いっぱち物語(仮)
15
「残して来た?」
「はい、緊急時だったので。手は出さないように念を押して。」
「確かにあいつはそこまで正義感があるタイプじゃないッスけど…」
佐武はチラリと千熊を窺う。
「……どこだ?」
「………こちらです」
「佐武はここに居ろ。イッパチが戻って来るかもしれん」
「ッス」
杵沢の誘導で千熊は林の中に入る。
佐武の言う通り、イッパチは正義感などとは程遠い、今時の高校生男子だ。信号待ちのお年寄りが居ても一緒に渡ろうとはしないし、動物は好きでも、捨て猫や犬を見つける度に連れ帰ったりもしないし、まして飼い主を探す事もしない。絡まれている人間を見ても首を突っ込む事はしない。
イッパチ曰く、ジミーに対するイッパチの行動は、究めて特殊だった。気まぐれとも違う、敢えて言うなら原因は本宮。あと印南への恋心故だろう。本宮に振り回されながらもどうする事も出来ない、そんなジミーに同情し、手を貸した。いつも言われっぱなしじゃなく反論するイッパチも、結局は話の通じない本宮や取り巻きに成す術も無く、なあなあに終わるのが常だ。
そして、いつも本宮の傍にいて気にかけて貰ってるジミーが気にくわないんだろう、印南はジミーをよく睨みつけている。今では自分には向けられないその瞳が、ジミーには向けられる。それがイッパチには羨ましかった。憎しみの篭った視線なんて向けられたら、それこそ泣きたくなるんだろうが、それでも自分を見て、その瞬間印南の心に入れる事を嬉しく思ってしまう。
無意識だった。
ジミーを助け、本宮が憤る。本宮から離れれば、その瞳がジミーを映す事は無い。
自分に向けられる事も無いが。
無意識だったからこそイッパチは気付かない。ジミーの余りの優柔不断さに、怒りでキツい言葉を投げ掛けたと思っているが、そこには嫉妬心も混在していた事に。
「本当にここか?」
「その筈ですが、居ませんね」
争った形跡はあるが誰も居ない。争ったと言っても、雨風で長い時間をかけて均された落ち葉等が、多少えぐれている程度だが。
泥濘んでいるわけでもないので、足跡が残ってるわけも無く、3バカも既に居ないので手掛かりは無い。
杵沢はインカムで、本宮達の対応に追われてる他の委員達に現状を通達し、応援を寄越すよう要請した。
「杵沢、そこに印南は居んのか?」
「…お待ちください」
委員に確認をとると、インカムを千熊に渡す。
「印南か?千熊だが」
『チッ、何の用だ』
「……イッパチの姿が見当たんねぇんだが、知らねぇか」
『知るか』
そこで印南との通信は途絶えた。
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