人生論を覆す(タカ久々)
※現パロ、大学生
『もう桜もすっかり散ってしまいましたね』
朝のお天気お姉さんにそう言われ、顔から血の気がひいた。そして漫画のように口に加えた歯ブラシが零れ落ち、虚しい音が部屋に鳴り響いた。
―俺は大切な人との約束をすっかり忘れていた。
人生論を覆す
「ご、ごめんなさい…」
失態に気付いた俺は即座に兵助くんに電話をし、彼の家へやって来た。それからはお察しの通り謝罪の嵐。寝起きの彼はいつもより幾分、凄みが増していて目も合わせられない。(ちなみに兵助くんの寝起きの悪さは国宝級とだけ言っておく)
「斉藤、絶対絶対お花見しようね…とか言ってたな」
「…ご、ごめんなさい…」
「この日までになんとか課題終わらすから、終わったら連絡するから…とかなんとか」
「ご…ごめ…」
「俺、豆腐多めのハンバーグ作るね!とか意気込んでたなあ…」
「へ、へぇすけくん…(豆腐多めのとこだけ強調してる…)」
俺はもうすでに半泣き状態。それはもう目に余るほどしつこく兵助くんに頼んだ花見の約束。俺も勿論心待ちにしていたはずだったけれど、課題に追われ、疲労困憊した俺の頭からは『花見』という二文字はいつの間にかするりと抜け落ちていたのだ。
「ちなみに桜は散りました。」
「はい…さっき…お天気お姉さんからお聞きしました。」
花はいつか散る。自然の摂理をこんなにも恨めしく思ったことはない。時を逃したら、それで終わり、とり返しは付かない。これは花だけじゃない。人生の教訓そのものだ。だって今の俺の状況とあまりにも合致している。
「お前はどうしたいんだ」
「え」
急に尋ねられ声が裏返る。人生論を巡らせていた頭には兵助くんの質問が何に対してなのか皆目見当が付かなかった。
兵助くんは大きく溜め息をつき予想外の言葉を放った。
「花見、行きたいか」
花見なら行きたいに決まっている。でも桜は散っている事実は今回の問題の大前提。散っているから花見が出来なくて、俺がこうして謝罪をして、兵助くんが怒りを露わにしている。だから彼の意図が読めなかった。だけど
「行きたい…です」
本音を一つ零した。その言葉のお陰でやっと兵助くんの目をみることが出来た。今日初めて見た兵助くんの目からは苛立ちの様子は感じられなかった。ただただ母親に構ってもらえなくて拗ねている子供、そんな目だった。ああ、怒っていたのではなく寂しかったのか。
そうか、といい彼は徐に冷蔵庫を開け何かの入ったビニール袋を取り出した。
「これ、持って」
中を見やるとビールが入っていた。袋に入れたまま冷蔵庫に放り込む辺り彼の性格が伺える。そうぼんやりと考えている内に兵助くんは手際よく薄いジャケットを羽織り、鍵を手に玄関のドアを押し開けた。
「ほら、行くぞ」
日の光が彼の背中に差し、格好良くてうっかり抱かれてもいいとか思ってしまった。ちょっとだけ。
会話はないまま、彼の後に川沿いを歩く。先程の沈黙は鳩尾に銃口突きつけられてるような圧迫感があったけれど今はない。おそらく彼は許してくれた。そう思い俯いて幸せを噛みしていると足元に桜色の花弁を見つけた。
「着いたぞ」
そう言われ、顔を上げると足元一面に鮮やかな薄紅色の絨毯があった。ここまで綺麗に敷き詰められた花弁は見たことがなく、目を奪われた。
「綺麗…」
「桜は散った後、お前と花見できる場所ないかなって思ってたらさ。意外と近くにあった。花ももうついてないけどさ、足元に転がってた。」
それから兵助くんはこんなことを話してくれた。
「お前容量悪いから課題で頭いっぱいになってショートしてることも予想ついてた。」
「忘れてるの分かってんだから連絡すれば良かったんだけど。なんか癪でさ。」
「だから、あいこな」
そう言って緩やかに頬をあげる姿が愛おしくて、抱きしめたいと心底思った。けれど外でするそういう類の行為を彼はひどく嫌うからぐっと我慢した。でも1秒後やっぱり我慢できなくて兵助くんに飛び付いた。
少し抗議の声が聴こえたけれど、顔を傾け寄せると彼も渋々目を閉じた。唇がゆっくり重なり合うと風が吹き花弁が舞い上がった。
『時を逃したら、それで終わり、とり返しは付かない。』そんな人生論を嘆くより、今そこから自分が何をするかが大切なのだ。
花が咲いてないなら、地面に咲いた花を見よう―
君が居れば
全てが極彩色。
人生論を覆す
帰り際、ビールの入っていた袋からレシートを見つけた。そこには3月15日と日付が印字されていて、また頬が緩んでしまった。
だってその日は俺が初めて兵助くんにお花見したいと頼んだ日だったから。
0419:兵助くんもずっと楽しみにしていました。
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