で賑わう。
夏休みでも学生なら毎日部活動に汗水垂らすのだろうが、俺らの所属する弱小バレー部は週3で練習がある程度であった。

だからこうして暇をもて余し、浜辺でお遊びバレーをしている。集まるメンバーは決まって自分と雷蔵とはちの3人。せっかく浜辺にはビーチバレー用のネットが張られているのに使うことはあまりない。

「なー宿題どこまでやったー?」

大きく弧を描くボールを目で追いながら、竹谷の質問に答える。こういう質問をする奴は大抵自分はしていない。同じ境遇の奴と共感したいから質問をする。しかし竹谷の共感は叶わない。何故なら鉢屋は大方宿題を済ませていた。

「殆ど終わった。あと科学のテキストの13章だけ」
「げえっ!ら、雷蔵は!?」
「僕もそんな感じ。加えて数Bが数ページ残ってる位」
「…お前ら俺と毎日のように遊んでるくせにいつやってんだよ…」
「お前は逆に夜、何やってんだ」

そんな会話を続けながらもボールのラリーは規則正しいままだ。朝起きて、たまに部活、終わればこいつらと連んで、宿題をして。このラリーのように規則的な生活は退屈ではないが、少し刺激が足りない。じゃあ何かに打ち込めばいいと雷蔵は言うが打ち込みたいと思うものを見つける作業がいっとう難しいのだと鉢屋は思う。

そんな考え事を吹き飛ばすかのごとく、鉢屋は無意識に思いっ切りボールを打っていた。遠く、高く。

「うおっ!お前急に何すんだ!」
「…ああ、悪い取ってく…」

竹谷の言葉を頭の片隅でとらえながらボールの落下点を追って、しまったと後悔した。

「…うーわ。最悪」

落下点は砂の上ではなく人の頭だったから。しかも割と本気の打ち込みだ。それなりに痛いだろう。当たった人間が気の良い奴でありますように。祈るしかなかった。

「すみません。私が打ったボールです」

真摯に謝る。角度を付けて。これがいざこざを起こさない一番の方法だ。「気をつけて下さいよ」「大丈夫ですよ、気にしないで下さい」次に来るだろう言葉を予測し、構える。けれど一向に返事は返ってこない。不審に思い顔をゆっくり上げれば、この海には似合わないほどの眩しい白い肌。年齢は自分と同じ位の少年が表情を変えずにボールを見つめていた。

「…あの」
「バレーやる人?」
「兵助っ」

兵助と呼ばれた少年はそちらを見ることはせず今度は鉢屋を見つめた。

「まあ、そこそこ」
「ふうん」
「兵助っほら行くよ。あーすみません。こいつ頭丈夫だから大丈夫。気にしないで?ほら、今日は泳ぐんでしょ?」
「でも…勘ちゃん…」
「でもじゃない」

何やら揉めているようだが、この男、バレーを一緒にしたいのではないか?こちらとしても何か新しい刺激が欲しかったところだ。一緒にバレーをするところで苦にはならない。

「一緒にやるか?」
「いいのか?」

返事の速さからして、予想的中といったところか。隣りの男が「このバレー馬鹿」という溜め息まじりの声が聞こえたが気にしないことにした。

「あっちに俺の連れがいるから」
「みんなバレーやる人?」
「ああ、同じ部活の奴ら。お前らもバレー部?」
「うん。ちなみに、俺強いよ」

そう言った顔があまりにも真剣で、自分が予想していたお遊びバレーにならないことにやっと気付いた。しまった、浅はかだったか。2人に事情を話すと最初はびっくりした様子だったが、人見知りしない奴らだ。すぐ打ち解けた。雷蔵が「審判するよ」と言い、2対2の21点マッチということになった。

コート(と言っても砂に足で描いた線だ)に入ると竹谷が屈伸をしながら話しかけた。

「え、ガチじゃないよな?あいつら友達になりたいの?バレーがしたいの?」
「…俺にもよくわからん」

分からない振りをしたが、連れの「バレー馬鹿」という言葉と先ほどの真剣な顔。おそらくガチなのだろう。しかし初対面の奴にいきなり本気でバレーをする奴がいるのだろうか。常識的に考えて想像しにくかった。

そんな考え事をしながら構えていたら、目にも止まらぬ速さでボールが顔を横切った。予想は確信に変わる。
…あいつ…本気だ。

「あ、アウトじゃない?どう?」

呆けている不破(鉢屋と竹谷もだ)は急に話しかけられ戸惑った。砂に描かれたボールの落下点は僅かに線を超えていた。

「アウトです…」
「そっか、残念。ちょっと日差しが眩しくて。勘ちゃんサングラスない?」
「ないよ。ちなみに、俺は泳ぎに来たんだよ。休みまでねえ、俺はバレーなんかしたくないんだよ」
「アイス奢るよ」
「そんなんじゃ釣られないよ」
「サーティワンのダブル」
「…トリプル」
「うん、分かった」
「はーい。じゃあ次そっちらさんのサーブね」

鬼気迫るサーブとは裏腹にたいそう和やかな会話だ。気が抜ける。それは竹谷も同じなのか、練習時よりか幾分力無いサーブを放った。でも油断していた訳じゃない。

男が軽く拾い上げ、アイスに釣られた連れが絶妙な短いトスを上げ、それを男がスパイクで決める。速い。体が追いつかない。それだけ一連の動作が俊敏だった。自分で強いと豪語するだけある。自分たちのような弱小クラブとは桁違いだ。

点差はみるみる開いた。鉢屋も竹谷も力を抜いてる訳ではない。それなのに手も足も出ない事実に焦りが生じ、またミスをする。部活でもないのに何でこんな嫌な汗かかなきゃいけないんだ。じっとりと相手を睨めば、大きく開いた目とかち合った。

「真剣にやればいいのに」


兵助という男は俺にだけ聞こえるような声で呟いた。
はあ?手を抜いてる訳でもない。なのにこの言われは何だ。
…そう思えれば良かったのに。真剣、という言葉に自分が一番遠い所にいると知っていた。真剣に何かに打ち込みたいのに出来なくて、何をやってもある程度できて、それがまたつまらなくて。

砂に足をとられながら打つ渾身のスパイクはあっさりあいつにレシーブされた。自分が受け止められたような、跳ね返されたような、でもとにかく無性に泣きたくなった。




「急にこんなガチな試合でなんかごめんね」
「いやーまじお前ら強いな。どこ高?」
「大川高校だよ」
「うわっ!全国常連校じゃん。どーりで」

アイス男と竹谷が盛り上がっている会話をよそにあいつが話しかけてきた。

「さっきは悪かった」
「あ?」
「真剣にやればいいのにとか、失礼だよな。でもお前らが今の試合真剣にやってないとかそういうんじゃなくてさ」
「いいよ。その通りだ。俺たちはお前らのように日頃から真剣にバレーしちゃいないんだ」
「そうか」
「ああ」
「そうか…」
「あ、ああ…?」

何だこいつ。何でこんな悲しそうな顔してるんだ。

「兵助行くよー。本気で泳げなくなるよー」
「あ、ああ。分かった…じゃあ」
「ああ、さよーなら」
「あのさ、」
「ん?」
「俺、お前の打ったボール頭にぶつけただろ?真っ正面から」
「あーその節は…」
「俺程の実力あれば避けたりレシーブできたと思わない?」
「思うわ」
「でも出来なかったんだ」
「へえ」
「お前の打つ姿に引き込まれてたんだ。お前絶対素質あるよ。俺が保証する。真剣にやれ、頼む」

何回目だろう。こいつの真剣な目をみるのは。いつだって迷いのない澄んだ目をしている。
そうか、こいつはいつも真剣なのか。鉢屋は自分に一番ないものをもっているこの男に心を奪われていた。

「…考えておくわ」
「絶対だぞ」

考えることなんて何もなかった。決意は固まっていた。でも俺の性格的に素直に答えることができなかった。
打ち込みたいと思うものがこの瞬間見つかった。今までこんな野心もなく、ただ純粋に俺の力を欲してくれた人はいなかった。ただその事実が俺の心を動かしたのだ。


その日の帰り道、2人に「バレーがしたい。本気で」と伝えると顔をくしゃくしゃにして喜び重心がぐらつくほどの勢いで抱きつかれた。
俺の変化を自分のことのように喜んでくれる仲間の存在を噛みしめ、少し目頭に熱がこもる。
俺もあいつのように今、澄んだ目をしているんだろうか。していたらいい、そう深く深く願った。




海とバレーボールと




0818
鉢屋組が神奈川県、久々知組が東京なイメージです。



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あきゅろす。
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