(2) 頭は良いのに頭が悪い。矛盾した日本語だけれど、何故だかあいつには相応しい言葉な気がするから不思議だ。 クラスでは少し浮いた存在。幸か不幸か顔もよく、成績も良い。そういう秀でた奴が妬まれるのも聞かない話ではない。 僻みから軽いイジメのように面倒なことを押し付けられる。しかしそれすら無表情でソツなくこなすからまた煙たがられる。 あいつは人より少し感情が表にでなくて、人より少し自分の心に鈍感な奴なだけなのに。 そんなあいつの性格を本当に理解しているのは何人か。いや、分かったように語っている俺だって本当のあいつは分からない。でも誰よりも多く、理解してやりたいなんて俺のエゴだろうか。 生徒がほとんどいない校舎からはいつもの喧騒が消える。そんな中、あいつは大抵教室にいる。ああ、やっぱり。今日は何の仕事押し付けられたんだか。 「兵助」 声をかけた。だけれど兵助の耳には俺の言葉は届かなかったようだ。俺の気配にも気付かない。 筆箱を漁りながら固まる兵助。足元に落ちている消しゴムから推測するに、消しゴムを探そうとしていつものように「自分の感情に気付いた」そんな所だろう。 はあああ、と大きく息を吐く。そして兵助の前にとん、と無機質な塊を置く。 「消しゴム」 「…ありがとう」 「どーいたしまして」 兵助の目に色がつく。良かった。話しを聞けばやっぱりいつもの通り仕事を押し付けられたようだ。一人で何悩んでるんだよ。話せよ。 「さっきフリーズしてたのは気持ちがやっとお前に追いついたってことか」 「さすがだな」 「ばあか、分かりやすいんだよ」 分かるに決まってる。これだけお前のこと見てるんだ。お前に笑っていて欲しいって思ってるんだ。それでその笑顔を俺がお前の側にいてつくりたいなんて思ってる。 強欲か。バカヤロウ。でも強欲で何が悪い。自分にいい聞かせ、ペンをとる。笑えよ、兵助。 「"実行委員なんてやるかばーか"」 「違うか」 「思った」 「それと…」 「…"先生は老眼だからこれ読めないですよね"…ぶはっ、お前…!」 「思ったろ」 「思ったけどな」 ああ、兵助がけらけらと笑っている。なんでみんな兵助を知らないんだ。もったいない。この学校は馬鹿ばかりだ。 手が勝手に動いた。俺の気持ち。いや、お前がそうだったらいいのにと願望をこめたお前の気持ち。 "お前が好きだ" 好きだ。ただ、ただ、お前が。 「何これ。俺の気持ちってこと?」 「…違うか?」 そうであればいいのに。 「ああ、間違いじゃないな。三郎のこと好きだな」 「…」 「なに?」 「いや、そうだな。うん。まあ、3日後に期待するとしようか。」 もし、俺に対してそういう気持ちがあるなら3日もたてば兵助も自分の気持ちに追いつくだろう。でも何だか全然兵助が俺をそういう意味で好きになるビジョンが思い浮かばない。びっくりする位。何を一人で突っ走ってしまったんだろう。急に恥ずかしくなり汗がどっと吹き出た。 「何でそんなに汗かいてるんだ?」 「これだから鈍感は…」 今日一番の深い溜め息を吐いた。でも実際俺にもよくわからない。この想いが本当にそういう好きなのか。 誰でも兵助と同じだ。自分の気持ちだって正確に分からない。だから人は言葉にするんじゃないんだろうか。 その気持ちを確かめるために。 俺の本当の気持ちも3日後、明らかになるのかもしれない。 全ては3日後 [*前へ][次へ#] [戻る] |